「恩赦だ」
「恩赦?」
そう看守から告げられ時、ダリヤは何を言われているか理解できなかった。裁判から一年が経過した今、ダリヤはとっくに外界にでることを諦めていた。外のことが気にならないわけではない。ユーシスのことが気がかりなことは否定はできない。
それでも信じていた。きっとジェスがユーシスを解放してくれたいただろうということを。
ダリヤは彼が自分に向かって、愛していると告げられたことを今でも信じられない気分でいた。いや、こうして月日がたったからだろうか。余計にあの夜のことはおぼろげだった。
ジェスに抱かれたことは何度もあった。リヤと名乗っていたときも、ダリヤ・ハデスとしてジェスの前に再び表れた時にも、何度も抱かれた。だけとそこに愛はなかった。
だけど最後の夜、ジェスに愛していると言われ、身を委ねた時に交わされた言葉が、その熱い吐息が嘘ではないと語っていた。
できるのなら、その瞬間に死にたいと思った。あの瞬間に死ねたら、最高に幸せなまま逝けただろう。一生誰にも愛されないまま終わると思っていた自分の人生が、最後にもっとも愛した男に乞われて死ぬのだ。それはとても魅惑的な誘惑に思えた。ユーシスのことさえなければ。
自分はジェスを苦しめただろうか。苦しめただろう。
自分の判断が、決定が、自己満足だったかもしれないとは思ったけれど、それがあの時とれる最善の方法だったと、今でも確信していた。
そして自分と同じほどに、本当にジェスにとってダリヤが愛する人となっていたのなら、苦しめばいいと思った。そうして、どれだけ愛する人に裏切られるのが辛いか、苦しいかを身をもって知れば良いとさえ思った。
そうして初めてジェスはダリヤのこの五年間を知ることだろう。自分のしたことの本当の意味を知ることが、言葉だけではない本当の贖罪だと思い知るだろう。
「今日は新しい大総統の就任式だ」
「だから恩赦なのか……でも幾らなんでも早すぎるような気もするけど」
誰とは聞かないでいた。誰がなったのかは分かっている。あの人しかいない。
いいや、違う。ダリヤはあの人しか許せない。あの人以外が大総統になることは、ダリヤは許せなかった。大総統になって、自分との約束を果たして、ユーシスを守ることがダリヤが望んだ唯一つのことだ。それを果たせないような男ではないはずだ。
だから代わりに聞いたのは、大総統の名前ではなかった。
「……医療研究所はどうなったか知ってる?」
「医療研究所?……ああ、大分前に閉鎖されたって聞いた記憶がある。あそこを管理していた将軍が捕まって、すぐだったと思うけれど」
「そっか……」
中将……アンタは償いが必要だといった。
だったら罪を抱えたまま、生きていくんだ。
それが俺に対する償いだ。俺と同じように。
二度と俺のような子どもは、作り出さないとそう約束してくれたように。
俺の夜は明けたのかな?…
そう自問しても、誰も教えてくれない。
だから自分で答えを見つけ出すしかない。
俺の役割はもう終わった。