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 すごいと、ただ単純に思った。

 得もいわれぬ満足感がダリヤを襲った。

 世界で誰よりも愛し、誰よりも憎んだその人が、今ダリヤだけを見ているのだ。場違いにもそんなことを思った。

 これでジェスは自分を永遠に忘れることはできないだろう。ダリヤへの罪悪感を背負って、一生ダリヤのことを思っていてくれる。それが愛かどうかは別として。そしてユーシスを守ってくれる。



 自分は臆病だ。ジェスの元へなどには、もう一度裏切られることが怖くて、素直に飛び込んでいくことなんか死んでも出来ないだろう。

 もし化け物だと、また以前のように自分の子どもでなんかあるものかと言われるのが。ジェスの子どもではないと、昔みたいに非難されるのが怖かった。

 本当は、自分はとても臆病なんだ。昔と同じように拒絶されるのが怖い。期待しなければ裏切られることはない。だから誰の助けも借りず、期待もせずに生きてきた。

 好きだと言ってくれたジェスにさえ甘えることはできなかった。だってどうやって信じれば良いんだろうか。ジェスが嘘を言っていないのも分かるし、ジェスという人間を信頼している。だけど、信じられない。昔も愛していると、好きだといわれ、簡単に裏切られたせいだろうか。あまりにも現実味に欠けていて、どうやっても信じられない思いがあるのだ。

 それでも夢を見てしまったんだ。想像するだけなら、タダだから構わないだろうと言い訳して。大きな家に住んで、ジェスの言うように大きな犬を飼って。そして犬にじゃれ付くユーシスがいて。このまま一緒にここで暮そうと言われ、心が揺れなかったといえば嘘になる。でも、それは本当にほんの一瞬だけだった。



 自分が優先しなければいけないのはユーシスだった。自分の幸せなど望んではいけない。

 結局ダリヤはジェスの愛を信じきれないままなのだ。ジェスが何もかもを捨てて、夢も部下も、この国も捨てて、ダリヤとユーシスの選んでくれる自信がない。

 そしてダリヤ自身、ジェスに夢を捨てて欲しくなかった。ジェスの夢は、ずっとダリヤの夢で憧れだったのだから。ジェスを憎んだことも事実で、今もその憎しみは消えていないかもしれない。しかしジェスを愛したことは確かで、もうとっくにそんな感情は消え失せていたはずだけれど、憎しみと同時にまだジェスを愛していたのだろうか。
 
 それはダリヤ自身ですらよく分からなかった。

 だけど確かなのは自分はジェスはあらゆる意味で、ダリヤにとって特別な存在だったということだろうか。

 そしてジェスにとってもダリヤは特別な存在になっただろうか。愛していると言ってくれたのだから、なれたのかもしれない。

 なら、その特別な存在に託されたユーシスをジェスは絶対に見捨てることができないはずだ。
 そのために、今この法廷にいる。自分を犠牲にしたのと引き換えなのだ。ユーシスを守ってくれないはずはないだろう。

 自分はずるい。卑怯だと分かっている。愛しているといってくれたジェスに、自分を見捨てさせることを望んだ。ある意味最大の復讐かもしれない。自分が味わった思いを、ジェスにも味合わせたい。絶対に忘れないでいて欲しい。

 自分が死んでも、ジェスが他の女を好きになっても。永遠に心にどこかで生き続けたかったんだ。死んでもジェスの心を離さなかった、ジェスの妻のように。

 忘れられることが一番ダリヤにとって怖かった。



 何も失うものはなかった。もう何も怖くはなかった。

 死刑になったとしても構わない。未練があるとすれば、それはユーシスの成長した姿と、ジェスの大総統になった光景が、この目で見れないことだろうか。

 でもこうやって目を閉じれば、その光景を想像することができた。何度も想像した。あの幼い頃にはジェスが大総統になって、自分は、国家魔術師になってジェスの役に立つのだと。
 少し違う未来だったけれど、悪くは無いはずだと思うことができた。


 判決が言い渡されて、思ったよりも軽いなと他人事のように感じた。たったの15年。情報漏洩や殺人未遂、殺人、これだけの罪状で15年は軽すぎるはずだ。死刑だったとしてもおかしくないのに。司法取引は拒否したのに、あのロシアス大佐がどうにか手を回したのかもしれない。

 何度も取り調べの際に、ロシアスはダリヤの罪が軽くすむように根回しをしてくれようとした。ここから連れ出したって構わないとも言ってくれた。ジェスが大総統になれなくたって自業自得なのだから、ダリヤが気にすることもないと説得さえしていた。これくらいで駄目になる男でもないとも言っていた。それら皆がジェスの言葉であったことをダリヤは気がついていた。ジェスはなんとかダリヤの決心を変えようとしていた。

 みんな分かっていた。分かっていてこうしたんだ。自分は。ジェスがどう思うか、どうしようとするか。それでもこうやってダリヤが拒否し続ければ、最後には自分との約束を守ることを選択するだろうことを。

 だからどんな提案もダリヤは拒絶した。そしてユーシスのこと以外は全て包み隠さずに語った。

 軍裁判所から連れら出されていく途中にロシアスにニッコリと微笑むと、見ているこちらが痛々しくなるような顔をし、視線を逸らされた。そういえば、彼にありがとうもごめんなさいも言えないままだったことに、こんな場面で気がついた。あれだけ世話になっておきながら、その自宅でジェスを殺したのに何も言えないままだった。ありがとうと一言だけ言いたかったけれど、こんな場でそんなことを言えば変に誤解されかねないので止めた。

 最後にジェスの顔を見ないまま、たった一言だけを言った。音には出さなかったけれど、きっとジェスなら自分を見ているだろうと分かったから。

『信じている』と。



*第七章完結 最終章に続く


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