*槙・神楽の幼馴染み。情報屋の一員。恋人設定。


今日は幼馴染みで恋人である亜貴くんのアトリエにお邪魔している。私からの用事は簡単に済んだけど、帰ろうとした私を引き止めたのが亜貴くんだった。
「今、新作の服縫ってるんだけど、ちょっと着てみてよ」という亜貴くんの一言で、試着をさせてもらっている。
繊細に作られた服に腕を通して亜貴くんの前に立てば、デザイナーとしての亜貴くんの瞳がこちらに向けられて全身をチェックされる。こうやって試着を手伝う事は何回かあるけども、相変わらず緊張して顔が固くなってしまっているのが自分でも分かる。

「なまえ、もっと目線上で顎引いて。何回かやってるでしょ」
「こ、こう…?」
「うん、そんな感じ。…うーん」

試着するからにはちゃんとしなきゃとは思っているんだけども、いつも緊張の方が上回ってしまうのは亜貴くんも分かってる事だから、分かりやすい指示を出してくれる。…そういう所は、気遣ってくれてるんだなって思う。
そのまま試着している私の服を見ながらノートにさらさらとメモを取っている亜貴くんは、いつにも増して楽しそうで、やっぱりこのお仕事大好きなんだなって見てて思う。楽しそうにしている亜貴くんを見てればこっちも自然と嬉しくなってつい口元が緩み、そんな私に亜貴くんは視線を寄越して怪訝そうな顔をしてくる。

「なに笑ってんの」
「やっぱり亜貴くん、この仕事楽しいんだろうなって思って。それ見てたら嬉しくって」
「なんでなまえが嬉しそうになるの。意味わかんない」

怪訝そうな表情のまま軽口を叩かれて、メモを取ったノートを机の上に置きながらそっぽを向かれてしまった。そっぽを向いたまま「試着もう良いから、早く脱いで」なんて言われる言葉も少しだけぶっきらぼうだ。でも、ちらりと見える彼の耳は微かに赤くて照れているんだなって事が分かれば、また嬉しくて口元が緩んでしまう。

亜貴くんに何か言われる前に試着室に入り、彼が作った服を脱いでそっとハンガーに掛けてじっとそれを見つめる。彼が作っている物に対して誰よりも情熱や繊細さを込めて作っている事は分かっているつもりだ。

「…やっぱり私は、亜貴くんも、亜貴くんの作る服も全部好きだなあ」

独り言のように呟いた内容はふと漏れてしまった一言だった。漏れ出た言葉は自分でも出るとは思わなかったものなので自分で言ってて照れてしまった。外にいる亜貴くんには聞かれてないといいんだけども…!
顔の火照りを誤魔化すようにパタパタと手で扇いでから、自分の服を着て試着室を出る。そのまま亜貴くんの元に向かい先程まで着ていた服を渡そうとすれば、若干頬が赤い。

「亜貴くん?」
「……ほんと、バカじゃないの」

突然呟かれた一言は相変わらずの容赦ない一言で。「え」なんて間抜けな声が出てしまうのと同じタイミグで、亜貴くんに手を引っ張られて彼の新作の洋服ごと抱き締められてしまった。

「あ、の、…亜貴くん!」
「なに」
「なに、というか…なんで私は抱き締められて…?」
「……試着室での言葉、聞こえたんだけど」

抱き締める腕に力が込められる。新作の服が皺だらけになってしまうんじゃないか、なんて頭の片隅で思いながらもいきなりの亜貴くんの行動に戸惑ってしまう。
というより、さっきの独り言を聞かれていた、という事実に一瞬で落ち着きそうになっていた頬の火照りが再度熱を帯びる。恥ずかしさから居た堪れなくなって、抱き締められている亜貴くんの胸に顔を埋める。

「き、聞こえたの…?」
「たまたまだから…!こっちだって別に聞こうと思って聞いた訳じゃないし…!」
「いや、それは分かってるけど…!」

それにしたって、抱き締められてる理由にはならないんだけどな、私は嬉しいから良いんだけども。心の中でこっそり思いながらも彼からの言葉を待っていれば、零されたのは深い深い溜め息。

「……あの言葉自然に出てくるくらいに、なまえは僕の事も、僕の作った作品も好きだって…そういう意味で捉えていいわけ?」

耳元に当たる吐息の擽ったさに思わず身を捩りながらも、彼からの質問に小さく「うん」と返事すれば「そう」と短く返ってくる。胸に埋めていた顔を上げて亜貴くんの表情を覗き込めば、先程よりも頬が赤くなっている彼の表情が瞳に映る。…私が亜貴くんの事大好きなのは、付き合い始めた時から必要だと思った時にずっと伝えてる気がするんだけど…。

「亜貴くん」
「なに」
「私、亜貴くんの作る服も、亜貴くんも、全部全部大好きだよ」
「…さっき聞いた」
「うん。でも、直接伝えたくて」

たぶん伝わってはいるんだろうと思ったけど、伝えたくて言葉にすれば、はあ、とまた小さく溜め息を吐き出されてしまった。

「…僕だって」
「?」
「僕の事も、服の事も、ちゃんと全部見て「好き」って言ってくれるなまえが好きだけど。…じゃなきゃ、ずっと傍に居てほしい、なんて思わないでしょ」

視線を外していた私の両頬にそっと手を添えて、困ったような、それでも優しい笑みを浮かべて亜貴くんは言葉を繋ぐ。この人は、いざって時は人が欲しいと思っている言葉をちゃんとくれる。
亜貴くんからの大切な言葉に嬉しくなって、泣きそうになれば「なに泣いてんの」と呆れられながらも目尻に小さくキスを落としてくれる。

「な、泣いてないよっ」
「泣きそうな顔してるじゃん」
「…だって、いつも想ってたのは私ばっかりだと思ってた、から」
「本当に嫌だったら付き合ってない。長い付き合いなんだから、それくらい分かるでしょ」
「分かりづらいよ…」

私の言葉に少しだけ不機嫌そうになる亜貴くんだけど「…まあ、いつも態度じゃ示さない僕も悪いのかもしれないけど」と小さく零してから、優しく頭を撫でてくれる。

「…いつまでも僕の傍に居てよね」

目尻にたまってしまった涙を零しそうになる私に、亜貴くんはしっかりと言葉を紡いでくれる。頷くことしかできない私を亜貴くんは「泣き虫なんだから」なんて言いながら零れ落ちそうになる涙を優しく拭ってくれた。
その表情も、拭う手も、いつもよりも暖かかった。

名前のない愛



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