好きになったほうが負け、なんて誰が言いはじめたのだろう。そんなもの、相手も自分のことを好きになれば関係ない。

「ざーいぜん!おはよ!」
「おー」

当たり前のような顔をして隣を歩くみょうじが、本当は無理をしているのを知っている。少し早足になっているのに、そんなそぶりを隠そうとしているところが可愛くて、俺はわざと歩くスピードを緩めない。

「髪どうしたん、……ああ、寝癖か」
「そうやねん朝起きたらこんなくるくるになってて、ってそんなわけないやん!」

せっかく巻いてきたのに、と言って不機嫌そうに唇を尖らせる仕草にどきりとする。俺がその顔に弱いのを知っていて、わざとそうしているからタチが悪い。

「こういうの嫌い?」

何も答えないでいると、さすがのみょうじもしゅんと項垂れた。その慣れない努力が俺のためだと知って嬉しくないわけがないから、慌てて否定する。

「嘘。みょうじ、可愛い」
「……知ってる」

髪を一房掬って指に絡ませれば、嬉しそうに笑った。こういう風に感情がすぐ表に出るところが可笑しくて、愛しくて、胸がいっぱいになる。

「俺今日図書当番やねんけど」
「そうなんや、頑張ってなー」
「来るやろ?」

さあね、とみょうじがそっぽを向く。そう言いながら必ずやってくるのを知っているから、笑いそうになるのを必死で抑えた。好意を隠そうとしないのに素直じゃないところが、なんとなく自分と重なる。

「またな」
「うん、あとでね」

後ろ姿を少しだけ見送ったあと、自分の教室へ入る。もしも同じクラスだったのなら、ふたりの関係は今と違うものになっていたのだろうか。





音のない図書室で、両手を思いきり伸ばす。もうそろそろ来るはずだと耳をすませば、聞き慣れた足音が徐々に近付いてきた。

「やっぱり来たやん」
「偶然返さなあかん本があっただけー」
「ふうん?そういうことにしといたるわ」

返却手続きをするために本を預かってから、最近作ったばかりの眼鏡をかける。目に見えないものは信じない主義の俺でも、これをかけると少しだけ目が楽になる気がした。

「財前って目悪かったっけ」
「ブルーライトが気になんねん」
「眼鏡、似合うなぁ」
「せやろ」
「うん、ホンマにかっこいい!……財前、照れてるやろ」
「気のせいちゃう?」

熱くなった耳を隠すかのように、パソコンを操作する。じっと見られているのを感じて、なに、と言うかわりにみょうじを見つめ返した。

「私もかけてみたいなー、あかん?」

無言で眼鏡を外して差し出す。嬉々としてそれをかける姿は、小さな子どもみたいに無邪気だった。

「どうー?」
「ん、めっちゃ似合っとる」
「……財前って急にそういうこと言うから、困る」

動揺しているのがわかって、思わず吹き出しそうになった。自分はあからさまにアピールしてくるくせに、押されると弱いらしい。

「なぁみょうじ、眼鏡かけたままキスってできるんかな」
「え、何言って、」
「試してみようや」
「いやいやご冗談を、……ちょっと!」

立ち上がったのはいいものの、机が邪魔だな、と思いながら逃げられないように肩を掴む。恋愛に勝ち負けがあるとは思わないが、みょうじから好きだと言わせてみたい。

「あかんって、ざいぜ、」

されるがままのみょうじは、いつも以上に可愛くみえた。覚悟を決めたような顔でぎゅっと固く目を瞑っているから、あと少しだな、とひとり密かに笑う。何事もなかったかのように眼鏡を奪って、ゆっくりと身体を離した。

「……ホンマにキスされるかと思った?」
「アホなこと言わんとって!」

真っ赤な顔で否定されても、説得力なんてない。自分のことは棚にあげて、みょうじに意地悪を言った。

「はよ素直になれば」
「……こっちの台詞やし」

どちらかがあと一歩踏み出せば簡単に変わるような、このもどかしい距離を楽しんでいる。

素直になれば



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