なんで?



友達のみかちゃんもまなちゃんもりえちゃんもゆうこちゃんも、みんな今年のバレンタインに幸村にチョコをあげたらしい。私がドびっくりして話を聞いていると、内容は加速した。ここにいるメンバーだけじゃなくて、クラスの女子ほとんどがチョコをあげたらしい。なにこの後日談。幸村にチョコを作る会とかがあったんだろうか。私はハブられたんだろうか。おろおろと話を聞いてると、みんな口々に声を揃えて言った。幸村くんちょうイケメンだもんねえ。まじ極上だよ。部長してんのに病気ってあのギャップつうか儚さ?がさあ

「たまんないよねー」

たまんないよねーよねーねー…が頭にこだまする。抱いてほしいだの付き合いたいだの幸村談義になって、みんなは鼻息荒く拳を振りながら熱く語る。私は多少の温度差を感じながら、一歩身を引いて聞いていた。幸村くん、モテるって知ってはいたけど、こんなにか。幸村と付き合うなら何をするか、とか幸村のセックスはどんなか想像しよう、とか話がだんだん濃くなって、私はこっそり場を抜けた。

「というわけだよ」
「まあ、範囲内の話だな」
「まじで」

柳は幸村くんよかいくぶんも話しやすい。別に幸村くんのガラが悪いわけじゃなくて、私の周りの影響で幸村くん=リアル神の子って方程式ががっちり脳に組み込まれてしまったのだ。だから話しかけにくい。先入観って恐ろしい。柳は私を前の席に座らせると、手にしていたシャーペンを机においた。そんな大した話じゃないので申し訳ない。

「幸村は人格者だぞ」
「でもなんか度を越してるよ、芸能人みたい」
「立海では似たようなものだろう」

そんなことを言う柳も、芸能人じゃないのかな。幸村くんと同じテニス部のレギュラーじゃないか。チョコの数は知らないけれど。
私はこの異様な幸村人気の秘密が知りたくて、柳の机に肘を付いて前のめりになる。柳は正した姿勢を崩さない。

「でも幸村くんさあ」
「俺がなに」

身体中の血が一瞬で凍った。よくようく目の前の柳の顔を見れば、こいつは私じゃなくて私の後ろを見てる。ちょっと顎を上げてるもん。油を挿してない機械みたく、ギギギと振り返ったら、幸村くんが夏の心地よい風を浴びながらにっこりにこにこ立っていた。背中の窓で、留められていないカーテンが風にはためいてオーロラみたいに揺れていた。すごく似合う。すごく眩しい。

「蓮二、俺の話?」
「いや彼女がな」
「うっわ!わわわっわ!」

私は柳の机を両手でついて勢い良く立ち上がる。柳は平然としたまま、うるさいな、と感想を述べた。

「いや、幸村くんがすごいモテるからね、なんでかなって柳に聞いてたの」

嘘はついてない。幸村はふふふって、まるで女優さんみたいに綺麗にわらった。鏡の前で練習してんじゃないかってくらい上手だ。

「やだな、そんなことないよ」
「ぜんっぜんあるよ!」
「そうかな、ありがとう」

幸村はほんとに謙虚に控えめに答える。同学年だけどあまり話したことのない私は、少しイメージが塗り替えられてく。なんだか、柳が言う通り人格者みたいだ。私が頭の中で納得していると、幸村が、それで、と口を開いた。

「君は俺がモテる理由がわからないんだね」
「…えッ」

近距離で、幸村くんは目を薄く開いて唇は微笑みを絶やさない。その鋭い瞳の奥が、底冷えするほど黒い。なんでわかんねーんだよ、と無言で蔑まれた気がした。逃げるように柳を振り返ったら、やつは席から立って教室から出ていくとこだった。あれ?柳くん?

「というわけだよ」
「それは大変やったのう」
「ほんとにね!」
「柳薄情だなー」
「そうなんだよ!」

私は3Bの教室で先ほどの愚痴を漏らしていた。365日ひま人臭ぷんぷんな仁王が気だるくiPod聴いていたから聞かせてやったのだ。そいだら丸井がのってきた。友達に話しても話題のネタにしかされないからだ。全くとんでもはっぷんな目に合ったと言っていたら、ハッと気付く。こいつらは幸村くんに続くイケチンなんだ。

「丸井と仁王って、なんでモテるの?」
「え〜わかんない」
「丸井はモテんよ」
「はあ?俺いま彼女3人いるぜ?」

自慢することじゃないよ。私が呆れてなんもコメントできなかったら、仁王の目がきらきらした。

「ブンちゃんまじでーアナ貸してや」
「…悪いけどそういうの、私のいないとこでしてね」

仁王は笑いながら、はーいとふざけた返事をする。私はこれ以上この子らとお話する気力もなく、とっとこと教室を出て行った。結局、こんなもんなんだ。モテる男って絶対どっか欠落してる。みんな外面とかルックスだけに惑わされてるんだ。私は3Bで真理を見た。

「というわけだよ」
「うむ、真理だな」
「ね!」
「全くその通りですね」
「やっぱりね!」

しかし大変失礼なことを言って申し訳ないんだけど、彼らに同意されると説得力がありすぎる。真田はこくこくと首を縦に振り、全くチャラチャラしてる男はけしからんなんたらかんたらと言ってる。柳生はメガネを持ち上げながら、悪ぶっているのが流行りみたいですが、私は理解しかねますなんたらかんたら。モテる側モテない側でほんとにわかりやすい。いやモテないって決めつけはいけないけれど。

「真田と柳生ってね、チョコ何個もらったの?」
「……覚えてませんが」
「…なぜ、そんなことを聞く?」
「えっ…あの、その…ごめん」

幸村くんはたくさんもらったらしいよ、と言うつもりが喉の奥にしゅんと消えてしまった。元気だった二人が歯切れ悪くなってしまった。立海テニス部のレギュラーなんだから、もらってないはずはない。ただ、異常な幸村のチョコ数を知ってるんだとおもう。三人で空気の悪い中机を囲んでいたら、爽やかな一陣の風が吹いた。

「どうしたの」
「ゆ、幸村!」
「夏にバレンタインの話なんかしちゃってんだ?」

なんだかやたら幸村くんに会う。さっきはどうにかごまかし笑いで脱兎した私なので、少しだけ気まずい。幸村は真田から部活のプリントかなんかをもらいに来たらしく、それを受け取りながら、話を続けた。

「お前ら何個もらったの?」
「えっ…」
「チョコだよ」

真田の顔が大変かわいそうな感じになって、私は胸が軋んだ。柳生はそそくさと幸村から視線を反らしてる。私はフォローすべく口を開けた。

「ゆっ幸村くんは?」
「俺?たしか、125個だけど」
「ひゃくにじゅうごお?」

二人の顔が青くなる。私の顔も青くなる。これはフォローになってない。一般男子がもらう数じゃないだろ。事務所に届く数だろ。私たちの顔色を察して、幸村が困った風に眉を下げた。

「でも、俺のこと名前と顔しか知らない子ばかりだよ」
「…そうか」
「チョコの数なんか、人を測るものさしにはならないだろ」
「…ですよね」

幸村は心底優しい声で菩薩さまみたいにいう。真田は腕を組んで感慨深く頷き、柳生は疲れた顔をしてる。幸村くんは丸井みたく自慢気じゃなくて、やっぱり私の中の彼がきらきらしてくる。125個ももらうんだから、そりゃステキな人に間違いないんだろう。正義に決まってるだろう。
私は立ち上がると、幸村くんに真摯な眼差しを向けて謝罪の気持ちをたっぷり込めた。

「やっぱり、幸村くんはたくさんの人に好かれる器なんだね」
「そんなことないって」
「ううん、あるよ」

まいったなあ、って顔で笑う幸村くんは万人が見たら万人が惚れてしまう美少年だ。考えを改めた私は心穏やかに観賞した。

「というわけだよ」
「…話が長いな」
「うん、長かった」

ほんとに長い過程を経て、私は幸村くんが柳のいう人格者なんだって理解した。秘密も裏も表もなく、幸村くんはそうあるべき人だ。ジャッカルはコンビニで買ったパンをもぐもぐと食べながら、私の話を聞いているうちに全部食べきってしまった。育ち盛りの彼の手は2つ目に伸びてってる。

「じゃあ幸村に惚れたのか?」
「ううん、幸村くんはみんなに愛される人だよ」
「はあ、なんかよくわかんねーけど」

ジャッカルはパン屑さえ落とさないで器用に食べる。非常階段から見える青空には猫の爪跡みたいな雲が街の向こうに伸びていて、小鳥たちは木々から木々に呑気に鳴いていて、太陽はぽかぽかしていてほんとに平和だ。ジャッカルも元気だ。

「なんかすっきりしたんだよね」
「そうか、よかったな」
「うん」
「幸村と友達になれるといいな」
「そうだね!」

それはすごくいい考えだと思った。みくちゃんたちみたいに幸村のセックスを想像するより何倍もすてきな考えだと思った。

「どうしたら友達になれるかな」
「そうだな…友達になってくださいって言えばいいんじゃねえか」
「……わかった!」

ジャッカルお前…と思ったけれど、たしかにそれはストレートでとてもわかりやすい。あの心優しい幸村くんなら、笑わずにきちんと聞いてくれるだろう。そして快く友達になってくれるだろう。あのやさしい微笑みが瞼の裏にぽわんと浮かんだ。

というわけで、私は幸村くんの姿を探した。休み時間。教室にも廊下にも職員室にも男子トイレにもいなくて、いろんなところを探し回ってもいなくて、私は困る。どこにいるんだろう、と半分諦めかけながらきょろきょろしていたら、いた。階段の、下から歩いてきている幸村くんの姿を見つけた。華奢な女の子と並んで、たくさんのプリントを二人それぞれ抱えている。もしかしたら先生に頼まれたものかもしれない。プリントの量が幸村対女の子で8対2くらいになっていて、幸村くんの優しさが伺い知れた。今、声をかけていいのかな。階段は結構たくさんの人が上り下りしていて、私は迷惑だろうから後回しにしようとおもう。
とりあえず知らない顔をしようと、下からくる幸村くんとすれ違う。すれ違う。すれ違う瞬間、幸村くんのつま先が、素早くこまかく横に伸びた。

「えっ」

私は幸村くんの足に引っかかり、階段に体が落ちてく。瞬きも出来ずにごろごろと転がっていく景色を見る。階段にいるみんながびっくりした顔で私を見て、私もびっくりした顔でみんなをみる。
ドスンだかゴツンだか、お尻の骨と床がひどい音を立てて着地すると、ゆっくり流れていた時間がちゃんと戻る。幸村の隣にいた女の子はキャアだかヒィだかそんな悲鳴を上げ、みんながざわめき止まってる。そんな中、幸村が手にしてるプリントを放り投げて、私の元に駆けつける。大丈夫!?とほんとに大声で私の前に跪いて、ケガがないか見る格好をした。たくさんのギャラリーが幸村だ、とか幸村くん優しい、とかざわざわ言ってるのが幸村の背中で聞こえる。私はみんなの顔を見れなくて、私だけに見える幸村くんの、それはそれは愉快そうに歪んだ口元と目の奥で高笑いしてるまっ黒な瞳から目が離せない。
誰にも誰にも聞こえない小さな声で、幸村くんはこう言った。

「下着、白なんだね」



……なんで?


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