お風呂に入って、さっぱりした私はいつもと同じようにベッドに横になって本を読んでいた。今日は綺麗な月が出ているが、本を読むために電気を付けているから、その光はここまで届かない。
 本当は髪を乾かさなきゃいけないんだけど、とりあえずこの章を読み終わってからにしよう。なんて思っていたとき、ぴんぽーん、と軽快なチャイム音がした。

「……なまえ、開けてくれないか?」

 ドアの向こうから、くぐもった低い声がして、私は弾かれるように立ち上がった。金城くんだ。きっと、近所のスーパーで半額弁当でも獲ってきたのだろう。
 しかし、どきどきとする胸の高鳴りは、ドアの向こうに立っていた金城くんの姿を見た瞬間に、あっという間に収まってしまった。それどころか、止まってしまうんじゃないかと思ったぐらいだ。

「連絡もなしに突然すまない」
「金城……くん」

 酷い恰好だった。普段彼が気に入って着用している薄手のコートはあちこちが破け、汚れている。それだけじゃない。左手はだらりと力なく垂れ下がっていて、頭や口元、手の甲などあちこちから血が流れ、半分乾いた状態で付着していた。

「別に大した怪我じゃない。ただ、今回の相手は少々厄介だったというだけだ」

 その怪我で少々と言ってしまうところが、金城くんの凄いところだ。でも、金城くんの目も表情も怪我の割に生き生きとしていて、とても怪我人の表情ではなかった。よっぽど嬉しいことでもあったのだろう。

「電気を消してくれないか? 少し眩しい」
「う、うん」

 金城くんが部屋に入ると、私は言われた通りに電気を消した。もっと室内が暗くなるかと思ったが、月明かりは予想以上に明るくて、私と彼を静かに照らし出す。
 非常用の救急箱を取り出して、必要なものがあるかどうか確認する。金城くんの左手はほとんど動かないようで、コートを脱ぐときに少し眉をひそめていたから、脱ぐのを手伝うと「ありがとう」と言われた。
 金城くんは、右手に持っていたすきやき弁当をレンジで温め始める。数分後、しっかりと温め終わり、お弁当を机の上に置いた金城くんの隣に座る。水で濡らしたタオルで、彼の皮膚に付着した血を拭いて、傷口を消毒したあと、絆創膏を貼ったり包帯を巻いたりした。
 その間に会話は一つもなかったが、金城くんが何かに対して意気揚々というか、楽しそうな嬉しそうな表情をしていたのはよくわかった。

「……終わったよ」
「あぁ、ありがとう」
「……金城くん」
「どうした」
「凄く嬉しそうだね」

 どうしても気になって、思わず訊いてしまった。金城くんは、少し口元に微笑みを浮かべながら、目を遠くへと向かわせた。

「嬉しい、か。確かにそうかもしれない」
「そっか。金城くんが嬉しいなら、私も嬉しいよ」

 金城くんが時折参加しているスーパーの争奪戦について、詳しい事は私は知らない。私が知っているのは、半額弁当争奪戦に参加する人の中には、狼とか犬とか豚とか呼ばれる人がいるみたいで、狼と呼ばれる人の中で特に注目されている人は“二つ名”が与えられているということぐらいだ。
 そして、金城くんが今現在“最強の魔道士”という二つ名を付けられているということも少しだけ知っていた。
 金城くんは強いだろうし、凛とした容姿にしろ持っている才能にしろ、色々と目立つ要素が多いから、色んな人に注目されているんだろう。勿論、良い人にも悪い人にも。だから、こんな怪我をする日があっても、仕方ない。仕方ないよね。
 それに金城くんは怪我をしていても、私のアパートに来られるくらいだし、お弁当を食べられるくらい元気だから。だから。

「なまえ」
「どうしたの、金城くん」
「何でお前が泣くんだ」

 金城くんにそう言われて、私は服の裾で顔をこする。金城くんの前では泣きたくなかったけど、あぁ、やだな。

「目をこするな。これを使え」

 金城くんがティッシュを私の目に優しく当てる。少しだけ涙が引っ込むと、彼は右手を私の頭に回して、そのままゆっくりと肩に押しあてた。その優しい動作に、また少しだけ涙がこぼれて、彼の右肩に頭を預ける。

「金城くん」
「ん?」
「……好きだよ。大好き」

 思わず、無茶しないで、と言ってしまいそうになった。そんなこと口が裂けたって言えるわけない。きっと私がそう言えば、優しい金城くんのことだから、無茶しないでいてくれるかもしれない。でも、そうなったからといって、私の心は満たされないし、金城君はもっとつらいだろう。
 こんな風に怪我をしたって、生き生きとしている彼を私が潰すことなんてできない。彼にとって争奪戦は退屈な日常を生気で潤してくれるものなのだから。
 そこに命ですら注ぎこもうとする金城くんも、胸が苦しいぐらい素敵なんだから。愛おしくてたまらないから。

「まったく……弁当が冷えるだろ。折角温めたのに」
「……ごめん、なさい」
「気にするな。好きにすればいい」

 私を気遣ってくれる彼。優等生として国内外ともに注目される彼。スーパーで命懸けの戦いをする彼。皆同じ金城くんで、私の好きな人、大切な人。

「金城くん……好きだよ」
「ああ。ちゃんとわかっている」

 そんな彼の傷も微笑みも、全て愛おしかった。

傷さえも愛おしくて



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