臨也が死んだ というのは、つい先日ニュースで知ったことである。まさかと笑いながら新羅に電話した時のあの曇った声ときたら、これこそ一生忘れられないんじゃないかというくらい強烈な印象を受けたものだ。人を騙し貶し好きなように弄んできたあの男が死ぬ 全くありえないどころか想像さえもつかない。笑い話で終わってしまう。それでも実際彼の事務所はいつの間にか空き家になっていた。雇われていた矢霧製薬の女も今は他で働いていると風の噂が耳に入ったことも事実だ。最近では、散々な目に遭わされた人間があのひとの墓荒らしをしているとさえ聞く。天下の情報屋も、さすがに墓にまで遺産は持っていかないだろう。苦笑の表情しか作れない気分になりながら窓の外を見渡すと、面白いくらいの人間の波がゆらゆらと街をさ迷っているのが目につく。あのひとは次で右に曲がるかな、あのひとはこの信号で止まるかな そんなことを彼も思いながら街を見渡していたのだろうか。そんなわたしになにも声をかけず、じっとソファーに座るのもまた 彼である。

「すごく似た遺体だっただろう。もちろん髪型も似せて、服も俺のだけどね」
「…指紋は」
「そんなの関係ない 焼死なんだから」

一度大きく背伸びをしたあと、彼は机上のマグカップにお茶を並々と注いだ。この世に折原臨也はいないと認識されている中、当の本人はわたしの部屋でのんびり寛いでいるではないか。おかしな話である。兄が亡くなったというのに妹たちがケロッとしていたのはこういう理由だったからだ と思えれば良いのだけれど、あの二人は本当に兄が死んだと知っても涙のひとつさえ見せなかった。むしろ、蚊を潰した後のような表情をしていたものだから、兄が死ぬわけがないという確信がどこかにあったのだと思う。そう思いたい。
その兄はといえば、かれこれ一週間ほどわたしの自宅の一部屋でのこのこ活動している。外出する際はどうするのだろう。そもそも、なぜ自分がここまで彼の世話を焼かなければいけないのかがわからない。

「結局、臨也は何がしたいの?戸籍だってもう無くなってるんでしょ」
「ついでに自宅もね」
「お墓まで立てちゃって。本当に死んだみたいに」
「もしかして此れからのこと心配してるの?それならほら、見ればわかるじゃないか。隣の札束 ざっと5億以上はある。一生遊んで暮らせるよ」
「いや、だから、そういう問題じゃなくてね」
「じゃあどういう問題なのさ」
「あー…例えば、人間関係とか。臨也が生きてるなんてこと知ってるの、わたししかいないでしょ」
「うん」
「いやいやいや、うんじゃなくて!遠い県外かはたまた外国にでもいかないと外出なんてさらさらできないよって話」

中々噛み合わないやり取りに終止符をうつように、すこし強気で話を切って。臨也は一瞬ぱちくりと瞬きをしたけれど、何秒か立つと理解したように「ああ」と頷いた。

「それならどこか行きたいとこに行けば良いじゃない。できれば俺はロシアがいいね 言語が通じるし」
「ロシアか…いつ行くの?行くなら行くで、予定立てて早いとこ荷物まとめといてね」
「えー、面倒だからやっといてよ」
「臨也の持ち物とか知らないもん。トランクくらいなら持っていってもらっても支障ないけど」
「別に一緒にまとめれば良いのに」
「は」
「解ってないなあ、君も一緒に行くんだよ」
「ちょっと意味わかんない。一人で行くんでしょ、わたしは身を隠す必要ないんだから」
「じゃあ何の為に俺は君に実は生きてま〜すって伝えた訳」
「え、き、聞かれても困る」
「俺だって困る」
「…そんな顔ふくらませて不機嫌にならないでよ」
「ん」
「は、あはは、臨也、フグみたい。可愛い」
「うるさい」

なんだよ、というようにソファーでごろんごろんと項垂れる臨也を見て、すこし微笑ましく思った。わたしの持っていたクッションまで奪い取り、自分が持っていたクッションと合わせて二つに顔を埋めて黙る。まるで玩具を買ってもらえなかった子供だ。一応 ごめんねと頭を撫でようとしたけれど、ぺちっと力のない手で叩かれ遮られてしまった。完全に拗ねている。このまま寝てしまうんじゃないかなあと予測して、下に落ちていた彼のコートを掛けてやった。ファーがふわふわしていて良い肌触り。それでも尚無言なその姿があまりにも可哀想に思えたので、つい出来心で独り言のように口を開けた。

「あーあ、わたしも消えたふりごっこに入ろうかなあ〜」
「………」
「どっかの誰かさんはどうせ名字を奈倉にするんだろうけど、こっちはどうしよう」
「………」
「いっそ、わたしも 奈倉にしよっか」
「!」

少しびっくりしたように臨也が跳ね起きた。目をぱちぱちしている。ぱちぱち ぱちぱち きょとんと。表情を変えないままトランクを彼に差し出そうとした前に、臨也がぶんっとクッションを投げつけてきた。よく見れば、すこし目が涙ぐんでいる。眉を潜めているせいで怒っているようにも捉えられるではないか。天下の情報屋にしては子供っぽいったらありゃしない。

「最初からそう言えばいいのに」
「前ふりなしのプロポーズを二つ返事ではいはい受け取れる女じゃないのよー」
「俺のこと好きなくせにそういうこと言う?」
「言う言う」
「どうしようウザいんだけど」
「未来のお嫁さんに向かってそういうこと言う?」
「言う…あ」
「言うんだ〜」
「俺なまえのこと嫌いかも」
「あはは これから一緒に消える予定なのに」

ゴースト・ラバー



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