※血の描写があります。


シャルナークの呆れたような笑顔を思い出す。自分の言いたいことは分かっているだろうとでも考えていそうなあの顔に再び怒りがわく。前髪をかきあげてから手が血まみれだったことを思い出して舌打ちすると、フランクリンとシズクがそれに気づいて振り向いた。

「どうした」
「別に」
「なまえ、今日機嫌悪いね」

 濡れた額を服の袖で拭う。何の感情も乗っていない声だが、これで一応気遣ってくれているのだろうと分かるので、暴言だけは吐かずに済む。他のメンバーだったら手が出ていたかもしれない。シャルナークとか、フィンクスとか、ノブナガとか、フェイタンとか。うっ、想像しただけで腹立たしい。今度は血をちゃんと拭いてから、尻ポケットの煙草を一本取って口にくわえた。折れてる。舌打ちは抑えきれない。まあいい、吸えるから。
 人を殺すことが楽しいからクロロの誘いに乗ったわけではない。もちろん私だって普通の人間だったから最初に殺した時なんて悲鳴を上げたし、銃の重みと反動すら怖かった。でも殺さないと仕方がなかったのだ。今ではいいストレス発散になっている。ただ、好きではないのは変わらない。どうしてそんな当たり前のことを言って笑われるのか、いや、そりゃあ今さら殺すことに躊躇ったりしないし、旅団の中じゃ私がおかしいんだとは分かっているけれど。

「あれ、なまえ」
「ああ?」
「顔に血ついてるよ」
「……」
「拭かなくていいの?」
「今忙しい」
「え、なんで?」
「シズク、放っておけ」

 不思議そうな顔でフランクリンを見上げたシズクは、もう一度私を見て、それから結局追及を諦めてくれた。そんなに一緒に仕事をしたことがないからここまで苛立っているのを見たことがないのだ、確か。私も自分でどうしてここまで苛立っているのか分からないのだから困る。まああいつに腹が立つのはいつものことだが、今回は別に理由があったはずだ。煙を吐き出し、地面に吸殻を投げる。
 集合場所に戻ると任務を終えたシャルナークとボノレノフがいた。どうやら無事に回収できたらしい。

「おつかれ。なまえ怪我したの?」
「してねえ」
「なんだ返り血か。そっち何もなかった?」
「ああ。あとはマチとフィンクスか」
「そう」
「ねえなまえ、ここ破れてるけど、やられたの?」
「……たぶん?」
「お待たせ」
「俺らが最後か」
「おつかれ」

 全員集まるとさすがに賑やかだ。戦利品を一つにまとめ、ホームへ戻るために歩き出す。シズクが破れていたらしい私の服の裾を引っ張り、マチに見せている。煙草に火をつける。

「あんた、これいい加減捨てなよ」
「気に入ってんだよ」
「じゃ自分で縫いな」
「……それはやってくれよ」
「なまえ不器用だもんね」
「ああ?」
「シャルが言ってたよ。あと、男嫌いだって」
「うわシズク、それ言うなよ!」
「ぶっ殺すぞ」
「いやー、悪気はなかったんだけど。シズクなら忘れそうだし」

 前を歩いていた男がこちらを向いていつもの笑顔で言う。銃を向ければ両手をあげ、それからまた男たちとの会話に戻っていった。何が男嫌いだ。ため息と共に煙を吐き出す。隣のマチが腕を組み、私を見た。

「あながち間違ってもないんじゃない」
「なんだ、マチまで」
「でも、確かになまえって男嫌いだよね。あたしたちのあげたものは素直に受け取るし」
「……思い出した。今日やけに腹立つなと思ったら、それか」
「あんたが腹立ってんのなんていつもじゃない」
「そんなにいつも苛ついてるの? 疲れない?」

 そういえば私が誰と任務に向かうかを決定したのがシャルナークで、まあシズクがいるなら、というようなことを言ったら笑われたんだった。人殺しを苦手だと言った後にそれだったからさらに腹が立ったが、その時にシズクが来たものだからぶちまけられずにそのまま忘れたのだ。

「なまえ、飲む?」
「行ってもいいけど。マチは?」
「あたしはいい。二人で行けば」
「そうか。おい、私たちもう抜けるから、あとよろしく」
「お、デート? あはは、冗談だってば。睨むなよ」
「……じゃ、おつかれ」

 思わず銃を抜こうとするがそれすらも癪で、結局ため息を吐く。シズクと二人で立ち止まり、ケータイを取り出しながら吸殻を踏んだ。消えたことを確認してから街の方向へ歩き出す。画面にひびが。だから脆い機械は嫌いなんだ。何の連絡も来ていないことだけ見て、ポケットに戻す。

「なんか意外」
「何が」
「だって、なまえって殺しのこと以外どうでもいいみたいじゃない?」
「殺しの方がどうでもいいんだけど」
「そうなんだ」
「あいつらが勝手に言ってるだけだからな」
「よく分かんないけど、あたしもなまえのこと好きだよ」
「なんだそりゃ」
「貸した本、全部感想くれるし。殺し方も綺麗だし、仕事しやすいもん」
「あのなあ」

 褒めたって何も出ないぞと言おうとしたところで、シズクが立ち止まった。その視線を追うと星空が。不思議なやつだ、という印象は初対面の時から変わっていない。どこを見ているのだろう。いつも。

「好きってなんなんだろうね」
「……はあ?」
「わかんないの。でも、本に書いてあったからなんとなく分かる」

 シズクは読書家だ。辛うじて文字が読める程度だった私が本を借りたのは初めてのことだった。ただの気まぐれ。でもそれが続いている。なんだかシズクが本の内容を忘れていることが多いから、感想なんて言っても仕方がないと思っていたけれど、そのことに喜び(だろうか)を抱いているとは。空を見上げたままゆっくり瞬きをして、シズクは前に向き直った。そのまま歩き出した彼女を追う。

「なまえは、旅団が好き?」
「え、ああ。好きかな……」
「盗みは? それから殺し、死体、血液」
「……全部、そんなに好きでもない」
「お酒は?」
「好き」
「煙草も」
「ああ」
「そっか」
「……お前は?」
「旅団は好きだよ。居心地がいいから。それ以外は、考えたことない」
「どうでもいいのか」
「うん。忘れてもいい。あ、でも念は忘れたら困るな」
「そりゃそうだな」
「二人で飲みに行くの、初めてだね」
「そうだっけ。そういやそうか」

 好きが分からない。そうかもしれないなと思う。そんなの誰も分かりはしないのかも、とも。……難しいことを考えるのは、好きじゃないけれど。
 よく考えたらさすがにこの返り血でどこかの店に入ると騒ぎになりそうだなと思う。そのこと自体は構わないが、今日は静かに飲みたい気分だ。一度家に戻るか。でもそれならどこかで適当に盗んで家で飲んだ方が手っ取り早い。煙草をくわえ、火をつける。シズクと目が合った。

「なんだよ」
「なんだろう。変なの」
「変って?」
「あたしも吸ってみたらわかるかな」
「一本ぐらいやるよ」
「いらない。臭いし」
「悪かったな、臭くて」
「なまえはいいよ。なまえが近くにいるって分かる」
「そりゃ近くにいるからな。なあ、私の家でもいいか?」
「うん」

 変なのはお前の方だろう。近くにいるのに、煙草の臭いでしか認識していないのだろうか。……こいつもこいつで色々あるんだよな、きっと。そして私が踏み込んでいいことでもない。そう結論付けて煙を強く吸い込む。
 真っ黒な髪が視界の端で揺れている。変なの。

嫋やかな壊死に誘われる



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