「運命の出会いはあるとは思うけど、自分が努力しないと自分のものにすることは出来へん、そういうものやと思うねん」

茹だるような暑い日だった。夏期講習の帰りに寄った駄菓子屋前のベンチで、しゅわりと手の中にあるサイダーの炭酸が弾けた。
なまえの手にはこんな真夏日であるというのに温かい飲み物が収まっている。どうやら健康オタクで名の知れている白石から効率の良いダイエット方法を教えてもらったらしく、夏が始まる3ヶ月前から実践しているらしい。何かやっている事には気がついていたけれど、それを知ったのは夏休みに差し掛かってからだった。

「自分磨きはいずれ出逢う運命の人をモノにする為にする物。甘えは許されない」

「いや何処の軍隊やねん。やからって、無理なダイエットする必要はないやろ。夏場に熱い飲み物買ってる奴なんか見た事ないっちゅう話や」

「謙也こないだボタン押し間違えて熱いの飲んでたやん」

「なんで知って」

「しかも冷えるの待たれへんくて舌火傷してた」

「お前それ光から聞いたやろ!」

「えらいコミカルな動きしとったなあ。結局缶落として飲めんくなった時の表情とか傑作やったわ」

「お前聞いたんやなくて見たんやな…!あいつ何や携帯手放さへんと思ったら動画とっとったんか!」

今更ながら教えられた後輩の悪行に、苦虫を噛み潰したような気持ちになる。あいつは俺のギャグでは笑わない癖に、何でもないような失敗談ばかり取り上げるという独自のスタイルを持つ天才だ。しかもそれを空気を吸うようにやってみせるものだからタチが悪い。俺の失敗談が出回っている時は、70%位は光が一枚噛んどるんちゃうかと思う。知らんけど。

「……いやまてや、今そんな話してへんねん」

なまえの言葉にまんまと乗せられて後輩に乗っ取られてしまった思考を無理矢理元に戻した。すると都合が悪いと言いたげに舌打ちを返される。俺は心配しているだけやのに扱いが雑すぎへんか。まぁ慣れたもんやけど。
半ば意地のようになって引き戻せない俺に気付いているのか、なまえは呆れたような声で「謙也の悪い所やで」と一言零した。

「謙也だって細い子が好きやんか」

「…お?なんや急に」

「謙也が好きになるような子は、細くて活発でよく笑って、更に言えば巨乳であれば尚良し。"そんな子がきっと俺の魅力に気がついて、告白してくれるはずや"って、言うてた。」

「は?」

「……教室で、白石と暴露大会しとったの忘れたん?折角事細かに教えたったのに、私1人でアホみたいやん」

そう言えば、そんな話をしたような気もする。余りにも前の事だからぼんやりとしか思い出せず、腕を組んでううんと唸った。
白石とはそういう、中身のない会話ばっかりしとるからなぁ。ああでも、向日葵みたいに笑う子が好きやっちゅう話はした気がするわ。

「ちゅうか、その話聞いてる限りやったら俺の発言でダイエット決意したみたいに聞こえるんやけど」

「まあ、きっかけはな。そういう事になるよね」

「俺は細い子っちゅうより健康的な子が好きやで」

「健康的なだけじゃ選ばれへんのよ。ほら見て、髪も伸ばしてるねん。女の子っぽくて可愛いやろ?」

「ほんまや、気付かへんかったわ」

「気づけや」

「いや、小学校から一緒やのに今更やろ。意識できへん」

「どつき回すで」

「そう言うところやで」

悔しそうに地団駄を踏むなまえを愉快な気持ちで見る。昔っから直ぐ剥きになるから、揶揄い甲斐のある妹っちゅう立ち位置で愛されてるのがこいつや。その割に人を揶揄う事に長けている光とは妙に仲がいいらしく、さっきのように俺の失敗談を餌に会話している事が多い。2人して悪趣味ちゃうか?別にええけどやな。
その後輩とテニス帰りに同じ駄菓子屋へ寄っていた日の事を思い出すと、ある事に気がついてあっと声が出た。

「そう言えば此間ここでアイス当たったんやった。食うか?」

「ダイエットしてるって聞こえてた?」

「自分アイスめっちゃ好きやん。食わんのやったら俺が食うで。」

昔っから、どんな事があってもアイスさえ与えとけば機嫌が直る、みたいな所あったからな。
そんな事を思いつつ、駄菓子屋の奥にいるおばちゃんから野球の少年が描かれたアイスバーを受け取って戻る。
温かい飲み物をちびちびと飲んでいる隣でバリバリと封を開けて無遠慮にバクバクと食べて見せると、恨めしげな表情で見上げてきた。思った通りの反応にふふんと鼻を鳴らして、左手に持っているそれをなまえの目の前に掲げてみせる。

「ほうら、なまえちゃんの好きなアイスやで」

「きっしょ、ちゃん付けとかした事ないやん。ほんま意地悪い、信じられへん」

「何とでも言いや。ほら、食いたなってきたやろ?」

みるみる裸になっていくアイスの棒を見て、同じ部活にいる野生児の後輩のように唸った。最初はダイエットなんて辞めたらええと思ってやってたけど、あれやな。普通に楽しい。
あっという間にあと一口となって、食べる気がないのなら最後にもう一度揶揄ってやろうと目を合わせた時、なまえが瞳を伏せた。

突如、何故かその表情が別の誰かの物のように見えて、目が離せないまま息を飲んだ。

なまえは汗の所為で少し濡れた髪を耳にかけ、俺の左手首を右手で包むように柔らかく握ると、棒の下のあたりに纏まっている残りのアイスを口に含んだ。口の中で溶かすように少しだけ咀嚼して、器用に唇で招き込む。その光景がやけに生々しく感じて、まるでスローモーションのように一挙一動が目に焼き付いた。
実際は一瞬の出来事であったのだろうけれど、なまえの手が、指が、俺の肌から離されるまで、俺の世界はずっとスローモーションのままだった。

「うわ、久々のアイスめっちゃ美味しい。体に染み渡る……あっ、謙也みて。またあたり」

するりと棒を抜き取って確認したなまえが発したその言葉を理解すると同時に、ドッと汗が噴き出る。あかん、これ、見られたら、気付かれたらあかんやつや。
極めて平常を装うために選んだ無難な相槌は、豪快にひっくり返った音によって無難な相槌ではなくなった。咄嗟に左手で口を覆って顔を逸らす。
アイスの棒に気を取られていたなまえが俺を見たのを雰囲気で感じ取れたけれど、自分の心臓の音がうるさ過ぎて、正直それ所では無かった。なんやこれ、なんや、これ。
なまえが俺の名前を呼ぶのが聞こえて、待ってくれと言う意味を込めて右手を上げたけれど、その要望は聞き入れてくれないらしかった。

「ドキドキしたん?」

「どきどきって、おまえ」

未だに耳に残る血液の音を落ち着かせようと躍起になりながら、その原因なのだろうなまえに意識を戻す。心底嬉しそうに頬を染めたその姿がとんでもなく可愛いものに見えてしまって、ぐうっと喉がなった。あかん、これ、あかんのちゃう?

「謙也、私、女の子なんやで」

向日葵のように笑うなまえの指先を膝元に感じながら、俺はこの夏死ぬのかもしれないと思った。

すっとんころりと恋落ちる



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