1*あるふたつの村に太陽の和尚さん、月の和尚さんと呼ばれるふたりがおりました。

和尚さんたちは宗派も性格も生い立ちも違えども、若い時分より非常に仲がよく、山を隔てて互いの寺を管理しつつ、週の最後にときどき日が陰ると「ヤアヤア、和尚さんはお元気だろうか」と挨拶に出向き、「ヨウヨウ、生きておりますよ」と将棋を指しては帰るような日々を過ごして、村の人たちからも大層慕われていたのです。


太陽の和尚さんは明るくてニッコリ、月の和尚さんは物静かでシットリ。どちらも此れとて騒いだりはしないのですが、

「北のほうでは飢饉が迫っておるそうや」
「まだここいらは竹やぶも山菜も兎や猪とて採れるけんど、えらいことやなあ」
「食えん食えんと嘆く暇があれば、何ぞ畑の管理を増やして、伽藍の方でもつくられへんやろか」
「我々の仕事というのは、ほんまにお天とさんにすがるしか道のない、無常な世界やなあ……」

と、ひっそり世情を語ったりもしたようです。

ある日、村にひとりの若者が着古した襤褸と草履、刀を持って村を訪れました。「俺は北からやって来た侍のひとりじゃ。もてなせ」というのですが、その荒くれた風体からは素性を推し量ることはままなりませんでした。

「和尚さま方、どのように致しましょう」とふたりの村長がこうべを柳のように垂らすので、ふたりの和尚は顔を見合わせました。どちらの村も小さい集落ですので、余所者を抱えるほどの余裕はございません。時節はそろそろ秋の収穫を終え、冬にさしかかっております。

「追い返して山で暴れられても面倒じゃ。貯蔵用に切り倒しておる裏手の薪割りがどちらも済んでおらぬし、寺で引き取りましょう」

そうしてとりあえず一周、月が丸くなる頃まで太陽の和尚さんの寺が男を引き受けることになりました。



続く……ゆっくりですみませんヨー



2*男は意外なことに働き者でした。侍と名乗るわりには薪割りの手際がよすぎる。太陽の和尚さんは(ひょっとしたらあやかしの類いかも知れぬな。冬場は狐の化けたのが大勢で蔵の中を食い散らかしてしもたり、狸の化けたのが厠で縮こまっていたりすると聞く)と眉尻を下げました。

「お侍さんや。していずれの郷里からお訪ねくださったのじゃ」

男は「む。小生、三つ山を隔てた先の河から……」といいさして、「あれや。その。拙者、城を三つも抱える殿様にお仕えもうして候、ち、勅使接待の指南役をおおせつかりパワハラ後に部下であるジェダイの騎士に城中にて抜刀され御家断絶、あわや藩取り潰しとなる様をまのがれ御家人と相憚って云々」とシドロモドロするため、和尚さんは(こりゃイカン。狐狸妖怪で間違いない。どうしたものかのう)と、確信にいたるのでした。

月の和尚さんに将棋差しのついでにそれとなく話してみたものの、「拙僧が迷信や祟りという曖昧なものを嫌うのはよく存じてござりましょう」とけんもほろろ。

「いやでも。もとは害のない狐狸でも暗黒面に堕ちたら喘息患者のような音をたてて徘徊しまくる乙武さんに成るやも知れぬし」と云えばさらに、「御主、見損なったぞ。四肢損壊者と喘息患者に対する中傷の弁。銀河帝国軍の機動歩兵、総兵力20億ユニットに代わって成敗いたすぞ!」と噛み合わぬ時代錯誤な論調の果て。

「そういえば和尚。あの侍の刀と脇差しは如何にした」
「む。寺の敷地では問題あろうかと思て、村はずれの山小屋に隠してある」
「そうか。であれば彼奴、いずれの密偵であれ魑魅であれ、そう簡単に尻尾は出すまいから、様子見じゃな……」

ふたつきが過ぎる頃には男は村になじむようになり、使いに出した先の村でも仕事ぶりが買われて意気揚々。太陽の和尚も、(杞憂であったかしら)と吐息を細く吐きました。




続く……お腹すいたヨー




3*冬将軍の足音も重みを増した神無月、村では例の男があらぬ噂を流しておりました。「太陽の和尚に月の和尚。表向きではふたりは仲が宜しいという噺だが、裏では反目しあっている」というのです。

はじめは「和尚さんに限ってそんなわけあるかい」と相手にしなかった村の者たちですが、男の巧みな詭弁と二枚舌は大層つくりがよくて、次第にコロリとやられてしまいました。

「なんでも太陽の和尚さんは頭の出来もよいから、前々から月の和尚さんを下に見ていたんやと」
「月の和尚さんは仏頂面ゆえ、村の子供の覚えが悪い。それゆえ、善人ぶってニッコリの太陽の和尚さんに嫉妬してきたんや」
「先刻も和尚ふたりは山の頂上で鉢合わせとったが、会釈だけで挨拶もせんかったのを山伏が見たと」
「月の和尚さんに気遣いは無用やと断られた殿様が、太陽の和尚さんにだけ袖を揺らしとるらしいで」

噂は噂を呼び、本人たちの知らぬところで噺は膨らんでいきました。和尚さん方の間では「一応、宗派筋の手前もあるから余所ではトリモチのように引っ付くのはよそう」という暗黙の了解があったのですが、古くから和尚さんたちを知る村の年寄り以外はそのことを知りません。

「滅多なことをいうもんではない」

と年寄りは喉を擦りつつ叱責の太刀を打ったのですが、聞き入れるものは最早おりませんでした。



続く……おノド痛いヨー。葛根湯頼み。




4*雲行き怪しく遠巻きに顔色伺いをする村人たちを訝しく思って、太陽の和尚さんは「なんや世の聞こえに不憫な空添えごとでも描きもうしたのかえ……」と袖を手繰り寄せました。墨ひとつで物笑いの種になる平和な田舎町。法衣の裾は何年も前から乱れて薄汚れてはおりましたが、いつもと変わりありません。

「あの、」

と声かけした井戸端の女衆は蜘蛛の子を蹴散らすようにとまではいいませんが、適当な返事を寄越してそそくさと解散いたしました。

「もし、」

と声かけした軒先の男衆は首筋やら胸ぐらを掻きつつ消えていきよります。蚤でも湧いておると勘繰られたのかしら、と和尚さんは使いの小僧に薬を買いに行かせました。

すると小橋の向こうで手招きする翁が、何やら周辺を伺いながら和尚を頻りに呼びます。

「どうかなされましたか。えらい閑散としてますけども」

「和尚さんや。例の侍に気をつけてェな」年寄りは細めた眼を懸命に開いて、訴え偲んだ言葉を絞り出しました。「ありゃ名に負う者という輩じゃ。気狂いとまでは申しますまいが、御前さまと山向こうの和尚との軋轢を流しておる」

時雨も霹靂となり胸に響くほどの音を立てました。年寄りはまだ口を開こうとしていますが、家の者に手を引かれ雨の中を振り返り振り返り、消えてゆきます。

和尚は茫然と立ち竦んでおりました。




続く……近隣と隣村に伝わる実話の脚色ですヨー。ゆっくりゴメンヨー。



5*太陽の和尚さんは冬支度を終えた寺で、例の男をどちらが引き受けるか話し合おうと月の和尚さんを呼びました。雪が深くなると天気の崩れには強い逢坂と謂えど、頻繁に往き来するというわけにはまいりません。

「斯斯然々……此のようなわけであるから、注視せよと。厄介者とはいえヒトの形をしておるうちは外へ掃けるすべもなし。如何様にする」
「和尚よ。彼奴はとても熱心に寺の畑まで耕してくれるのだ。悪い噂を流しているのは、和尚の方ではないのか」

太陽の和尚は発として月の和尚の顔色を伺いました。その声は長年聞いたどの説法よりも重い響きで、眼だけが
ギョロリとしています。普段は明るいはずの御堂を翳りの戸張が足元から忍び寄り、太陽の和尚さんは膝をついたまま一歩下がりました。

「彼奴は此方で引き受ける。それで問題はなかろう」
「……」
「和尚よ。我々は近づきすぎたのだ。出自も宗派も信念も、お互いに違いすぎる。そちらの村人がなんと云っておるのかは存ぜぬが、しばらく会うのはよそう」

立ち上がった月の和尚さんの表情は逆光で見えませんでしたが、太陽の和尚さんの震える指は月の和尚さんの法衣を絡めとろうとさ迷いました。しかし月の和尚さんは踵を返して、太陽の和尚さんを置いてきぼりにしたのでした。

暗い御堂はどんどん闇を深くして、ひとり項垂れる太陽の和尚さんを呑み込んでしまいました。




続く……肩凝りすごいヨー。痛いヨー(愚痴ってばかりスミマセン)





6*月の和尚さんは登山杖をつきながら、もと来た道を音もなく登り始めました。

軋む膝頭の痛みを堪え、(もうじきに雪駄が要りようになる。次の往来で小僧を同伴し持たせようか)と麓の寺を振り返りかけました。引かれる後ろ髪もないはずであるのに、冷たくあしらった己の様変わりが気がかりでならぬ。

「和尚よ」例の男が柵のごとく生い茂る樹海の隙間から、ヒョウと顔を傾けています。「どうであった。拙者のゆうたとおりではなかったか」

月の和尚さんは薄ら寒い粘りのある風に、法衣の合わせを握りしめました。「……」

「拙者のゆうたことに間違いなかったろう。和尚は自分とこの村人と口裏を合わせて、そちをたぶらかそうとしてきた生臭坊主じゃ。殿様は自らの領地で行われてきた法要ごとに関するお布施の動きをきっちり把握しておられぬ。役人にうまく取り入って鬼の目を隠してきたのじゃ。妖怪扱いで拙者を嫌うのが何よりの証拠よ。今に御主のことも……」

「村人が此方を避けて通るのも」和尚は頭のひとつ上のところに、魂が抜けてしまったような錯覚を覚えていました。

「あのいつも優しげで穏やかな和尚が、」

「鬼でもついておるのや知れぬよ」男の声は、天高く鳴り響くように心地好い音を奏でていました。

「声を荒げて暴れまわり、」

「そうら見ろ。正体を現したぞ」

「狐のように甲高い声で私をなじるのも、」

「兄のようにも、弟のようにも、好いておったのにな」

「そんな、まさか……」

人とは果てなく弱いものだ! と男影がうねるように足元まで伸びたとき、月の和尚さんの理性は(何かおかしい)と一瞬感じたのですが、翳りは大きくなり続け、その考えもそのまま闇に呑み込まれてしまいました。




続く……ねむねむヨー





7*月の和尚さんは溢れ出す哀しみと疑念を抑えることができず、村外れの山小屋まで深夜の山道を灯りもなしに歩き出しました。その少し斜め後ろを男がぬらりぬらりとついてくるのですが、時折すさぶ風の音が獣の匂いをたちのぼらせて、なにやら得体の知れぬ臭気で木立の空気を圧迫してきます。

月の和尚さんが禁じられた刃物に手をかけると、男の紅い眼に刀身が照り返し、月の光は雲に覆われてしまいました。

同じころ、太陽の和尚さんは朽ち果てた寺の縁側で将棋と行灯をお供に、月を見上げておりました。


(人をたぶらかすのに長けた鬼が、お狐さんの影を借りて侍のふりをしているのやもしれぬなあ……)

(遠い御縁でお預かりしてきた伏見のお稲荷さんの像が、蔵に一体居られなかったろうか)

(満足に油揚も供えられぬ有り様であるが、日が昇る時刻になったら和尚さんとこに持っていってみようか)


鼻の先もわからぬ暗闇で、太陽の和尚さんは垣根の向こう側に蒼白く光る生き物を見たような気がしました。狐や狸に化かされても、命までは取られはしまい。太陽の和尚さんはそう思いました。

幼い小僧のころ、使いで行った城下町。薄暗い呉服屋の離れで、狐の毛皮を羽織った遊女を水汲み女中が指差し、「あれは私のお母さんでした」と一言いったとき。「棄てられたのですか」と恐る恐るその面を見上げると、逆光で細めた眼だけがニイッと吊り上がり、「あのひとの肩を暖めているほうです」とぽろり雫を垂らしたのです。

蒼白い光は蔵へ誘うようにふらふらと空中へ舞い上がりました。太陽の和尚さんは一縷の望みを託して、行灯を手に立ち上がりました。



続く……マスクくるちいヨー


おっと、すみません。少し間があきます。桜桃忌頃には戻りますです。かしこ。



8*ゆらりと傾いで、月の和尚さんは伽藍堂に足を踏み入れました。

床の敷板を蛇のように這っていく影が、端のほうで一度波打ってパシッと乾いた音を鳴らします。竹を弾く時の様に似ているな、と太陽の和尚さんは背中を向けて木魚を叩きました。

「忘れものですか。どうぞ中のほうへ」

お経のひとつも詠もうかと迷いましたが、擦りきれた経典は文机に閉じてありました。燈籠も行灯も火は落として、辺りには恐ろしいほど静かなるかな沈黙が垂れ込めています。ひとつきりの蝋燭の火花が、ときおり大気を凍らせるばかりでした。

月の和尚さんは返事をせずに、足元から崩れて腰を落としました。太陽の和尚さんは突然の物音に振り返りましたが、薄暗闇の底で「くるな」と相手が云ったので、いうとおりにしました。

「この手にある抜き身の刀が見えたろう。手前には脇差しを用意してある」
「それは、御丁寧に」
「理由を聞かずに斬られてやろうと言うのか、お人好しめ!」

脇差しが床を這って腰元にあたりましたが、太陽の和尚さんはほんの少し横を向いたまま口を開きました。

「誤解だ、と云っても聞いてはくれますまい」

月の和尚さんは振り上げた刀をぷるぷると震わせました。顔を見れば躊躇ってしまうに相違なし。太陽の和尚さんは後ろ手に脇差しを持って、するりと刀身を蝋燭の火に差し出しました。鏡のように磨かれた滑らかなその刀に、鬼の形相をしているとばかり思っていた月の和尚さんの顔が一瞬だけ光ります。

産まれたばかりの赤子のようだ……と太陽の和尚さんはその相好を見て、穏やかに微笑みました。

「斬れ」

ふたりの和尚さんは縺れ合い、蝋燭の灯りと共に床の上。闇夜の緞帳は鈍く戸張をおろしましたとさ。




雨雨ヨー。濡れ濡れヨー。





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