ドイルとトゥーイ


 深く愛した人との時間をどれだけ大切にしようと、私たちは時間という流れのなかにいる限り、不幸や別れと切り離されることはないのだ。

 私が人生を捧げようと最初に決意した女性は、名前をルイーザ・ホーキンズといった。

 私は彼女をトゥーイと呼んでいた。しかし彼女との生活は十年に満たなかった。私にはすべてが――。

 すべてが新鮮な優しさに満ちており、穏やかな毎日の中で、独身時代そのままの習慣を続けることができた。彼女のおかげだった。何もかもが。

「――土を」

 葬儀業者の静かな声が響く。私の脇にいる子供たちの指が力強くなるのが見えた。

 華やかな迎えなどなかった。聖書に記されたような、天に召される輝きも白さもファンファーレの音も言葉も、何もない。

 静寂だけだった。

 神々が私たちに与えてくれるのは、永遠の沈黙だけなのだ。トゥーイはすべての苦痛から解放され、私たちの前には二度と姿を現さない。

「父さん。終わったよ」

 辺りを支配していた重圧から解かれ、私はふいに家のことが気になった。ぼんやりとした現実が目の前に広がり、息子のキングズリーが私の手から花をとるのが見える。

 棺桶は深く深く埋められた。学校から呼び戻した娘と息子は立派に勤めを果たした。盛り上がった土の上に花が手向けられる。

「座席番号を確認しろ」私は言った。「早く勉強に戻るのだ。もう、母さんは。そして、これはずっと以前にわかっていたことで――」

 娘のメアリーが私の肩に両手を乗せ、顔を寄せてきた。彼女は何も言わなかった。

「私も仕事に専念する。選挙は駄目だったが、やることはまだまだあるはずだ。書くほうも、そうだな、シャーロックは生き返ったのだし……」

 私は一瞬、自分でいったことを頭の中で繰り返した。

 母の命乞いがなければ、永遠に滝の底にいたはずだ。他のものを書く時間を私に与えようとせず、その存在感で世界中を沸かせて私を束縛した男。

 人間らしい情もなく、機械のように言うべきことだけを話して去る。

 ペンを置いたら彼を思い出すことなどないというのに、人々は私の脳内にいるホームズの残骸を、搾り取らんばかりの目でにらみつけてきた。その元凶だ。

「返してくれ」

 私は花を指し示した。キングズリーは困ったように姉を振り返ったが、メアリーは私の傍から離れ、膝を折って花を渡してくれた。

 私はそこから一本だけを抜き、棘にやられた指も構わず、花に口づけ、それを地面に横たえた。

「いい夢を、トゥーイ」

 白い薔薇のひとひらが落ちた。私たち家族はそっと墓場を後にした。





♪ending music










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