寒さが少し和らいだ今日2月4日。朝から天気予報で立春ですと言っていた。しかし、立春だからといってこの冷たいものが暖かくなるわけでもなく、春の兆しなんてどこにも感じられない。

突然真正面から風が吹き、冷えきった身体に染みた。寒さというものは若干のストレスを抱える原因になってしまう。どうにもならないことに苛々する自分が嫌で、早く暖かくならないかなぁ、なんて、自分勝手な願いを空に向けた。

「あれ、立向居くん」

先程通り過ぎた曲がり角から出てきたのは音無さんで、俺の心臓は一気に心拍数を上げた。それはもう煩いくらい。俺は平静を保って振り返った。

「やぁ、」
「帰っている途中?」
「そう…だけど」

音無さんは片手に買い物袋を提げていた。恐らく彼女も買い物から帰る途中だったんだろう。そんな彼女は先程から目線を逸らして頬を桃色に染めて口をぱくぱく動かしていた。どうしたのと訊くと意外な言葉が返ってきた。

「寒いし…あ、上がっていかない…?」
「…え?」

いや、これは、そういう意味じゃなくて!と音無さんは慌てふためいていて。俺も気が動転していた。上がってというのは家のことで、その家は音無さんの家のことで、その家に住んでいる音無さんが俺を誘ってくれていて…。音無さんは顔を真っ赤にして俯いたままだった。気のせいなのか、大きな瞳が少し潤っている。

「君がいいなら上がらせてもらおうかな…なんて…」

頬を掻いて照れを紛らわしつつ彼女の言葉に甘えてみる。すると音無さんは顔を上げ、目を見張った。

「いいの?」
「それは俺の台詞だよ」
「うん、平気!」

丁度晩御飯の材料買ってきたし、と楽しそうに話す音無さん。俺は彼女の持つ買い物袋に手を伸ばし、そっと持ってあげる。音無さんは一瞬焦った素振りを見せたけれど、俺は大丈夫と一言言うと、優しく、それはこれからやってくる春のように笑った。

「ありがとう」

俺は空いていた左手で音無さんの小さな右手を握った。

(人肌とはこんなにも優しくて温かいものだったんですね)


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