「…まずい」

3月13日の夜9時。今の今まですっかり忘れていた。明日は3月14日、ホワイトデーである。一ヶ月前には倉間から手作りの菓子(美味しかった)を貰ったというのに、なんて奴だ俺は。しかもなんとなく覚えている。『楽しみにしてろよ』と言ったのを。これには参ってしまった。と落胆している間も刻一刻と時間は過ぎ。勿論女子の分もすっかり忘れている。
急いで適当な服に着替えコンビニへと足を早めたが、そこにチョコはなかった。どうせ皆同じことを考えてここへやって来たんだ。もっと前から用意しとけよ、なんて無責任な発言は止めておく。
9時も廻っているわけだから当然スーパーも開いておらず、俺は行き先も、明日の居場所も失った。

「どうすりゃいいんだ…」

女子はともかく、倉間には精一杯のお礼をしたい。

次の日、俺は沢山の紙を持って学校へ行った。クラスに入るまでの廊下では此方を見てひそひそと話す女子が数人いた。なんだよそれ、まるで陰口叩いてるみたいじゃねぇか。
クラスについて俺は席につく。ふと顔を上げると一人の女子と目が合った。確かこいつも俺に何かくれた記憶がある。

「あのさ、」
「えっ…わ、私?」
「そう、わたし。一ヶ月前の礼をしようと思ったんだけど金足りなくてさ、これで勘弁してください」
「う、うん」
「周りの人達にも言っといて」
「分かっ…た」

昨晩、どう大人数にお返しをしようかと悩んだ結果が手紙である。手書きの手紙なんて今の時代、古風な気もするがこれも周りの話を聞いてて学んだことだ。古風な感じが逆に良いらしい。

女子達の協力もあり、なんとか全てを配り終え、放課後。グラウンドに早くから来て自主練をしていたのは予想通り倉間で。おーい、と声をかける。

「河川敷でサッカーしないか」

倉間は首を傾けつつも了承し、俺の後を歩いてきた。何も話さぬまま河川敷に到着する。先に口を開いたのは倉間だった。

「いきなり何ですか」

口調は少々荒いでおり、苛々していたということを嫌でも伝えてくる。目付きも鋭い。俺は倉間に背を向け軽く深呼吸した後、思いきって白状した。

「ホワイトデーのお返しを用意し忘れました」
「ですよね!?あんたが手紙なんて考えられないですし!」

全くその通りだと思う。何をやっているんだろうと馬鹿らしくなったりしたから。

「で、俺への手紙とか無いんですか」

どこか寂しそうに言う倉間に、心から謝罪したく思い、俺はお前の言うことを何でも聞いてやると言った。倉間が一番やりたいことをしてやることがこいつにとってきっと一番嬉しいことだと思ったのだ。手紙を書けと言われても、ハーゲンダッツを買ってこいと言われてもちゃんと従うつもりだ。

「…じゃあ、今日の残り、ずっと一緒に居てください」

思わず「え、」と声を漏らす。倉間はそっぽを向いてしまったきりで。こいつなりの不器用な照れ隠しとみた。

「分かった。ずっと一緒に居てやる、それに何でもしてやるよ。何がいい?」
「…まずは、サッカー、したい」

ぎゅっとサッカーボールを抱えて上目遣いで言われてしまえば、もう選択肢なんて1つしかなく。

「うん、やろう。サッカーしに来たんだもんな」

そう言って俺が倉間の髪を撫でると、倉間は控えめに笑い頷いた。


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