でも


「髪、変かな」
「ヒロ兄気持ち悪い」

雷門中学の真新しい制服をまとったマサキと一緒に途中まで付き添っている。俺は担任教師とサッカー部の監督である円堂くんに挨拶へ行く。
通学路でも相変わらずマサキは毒の効いた言葉を吹っ掛けてくる。他人行儀という言葉を知らないのか(そうなってしまったのはきっと俺のせいである)。周りからすると優しいお父さんと生意気な息子に見えなくもないが。

「ねえ、ヒロ兄は後で来てよ」
「わかってる」
「じゃあ俺行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」

朝から口癖のように発せられる"後で来てよ"に俺は飽々していた。どうせ二人とも担任に用があるのだから、いっぺんに済ませればいいじゃないかと説得していたのだが、あいつときたら返事は恥ずかしいから、だとか別にいいじゃん、だとか。俺は面倒になったから先に折れたのだ。

校門から数メートル離れたところで登校中の生徒が少なくなるのを待っていた。時間は既に8時半。遅刻しないのかと変に心配になる。
その心配も束の間、突然後ろから声をかけられた。

「ヒロト?」

と。背筋が一瞬にして凍った。いやいや、俺はこれから職員室に行って挨拶をする予定だったのだ、これは想定外…

「え…んどうくん、ですか」

何故か振り返る気になれなくて、雷門中の校門を見つめながら問う。ああ…人随分減ったな…とか上の空のまま。

「やっぱヒロトだー!久しぶり!」
「ええっちょっと、円堂くん、」

凍り固まっていた背中から覆い被さるようにして体温が伝わった。想定外というよりかはもう意外としか言う他なく。頭の中はパニックに陥って、これからどうやって挨拶しようと考えていたことは全て飛んでいったような気がした。そして周りの人で気づいた人がちらちらとこちらを見ている。つい数十分前にマサキに言われたような言葉が聞こえてきそうで怖い。

「雷門に用か?」
「そ、そうなんだ、あと君にも…」
「まじ!?何、どうした?」

焦ったときにずれてしまった眼鏡を直しながら、未だ離れようとしない円堂くんに用件を伝えた。マサキがお世話になるからよろしくお願いしますと。

「今ホーリーロードの真っ最中なんだ。すげぇ助かる」
「お役に立てたら嬉しいんだけど」
「ヒロトと一緒にサッカーしてたんだろ?絶対巧いって!俺確信あるもん」

そんな…と今の状況も含め赤面する。暑いよ離れてなんて好きだった旧友に言えるわけもなく。嬉しいのは山々なのだが、耐えるしかなかった。

「とりあえず、職員室行こうぜ」

ほっとしたのは云うまでもない


挨拶も全て終わらせたあと、監督の役割しかなく暇な円堂くんとサッカー部室へ行き、他愛もないをした。仕事はどう、プライベートはこんな感じ、他の皆はどうしてるとか。サッカーについては流石だった、凄く熱く語ってくれた。管理サッカーなんておかしいということに関してだったのだけれどまったく円堂くんの言う通りで、面白いくらいに息が合った。そして遂に心の奥の何年間もぐっと消し続けてきた好意に火が灯る。円堂くんには立派な奥様がいるというのに。

「円堂くんは相変わらずサッカー大好きだね」
「勿論!冷めたことなんてないからな!」
「それでこそ円堂くんだ」

純粋にサッカーを愛する彼に、俺は何も言えないままただ笑顔でいた。潔いところがまた凄いなと思わせる。マサキを円堂くんに託して本当に良かった。

「じゃあ、俺はおいとましようかな」

古ぼけた木の椅子から立ち上がる。円堂くんも近くまで送る、と立った。その表情はとても紳士的で、かっこよかった。彼のありったけの優しさも随所から伝わってくる。嬉しい以上の感想があるだろうか。

「行こうか」

荷物をちゃんと持ったのを確認した俺は扉に手をかける。そのときヒロト、と円堂くんに呼ばれた。肩に掌の感触がある。忘れ物があったかなと振り返った瞬間、唇が塞がれ、視界は円堂くんの顔のみになった。思わず目を見張る。漫画のように眼鏡がずれ落ちる。動けなかった。いや、肩に置かれた手と真剣に俺に口づけている彼が動くのを許そうとしなかった、という方が正しいかもしれない。暫くしてそっと離れる。塞がれていた口が解放され、一気に酸素を取り込んだ。
漂う沈黙。誰にも見られない場所とはいえ、結婚している人にキスされてしまったのだ。俺の方からやってないとはいえ罪悪感が俺を襲った。

「円堂くん、」
「…ごめん」

でも、その罪悪感も押し退け、もっとしてほしかったと思った俺は。

「俺、今でも円堂くんが好きだよ。…ごめん、ごめんなさい」

そう伝えてその場に座りこんでしまった。
名前とともに差し出された大きな手に頼る資格なんて、俺にはもうないんだ。





円ヒロの日おめでとう。
円ヒロ大好き!



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