イヤホンから脳に叩き込まれるドラムの音が好き。心臓を抉るベースのビート音が好き。体内を引っ掻き回るギターのメロディラインが好き。だけど一番好きなのは滑らかな英語を操る少しだけ高めのボーカルの声。私を最大限にワクワクさせるこの歌声が好き。大好き。
「なーに聞いてんの」
プツリ。中途半端に途切れた爆音。右耳だけ空気の音が聞こえる。あぁ、せっかくサビに入ったところなのに。
「やっすいイヤホン使ってんだろ」
「普通の」
「シャカシャカうるさい」
通りすぎる大量の車の排気音に耳を傾ける。こんな耳障りな音に負けないくらいの音なのだろうか。未だ左耳の爆音を体内に取り込む私にはうまく想像ができない。
「お前、いつもこんな大音量で聞いてんの?」
「うん」
「耳壊れるぞ」
彼が彼の左耳に近づけたイヤホンはすぐに私の元に返ってきた。
きっと私はこのバンドのボーカルに会って、話す機会を貰ったら、大好きですと興奮して伝えられると思う。そうすることが当たり前みたいに。
「こんくらいで聞かないと意味ない」
「なんだそれ」
「だってライブに行ってるみたいな感覚になるから」
「へぇ」
仕方がないほど憧れる人に感情をぶつける想像は容易にできるのに、身近な人に気持ちを伝える想像は微塵もできない。へんなの。
「どんくらい好き?」
「ん?」
左耳に付けっ放しのイヤホンを指さす。いつの間にか次の曲に変わっていた。
「そ」
「すごく。めちゃくちゃ」
「ははっ、わかんねぇよ」
君がいるからこの音楽にワクワクする。君がいるからご飯が美味しいと思う。
「わかんないかなぁ。ま、いいや」
「今度貸してくれよ」
「今度って言う人は一生借りないよ」
「ばれたか」
飾らない君が好き。君の前で飾ろうとする自分が嫌い。だけど君を好きでいる自分は嫌いじゃない。
「今度一緒にライブでも行くか」
「だから、今度って言う人は」
「来月の最初の土曜」
「は?」
「チケットとってみたんだけど、行く?」
君のその笑顔が好き。それを見ると調子がおかしくなる自分が嫌い。だけどその笑顔にドクリとするのは嫌いじゃない。
「ははっ、その顔が見たかった」
「ほんとに?来月の土曜?」
「ほんとに」
「ウソ?」
「ほんと」
「…」
「ほんと」
「…あり、がと」
「おう」
あぁそうか。だから私はこのバンドが好きなんだ。左耳に流れ込む時折混じるテノールは君の声に似ている。