※初期設定で捏造過多
※円堂さん視点で女装注意そして円堂さんが偽物で紙メンタル


たまに途方もなくなる時がある。俺はいつまでサッカーをしていられるんだろうだとか、みんなはやはりどこかへ行ってしまうんだろうなだとか。これから部員は増えてくれるのか、試合をする事ができるのか。かくいう事も普段は試合のミーティングやら特訓やらでいつの間にか思考回路の外へと追いやられてしまっているのだけれど。ただ走ってボールを追いかけて、時に笑い、時に泣く。そうしてくたりとベッドへ転がる度、言いようのない郷愁と不安が身体を奥の方から蝕んでくるような錯覚に陥るのだ。自分は一体何を怖がっているのか、確証も持てない未来に不安がっていても仕方がない。考えるだけいっそ馬鹿げていると思う。それであるのに、俺の思考はこのどうしようもない感情を拭い去るのをどうやら許してはくれないらしい。元気でいなければ優しいみんなは自分のことを心配してしまう。決して自惚れではなく本気で心配してくれるのだ。だんだんと落ちてゆく瞼と霞む意識の中捉えたのは、電気をつけたままの机に置いてあるカレンダーだった。


9月も半ばを過ぎ、いよいよ今年も残すところ三月とはなっているが、まだまだ残暑が厳しい。燦々と照る太陽はとてもではないが直視など出来やしない。しようものなら忽ち目がまいってしまうだろう。そんな日に外出して日焼け止めも塗っていやしない俺は自分でもどうかと思う。それでも時折吹く風はどこか涼やかで、流石に休日ともなればいくら暑くとも人は外へとでているようだ。辺りはいつも以上に賑わいを見せている。俺はといえば、行く宛もなくふらふらと歩きながらふと横のファッション店を見やればそこにはショーウィンドウに反射したスカートを履いた自分の姿が映った。フリルがふんだんにあしらわれている、淡い花柄がなんとも可愛らしいハイウエストスカートにターコイズの薄手のカーディガン。黒いタイツの先にはヒールの低い赤いパンプス。髪には常につけているバンダナの影は無く、代わりとして襟足から長く伸びるエクステが見えた。肩からは斜め掛けの淡いベージュのポシェットを揺らしている。何を隠そう、自分には女装趣味がある。決して女の子になりたいという願望は持っていない。所作を上品にしようとしているわけでもない。ただ、いつからか自分は逃げることを覚えていたのだ。一向に集まらない部員。まともにやることもできない部活動。これがそれらに背を向けている行為だと知りながら、ずるずると止められずにいる。女の子。特に男尊女卑をしているわけではないのだが、女の子という括りに入ってみると思いのほか気分は楽になってくるものだ。サッカーをやっているという女の子は少ない。故に一時的にでも男である、その事実を見た目だけ異性に変えることにより重圧から逃れようと足掻いた結果だった。自己満足であることなどとうの昔に承知している。それでも時折こうしてしてしまう自分はきっと、弱者以外の何者でもないのだろう。途轍もない大きな波に呑み込まれまいと抗うことでしか今、自分を保つことが出来ずにいる。ダメだ。こんな風に沈んでいるわけにもいかない。すっかり滅入ってしまった自分を振り払うように一つ息を吸い込んだ。同時徐々に赤みを帯びていく空が目に飛び込んできた。に休みとはいえ、少し遠出をし過ぎたかもしれない。この格好を近所や雷門の生徒などに見られるわけには行かないので今日のような朝から余裕のある日はなるべく遠くの方にまで出掛けるようにしていたのだが、これは少し長居をしてしまったようだ。まだ残暑は続いているものの季節はすでに初秋。日が沈むのも随分と早くなった。今日は両親はそれぞれ出掛けている。それでも早く帰らなければ母ちゃんも帰ってくる。女装がバレることだけはダメだ!かつりかつり、ヒールが歩く度に音を鳴らす。急いでいるせいか、異様に音が大きく聞こえた。

「ちょっといいかな?」

「う、わっ」

突然前に出て来られて勢いを失う。上手く勢いを殺せずにぶつかってしまった。見ればイマドキなんて言葉が似合いそうな男の人二人。慌ててすみませんと頭を下げ、再び足を踏み出した。

「まあ、待ってって」

またしてもそれは掴まれた左手によって叶わなかった。こちらは急いでいるので、少なからず不機嫌にもなろうというもの。失礼かとは思いながらも若干眉間を寄せてしまう。一体何事だとは視線で訴えると俺の腕を掴んでいる男とは別の、もう一人がフォローを入れるように肩をすくめて見せながら口を開く。

「突然ごめんね?俺たちそこの帝国大学の生徒なんだけどさ、課題で女の子をモデルにした絵を描かなきゃいけないんだ」

帝国大学なら俺だって聞いたことくらいはある。初等部から高等部まではエレベーター式。そして大学附属のエリート中のエリートだ。コイツがまだ描けてないから候補探しに出て来たってわけ。ただのんびりと喋っている間も申し訳ないが気はそぞろだ。経緯はよく分かったが今は協力出来そうにもない。だが断ろうとした矢先にがばりと頭を下げられ、お願いします!と叫ばれた。流石にこれには面食らう。急がなくてはいけないのだが、ここまでされるとだんだんと断りづらくなってくる。自分は男だと言おうとして慌てて喉まで出かけたそれを飲み込んだ。今の俺の格好はどこからどうみても女の子。誰も女の子だと信じて疑わない。それはそうだ。誰だって女装しているだなんて思わないのだから。周りの目線は痛いし、もうどうしたらいいんだ!頷かなければならないような雰囲気に流されそうになったとき、パシ、と軽い音がして左手を掴んでいた手は褐色の手によって払われていた。

「おい、先に行くなって言っただろ」

…誰?まるで漫画のようなタイミングで介入してきた第三者には悪いが、最初に俺の頭が求めたのはそれだけだった。学生服を着ている。まるで軍人のような印象を与える服と相俟って一気に緊張感が辺りには漂った。俺はと言えば、ようやくまじまじと見ることの出来た彼の美貌に驚いていた。薄い銀の髪に日に焼けたような斑が一切無い褐色の肌。右目には黒っぽい眼帯をつけている。非日常的なそれさえまるで身体の一部のように着こなしてしまうのだから美人というのは得だ。惚けたまま、美人の顔を不躾だろうが見入っていると先ほどまで掴まれていた左手を今度は美人にぐい、と引かれた。

「え、おいどこに」

「うるせえ黙ってついて来い」

顔はいいが、口は恐ろしく悪いようだ。オレンジと黄色が混ざったような不思議な色合いの瞳が心なしかぎらついている。どうやら曲がりなりにも助け船を出してくれるらしい。後方で未だ呆けているだろう二人組を気にしつつ、小声で呟かれたそれに慌てて従った。


完全に彼らが見えなくなった辺りでぱ、と手を離されて我に返る。見れば美人は既に人混みに紛れそうになっていて焦った俺はそれは大きな声で呼び止めた。ま、待ってくれ!練習でも滅多に出さないのに街中で大声を出してしまい、先程と同様一気に注目の的だ。真っ白になった頭は何を思ったか今度は逆に美人の手を引いて走り出した。無我夢中でヒールを盛大に鳴らしながらいつの間にやら着いたのは閑静な住宅街。そしてなにより。

「駅って反対方面だ…」

がくりと脱力。間髪入れずに後方からは笑い声が聞こえた。そういえば勢いに任せて彼を連れてきてしまっていた。振り返った先ではこらえているように笑いをもらし続けている美人。

「お前、はははっ」

どうやら慌てふためく俺がツボにはまったらしい。…何だか悔しい。ジトリ、とねめつけながらも頭を下げた。

「さっきは…ありがとな。そんで連れて来ちゃってごめん!」

背はあまり変わらないのでタメ口だったがこれで先輩でしたなんて事になったらいやだなあと思いながら、早口で述べる。するとようやく笑いがおさまったのか、別に礼はよかったんだがなと興味がなさそうに踵を返す。ここで帰られてはさっきの俺がかいた恥も無駄になるというものだ。最早早く家に帰るという目的も忘れ、引き止めることに必死だった俺はなりふり構わず叫んだ。

「俺と、お茶しないか!」

後から考えると使い古されたテンプレートなナンパ法でしかなかったこの言葉から、俺たちの奇妙な縁が始まるだなんて誰も予想すら出来やしなかっただろう。



「XYZ」の七詩様から素敵設定をお借りしました。快く承諾してくださいましたことに感謝してもしきれません!ありがとうございました!