円堂守という人となりについて、この場で少しだが触れてみようと思う。まず特徴として上がるのがあの笑顔と「サッカーやろうぜ!」という言葉である。まろい線を描く頬に浮かべられる笑顔は常に、それはそれは楽しそうに輝いている。心の底から楽しいと。嬉しくて仕方がないと笑顔だけではとどまらず、体全体を使いながら表現するのだ。そして何事にもめげることのない精神。いくら無理難題を押しつけられようとも、円堂なら乗り越えることができるとそう思わせるのだから不思議だ。それだけに値する信頼をされているとも言える。そして何よりもあの優しさだ。言葉は決してうまいとはいえない円堂。だがその不器用な言葉にどれだけの人間が救われたか知れない。前を向いて歩き、上を向いて笑えるようになったか知れない。かくいう私もその笑顔と声に再び温かい光を浴びることが出来るようになった部類の人間である。ウルビダと呼ばれるようになり、己自身もその呼称を享受していたあの日々。ただ義父のために。私達を育て上げてくれたその恩に報いるために。義父が喜んでくれるのであれば、それでよかったのだ。そのためなら大好きなサッカーでさえ道具のように扱うことが出来た。そうしていつの間にやら忘れていたのだ。日の当たる場所で笑うことを。幼い頃、孤独だった私達を救ってくれたあの温かい場所で笑うことを。ウルビダと呼ばれる度にじわじわと浸食してくる不安は気付かないふりをした。グラン、ガゼル、バーン、デザーム、レーゼ。上げていけばキリがない名前を聞く度に、足元からくずおれそうな感覚で襲ってくる恐怖は必死に押し殺した。そうしてあの日。エイリア石など使わずにやってきた彼らは遂に私達に打ち勝った。なぜ。どうして。私達が負けるはずがない。負けてはならない。その思いだけで私はがむしゃらに義父へと向かってボールを蹴った。貴方のために私達は強さを求めたというのにそれを否定するのか。貴方は今までの私達を否定するというのか。悲しくて苦しくて悔しくて、激情に任せた叫びを円堂は笑顔で受け止めたのだ。優しく、それでいて芯の強い目。その瞬間理解した。あの目こそが真の強さであると。私達が手に入れたかった強さであると。継いで告げられた義父からの謝罪に私達の涙腺は堪えられやしなかった。ごめんなさい。ごめんなさい。誰もがただ謝った。強くなりたかった。認められたかった。愛して、ほしかった。義父がヒロトを通して別の誰かを見ているのは知っていた。ヒロト自身も気づいていただろう。だからこそ、私達は義父が私達を見てくれるように必死になった。どうかこちらをみてくれ。少しだけでいい。ただ、それだけに死に物狂いだったのである。必死にもがいては、また暗い闇の底へと沈んでいく。

(もう、駄目なのか)

届かない。伝わらない。けれど引き返せもしない。その闇に溺れそうになった時、太陽が昇ってきたのだ。暗闇に慣れすぎていた目は酷くその光を拒絶した。けれど温かかった。どうやら麻痺していたらしい感覚がじわじわと戻ってくる。詰めていた息も吹き返し、なるほど、辺りはすっかり明るくなっているようだ。恐る恐る瞼を押し上げる。飛び込んできたのは笑顔。まさに太陽の笑みだ。もう大丈夫。そう言われている気がした。大丈夫だから。差し伸べられた幾分か低い位置にある手を取った時自然と己の口からこぼれ落ちたのは、謝罪ではなくありがとう。その一言。



「ウルビダ…じゃなくて玲名ー!」

「…円堂。」

グラウンドで駆け寄ってきた彼はいつものように笑顔だ。まだ慣れないか?と問うてやれば、面白いように慌てだす。

「あ、ごめんな。いやだよな…。」

しょん、と心なしか垂れたように見える跳ねた髪が揺れる様は見ていて飽きない。構わないと言うとおずおずとこちらを見上げてくるのだが、なにぶん背は私の方が幾分か高いため、必然的に私を見上げる形になる。そんなところも私を魅了してやまないのだ。冒頭へと戻るが、最後に言うのであれば愛らしい、という部分である。くるりと丸い目は時に強く時に優しい光を灯す。その瞳は庇護欲を駆り立てるのだから不思議で仕方ない。その温かい瞳が私を映しているのならこれ以上の喜びはない。

「お前にならどう呼ばれようと構わないさ。」

この上なく嫌いだった"ウルビダ"という名前。酷く冷たく聞こえたあの名前も彼に呼ばれるのであれば心地良く聞こえた。その名前で呼ばれるのは私だけ。そう思えば特別なものにすら思えた。少し照れたようにそっか、とはにかむ円堂はやはり愛おしく感じた。この心地良い時間はまるであの時に戻ったようだと思う。決して血は繋がっていないのだが、子供特有の無邪気さで共に笑い合ったあの時。もう訪れないと思っていた時間はすでにここにある。取り戻してくれたのは円堂だ。周りを見渡せば、皆が笑っている。成長して様々なことを学び、変わった部分もあることだろう。それでも変わらなかったものは笑顔だ。ああ温かい。キラキラと本当に輝いているような円堂の笑顔にゆらり、揺られた。