三話で円堂さんが化身出したあとの捏造話


それはあまりにも突然の出来事で。ぐらりと重力に逆らわずに円堂の体はゆっくりとグラウンドへと落ちていったのである。皆が一様に驚愕の表情を浮かべる中、ただ体の芯から冷えていく感覚が優一を支配していた。

「円堂さんっ!?」

天馬の声を皮切りに一斉に皆が駆け出す先は今は幼い姿のあの青年。しっかりと抱き込まれていたはずのボールがその手を離れ、ころりと転がっている光景は不安を増長させるものでしかない。周りを蹴散らしてでも駆けていきそうになる己の足を押さえて彼の元へと急ぐ。じわりと吹き出る嫌な汗。こうなることはわかっていたはずであるのに。脳裏にはタイムジャンプを行う際に言われた銀髪の精悍な青年の言葉がよみがえった。



『兄弟を救いたいのだろう』

『…救いたい、なんてものではありません。京介に…弟に、あの世界でサッカーをしてほしいんです』

『……円堂守に、あまり頼ってやるな』

『!』

その言葉はあまりにも突然だった。円堂守。その名前は己がよく知る栄光の先の人。密かに憧れ、密かに想いを抱いた人のものだった。何故その名前が出てくるのだろうか。何を言っているのだろうか。彼の何を、知っている。ざわりと瞬間胸に沸き起こった衝動を理解するのにそう時間はかからなかった。ぐしゃ、と心臓をそのまま握りこまれているような、一人置いていかれたような、そんな感覚。ああ、疎ましい。ああ、羨ましい。胸を妬くこれはまさに嫉妬のそれで。自分でも知らぬうちにこれほどまでに彼を好いていたのか。ただ、もとから彼のことをよく知りもしない自分が目の前の人間に対して妬くなどと、滑稽以外の何者でもないのである。ぎゅうと握りこぶしを固め、唇を噛み締めるほか、なかった。

『どういう、意味ですか』

『パラレルワールドであることを忘れるな』

そこから先は最早踏み込めもしなかった。赤銅色の瞳がそれを許しはしなかったのだ。




(分かっていたのにっ…!)

沸き上がる悔しさで彼を支える己の腕が震える。パラレルワールドの共鳴現象。いくつもの似ているようで確かに異なる世界の時間同士が干渉して起こる現象のことだ。それはそのうちの一つの世界の時間が遅れている場合、その世界に急激な成長を与える。彼が化身を出すことが出来たのもそのためだろう。ただし、勿論今までの経験があってこその化身だ。そのための特訓も、ましてや身体の形成すら充分でない状態で化身をだすなど無謀にも程がある。未だ未発達な幼い少年には負荷がかかりすぎていたのだ。承知の上で臨んだこの試合であるのに、彼に負担をかけることしかできないだなんて。不意に握りこんだ手にずいぶんと汚れてしまっているグローブが置かれた。見れば、立ち上がれはしないだろう身体でその身を起こそうとしている。大きく見開いた先程までは閉じていた零れんばかりの目はいつの間にか上を向いていた。

「サッカーは、楽しいものだっ…!」

息も絶え絶えにそう叫ぶ彼の姿はあまりにも気高く、同時に泥臭くもある。そんな叫びだった。痛烈な声が引き絞られ、まるで小さな弓矢のようだった。ざわざわと瞬間音が遠退いた。あの青少年よりも明らかに小さな体がそこにはあって。理解したのはただひとつ。不思議そうに自分を見上げている彼の手の甲へと口づけを落とす。

「呼んで。あなたの唇で」

この足があなたを護る俺の劔だ。


世界がそれでも回るなら


お題は診断メーカー様からいただきました