※円堂さん♀


寒い。外気に触れた瞬間、口にも出せず、思わずその場で凍りついた。放課となり、さあ部活だと意気込んでいた士気がぽっきりと折られてしまった。いかに教室が暖められていたかがよくわかる。がやがやと騒ぎながら出ていくクラスメートたちと別れ、のろのろと部室へ足を向けた。二年生の教室である二階から階段を降りようとした時だ。

「そっめおか!」

どむっという効果音と共にかなりの衝撃で前につんのめる。階段から落ちる寸前でなんとか踏みとどまった。なんだなんだと目を白黒させながら衝撃の発信源であろう後ろを見やれば、そこにいたのは我等がキャプテン円堂守。女であるというハンデを抱えながら、サッカーの技術は其処此処にいる男に負けはしない。その性格すら、漢と書いておとこと読む。そんな性格だ。飾らない笑顔とかなりの天然も相俟って、もはや学校のアイドルと化している。だが、いくら男らしかろうと男の中に混じれば、その華奢さが目立つ。サッカーをするのに邪魔だからといって、股下二十センチにまで切ったスカートを履いている彼女を見ては、胃を痛めているのは主に染岡か土門だ。頼むからスカートでボールを蹴ろうとするのは勘弁してくれ。最近になって見かねたマネージャーたちが履かせたらしいスパッツに助けられたのは言うまでもない。その人気者は何故だか近頃スキンシップが多くなった、と思うのは気のせいだろうか。気をつけろよ、と言うとうん、ごめん!と元気よく返ってきた。素直なのはいいと思うが、お前反省してんのか。そこでふと気付いたことがある。こいつ、半袖じゃねーか。

「おい、寒くねーのか」

「え?あぁ、暑くてさ!」

脱いじゃった、なんて笑ってはいるが、その唇は誰がなんと言おうと青い。寒さを感じているのは一目瞭然だ。一体何のためにそんな嘘をついてまで半袖でいるのかさっぱりだが、無理はよくない。首につけていたネックウォーマーを外す。

「ほらよ」

「わっ!て…」

やはりぶかぶかではあるが、円堂の柔らかそうなツインテールも巻き込んでいくらかは暖かそうだ。あとは素早く部室へ行けば、彼女はGKなので長袖のユニフォームを着られるだろう。早く行くぞと声を掛けようとすると、今までぽかんとしていた円堂の頬が一気に赤くなり、突然きっと睨みつけられた。またもやなんだなんだと固まる俺に円堂は一気に距離をつめて、抱 き つ い た !次こそ階段から落とされでもするのか、俺。円堂を泣かせた日には俺は生きてはいまいと方向性を失った思考をしているところを襲ったのは、冷えに冷えた外気。

「つめってえ!」

本日三度目の素っ頓狂な声と共に原因であろう彼女を見ると、なんと自分が着ているダウンに潜り込んできている。もそもそとしばらくもがいた後、ぽんと音がしそうなほど勢いよく頭を出した。危うく俺の顎が犠牲になるところだった。だがそれも今の体勢を鑑みてみれば、どこかへ吹っ飛んだ。いわゆる二人羽織りで向き合っている状態だ。流石に恥ずかしすぎる。急激に顔が熱を持ち始めた。いくら世話の焼ける妹のような存在だとしても、女の子で。柔らかな体だとか小さな顔に大きな瞳、自分たちとは明らかに違う香りなんてのは、すでにキャパシティオーバーだ。おい離せと強く言ってはみるものの、円堂も顔を顔を赤くさせたまま。あまりの至近距離に息を吐くのさえはばかられ、結果、見つめ合っているシチュエーションが出来上がったのだ。そんな状況下で何かを思い詰め、じいっと俺の目を見つめた円堂が次に発したのはたった一言。

「鈍いんだよ、ばか!」




…うそだろ。



君に溶け込む雨は荊のお姫さまね



珍しく甘いのはホワイトデー効果