これのバダップ


あまりに遠いと嘆いた。君がそばにいないことを嘆いた。会いにいけたなら。この腕に閉じ込めることが出来たならどんなにかよかっただろう。なんの返答もない想いに伝えることは出来ないのだから。



がつりと激しい衝撃が顔面を襲う。咄嗟に反射神経でもって頭を庇おうと体が反応するが、それはがっちりと固められた拘束具によりかなわない。軍人として育成されてきた俺の体だといえど、相手が同じく軍人ならば、それも抵抗する術を封じられ、人間の最たる弱点である頭を集中的に狙われてはひとたまりもない。任務に失敗し、強制送還された俺たちオーガは勿論咎め無しで不問というわけもなく、扱いは最早罪人同然だった。いや、罪人でないのはあくまで八十年前の話。何を失念していたのか。ここはそれが当然であるというのに。円堂守は我等の最大の目的である。その認識が改まるはずもない。マイノリティなど通用しようものか。次は殺しにでも刺客を送るはずだ。どうやら俺の思考回路は大分莫迦になっていたらしい。襲ってくる衝撃をよそに妙に冴えた頭は留まることを知らない。ああ。共にミッションへと向かったものたちの処遇は如何したのか。この状況下で耽るような思考では到底、ない。二十五時の世界の中、くっと僅かに口角が引かれた。ようやくそこで思い至ったものは真理で。赤く飛び散る己のものがあの時の光景を更に鮮明に脳裏に映しだした。差し出された小さな手に納まるのは何だったのだろう。全てを凌駕してもなお、柔く笑うまろい頬はあまりに我というものを些末にしているように見受けられた。なにを笑う。なにを思う。線の細いその身体は刺客になど耐えられやしないだろう。俺は哀れだとでも感じているのだろうか。不自由なこの身で動かねばと感じているのだろうか。不明瞭な感情はただそこに鎮座したままだ。軋む肢体は思いのほか素早く動いた。ざわりと両脚に力が籠もる。数百人もの軍人をも一撃にて吹き飛ばす鋭利な蹴りを繰り出す。

「デス、スピアー!」

轟音と共に辺りの壁には断裂、狭い監獄にいた看守は既に息絶えている。急激に差し込んだ日光が鼻をつく鉄の異臭の鮮やかな赤を照らし出した。凄惨な光景を一陣の風が銀の髪を浚いながら通り抜ける。がつりと脚を踏み鳴らし、ぎらり辺りと同じ赤の瞳を煌めかせた。

「キックオフだ」


ふるる蒼窮の丘にて



王は糾弾した。笑えといった。血肉を啜り、滲む深淵で凪ぐ、聖陽が謳う鎮魂歌で往くのだ。