ガタガタと揺れにあわせて柔らかな髪もゆらゆらと揺れる。微睡み始めた中で頬に触れたそれは、天馬の意識を覚ますのには十分だった。通常通りの練習を終え、サッカー部の面々が帰って行く中、さらに練習を続けようと河川敷に向かおうとした天馬に声をかけたのは円堂だ。俺もいいか?押しつけがましくもなく、さらりと言ってのける姿は積んできた経験と円堂の人格をよく表している。一見すれば熱血で敬遠されることが多いのではと思われた円堂だったが、なるほど、人は見かけによらないとはこういうことだ。マネージャーたちの仕事をすすんで手伝い、談笑している姿はとても好ましいし、(このような言い方をしていると聞いたら怒るだろうが)プライドの高いだろう倉間や剣城には下手な関与はしないと決めているのか無遠慮に近寄ろうとはしない。お互いその距離感が絶妙らしく、ただたまに話しかけられた暁には照れくさそうに応答している。細やかな気配りもできるらしい。神童がすごいなと憧れをはらんだ声音で話していた。

(その上、自主練にまでつき合ってくれるもんね)


常に相手と同等の位置であろうとする。それはきっと意図的にしているものではないのだろうけれど、逆にそれがこちらに心地よさを感じさせてくれるのだ。 誰かを特別として見てはいないから。皆同じように円堂の優しさを貰い、同じように時間を過ごしているから。けれど。


(もうちょっと、オレを構ってくれたっていいのになあ)


周りと同じだからといってそれが安心できる要素になるのかと問われれば勿論その答えは否。同じ扱いだというのも納得すらできない。子どものわがままだと言われてしまえばそれまでなのだが、それならばなおさら譲りたくはなくなるものだ。子ども故の特権で無邪気に隣にいるにすぎない。安心なんて夢のまた夢だ。いつ持っていかれてしまうのか分かったものではないこの場所。なにせ敵は、いわゆる恋敵は数多くいるようなのだ。それに彼が選ぶのは誰か一人。太陽の特別を得ることができるのはその中のたった一人だけ。それならば自分を見てほしいと感じるのはごく自然なことだろう。そんな中で今日は願ってもないチャンスだったと言ってよかっただろう。まさに棚から牡丹餅。そんな幸せだ。シュッとひとつ小さくガッツを作った。ここで天馬が幸せで忘れていたのは先程までの眠気と眠気に襲われていたのは天馬だけではなかっただろうことだ。ゆらゆらと不安定に電車の揺れに呼応するオレンジ色のバンダナをつけた頭がゆっくりと傾いでポフ、と天馬の側頭部に軽い衝撃。いつもは組まれたままになっているはずの腕がだらりと投げ出され、バンダナも僅かにずれている。寄りかかられているのだと気づいた瞬間、思わず顔から火が出たかと感じた。同時に嬉しくてふへ、と口角が上がりそうになる。たとえ寝ているだけだとしても頼られる形になったことがこんなにも嬉しいだなんて。ふせられた瞳は覗けないが、寝ている顔は安らかで安心してくれていると思うとさらに嬉しくなった。まだまだスタートラインに立ったばかりだが、一歩ずつ距離を縮めていこう。とりあえず。


(今、この顔はオレだけのものだよね!)


明日剣城に撮って見せつけてやろうと買ったばかりの携帯を取り出した。いや、見せるのはもったいないから話すだけにしておこうかなとチームメイト兼恋敵を思う。きっと興味がなさそうにしながら悔しそうな目をするんだろうなとついにひとつ笑みををこぼした。



掌、あったかいね


天円京にしたかった…!