気に入らない。苛々と吐いた息が思わず荒いものになってしまった。談笑している彼らには極力、自分の今の状態を悟られたくはない。それでも此方を見てほしいと矛盾した気持ちが膨らむのも抑えることなど出来なかった。とは言っても、この状況を作り出したのは他ならぬ自分であるのでそれを壊すような言動をするのは気が引ける。ぐるぐると回る剣城の思考は堂々巡りだった。

(何だってんだ、一体)


事の発端は部活帰りのこと。兄である優一の病院への土産を買っていこうと病院前の店へ立ち寄った時だ。以前松風にも会ってしまった事をこの時の自分は忘れていたらしい。警戒もせずに自動ドアをくぐり抜けた時だ。

「あ、剣城じゃないか!」


聞き覚えのある声がかかったのと剣城の思考がストップをかけたのは同時だった。一瞬の後我に返るも逃げ出すという選択肢も出せず、あちらが近くに来るまで顔を向けたまま待っているような体勢をとっていた。にこにこと走ってきたにも関わらず息一つ乱さない彼にとりあえず問いかける。

「…何か用ですか円堂監督」

この時の自分はよっぽど不機嫌顔をしていたに違いない。困ったように眉を下げながらいや、剣城が見えたからさ。と頬を掻く仕草を見せた。

「…病院にいくのか?」

「…だったら何だってんですか」

チッと舌打ちをかました彼は既に警戒態勢も通り過ぎて臨戦態勢だ。否定しないところを見るとその点については諦めたようだった。ところが剣城は思わずここで拍子抜けしてしまう。というのは円堂の次の言葉からだった。

「そっか、お大事にな。」

そう言い残し、去ろうとするものだから剣城はひどく驚いた。ひらりと一つ手を振った円堂の顔は特に傷ついた様子でも落ち込んだ様子でもない。剣城の言葉でついて行こうとするのを止めたというわけでは無いようだった。

(俺もついて行く!なんて言い出しそうだったんだがな)

もしくは誰がいるのか尋ねるくらいはコイツだけではなく誰でもするだろうに。随分と熱血な性格のようだったのでまさかそんなことを口にするとは夢にも思っていなかったのである。同時にもやりとしたものが胸を渦巻く。知らず知らずのうちに眉根を寄せる。まさか、名残惜しいとでも思っているのか。俺が。有り得ないとかぶりを振る。なぜ俺がコイツなんかのためにそんなことを思う必要があるのか。雷門の面々のようにコイツを慕っているとでも。それこそ有り得ない。あの松風や神童ならばなんとか円堂を引き留めようとするのだろうが、剣城自身には引き留めておく理由はないはずだ。それなのに。そうこうしているうちに、円堂はスタスタと軽い足取りで既に十数メートル先にいる。くそと悪態をつきたくなりながら剣城は己を叱咤する。どうとでもなれ!半ばやけくそで走り、彼の前に躍り出た。

「土産、持っていただけますか」



断られること必須の、もはや了解を得るための尋ね方ではなかったと剣城は思う。だがそこは我等が監督。にっと一つ笑って了承したのである。土産といっても果物類なのでそう重くもない。むしろ軽い方だ。勿論まだマシな誘い方はあっただろうが、ゼロコンマ何秒で先程の思考を展開し、更に引き留め方まで思考が及ぶわけもなく。なんとも浅慮だったと少しの後悔を残したものとなる。それも一応は成功を治めたので結果オーライにはなったのだった。しかし。隣を数歩離れて歩いている円堂にちらりと視線を投げる。何なんだコイツは。入部当初から調子を崩されてばかりいる剣城は円堂に対する感情は悪いとばかり思っていた。熱血。よく言えば前向きな行動力のある人物。彼はまさにそのタイプだった。だが言ってしまえば、熱血タイプは人々から煙たがられる方だ。人はどうにも人から少し外れた道を行くものを疎ましく思う傾向にあるらしい。勿論元イナズマジャパンのキャプテンとして幼心に尊敬し、その点では今も変わってはいないが、フィフスセクターのシードとして雷門を潰しにきたその当初は、バカじゃねーのかとしか思っていなかった。まあ、ああいったタイプとは話すこともないだろう。そう思っていたのがいつの間にか揺らいでいることに気付いた。あまりに強いその目はどこまでも果てなく先を見据えて離さない。いつからだかこの人の隣に立ち、同じ世界を見てみたいと思うようになったのだ。

(理由、なんざないはずだ)

いや、本当は答えなどとっくに出ているのだ。何故この人を自分と近い場所に置いておきたいと思うのか。ただ最後の境界線をどうしたって越えられない。ぐしゃりと見えないように制服の裾を握り締めた。

「ここか?」

ハッと掛けられた声に我に返る。気が付けば病室の前だ。無意識に止まっていたらしい。じいっと病室のプレートを凝視しているは円堂は何故か無表情だ。珍しいとは思うが驚きはしなかった。どうかしましたか。わざとらしく気付かないフリをして話し掛ければ、あちらも我に返ったようにぎこちなく笑みを見せた。予想通りというかなんというかやはり巧くはない嘘は誰の目からみても顕著だろう。明らかにこの場にはいない誰かを見ている円堂に、再びもやりとした感覚を覚えたのは必死で押し殺した。音をたてないスライドドアを慣れた手つきで開ける。妙な習慣がついたと内心しかめながら声を掛ける。

「兄さん」

「ああ、京介…ってその人は…?」


予想通りといえば予想通りな質問が返ってきた。きょとりとした兄に説明しようと口を開こうとした。それを柔らかな声が制す。

「はじめまして、だな」

驚くほど柔らかいその声音。彼の口から紡がれる言葉の一音一音がまろく丸みを帯びているかのように。口に出して言う分にはとてもではないが気恥ずかしいのだが、今の声を形容するのであればきっとそうなるのだろう。いつも大声を張り上げている彼からは想像もつかない穏やかさだ。何故だろう。今日は驚いてばかりな気がする。いや気のせいではないのだろう。目の前にいるのが彼の有名な円堂守だと気付いた兄が珍しく驚いた雰囲気を纏っているのを横目に見ながら剣城は近くにあったパイプ椅子を立ち上げ、円堂の背後へ差し出した。当然後ろへ下がれば躓いて自然と椅子へ腰掛けることとなる。そこまで見越してのことだった。躓き驚きはしていたものの、その意図をすぐに汲み取った円堂がありがとな!と笑った顔に再びちりり、と灼かれるような感情と舞い上がるような気持ちが同時に押し寄せるものだから始末に負えない。笑顔を向けられ歓喜の情が湧かないわけではない。むしろそれ以外の感情など出てきやしない。だが結局はそれをぞんざいに扱ってしまう己自身が更に手に負えない。そうして自分自身に苛立っていることで円堂にあらぬ誤解を与えてしまうのである。

(ほらな…)

やはり。今回もそうだ。必要以上に近付いてはこない。それが此方の性格を考慮したものであるとすでに気付いているのだがここまで気を使われると逆に我慢ならないものがある。悪循環だと思考を一度切る。

「あのイナズマジャパンの…!」

「知っててくれたみたいだな、嬉しいよ」

にこにこと兄に語り掛ける彼はやはりどこか眩しい。優一は生ける伝説に会えたことから少々興奮気味だった。



そうこうしている間に彼らは意外にも意気投合したらしく、サッカーの話題で盛り上がっている。海外のチームのこと。技のこと。そして十年前の栄光。FWとGKという本来全く間逆の立場のお互いで初対面にもかかわらず、ここまで盛り上がるとは。外はすっかり日が落ちて闇に包まれているが、それでも話を止めにはいらなかったのは久々の兄のイキイキとした顔を崩したくはなかったからなのか、円堂の笑顔を見ていたかったのか本人にすら定かではない。ただひとつ、はっきりしたことがある。この胸を灼く激情は彼にしか止められないのだ。




翳した剣にしあわせでした




不完全燃焼…!京円優にしたかったのにどうしてこうなった^^^円堂さんが誰か他の人を見てるっていうのは豪炎寺あたりと思う