執務室の扉の前へ立ち、フーゴはノックのために持ちあげたゆるい拳で扉を叩くのを一瞬躊躇った。さっと、全身の血の気が引いた気がしたからだ。中から低く呻く声が聞こえている。なんだろう、と思ったのだ。

 あれやこれやと様々な憶測が行き交うものの、苦しそうな、泣いているようなそれであったので、躊躇ったもののフーゴは拳を打ちつけることにした。

「ジョジョ! ジョジョ!?」

 中からの返事は無い。うめき声が止むこともなかった。執務室で一体何が起こっているのだろうか。よもや情事に耽っているようでもあるまいし。それでは、とフーゴは考える。中で戦闘が起こっているのではないだろうか。

 静かに、ジョルノの首が締め上げられて敵は彼の息の根が止まるのを今か今かとなぶっているのではないか。まずい、と思ってフーゴは勢いよく扉を開ける。目に飛び込んだのはジョルノただ一人だった。周囲を警戒しつつ己のスタンドを傍らに寄り添わせてソファに横たわるジョルノのそばまで寄る。

 敵らしい姿は、無い。ジョルノがソファで眠っていて、うなされているのだろうか、これは。

「ジョジョ。起きてください」
「う……ん、っ」
「ジョルノ。大丈夫だから、ジョルノ」

 その身を揺らしながら、フーゴは泣き出してしまいそうなくらいに胸を痛めた。ジョルノの額にはじっとりと汗が浮かんでいて、瞼の奥からとめどなく涙があふれ出していたからだ。

「ジョルノ! ぼくですよ、フーゴです」
「……ふ、ッ」
「ジョルノ……。ジョルノ! 起きて!」

 その頬を両手で包んで、むに、と押す。形のいい唇が歪んだ。それでもジョルノは起きない。フーゴはスタンドを戻して、さらにそのまま揺さぶった。怖い、と思った。ただ事ではないと思った。

 大げさかもしれないが、このままジョルノが死んでしまいそうだと思ったとたんに、ジョルノの頬を掴む手に力が入る。

 するとジョルノの瞼が一層ぎゅ、と固くなって。ややあってから、彼の深い色の瞳と目があった。フーゴは心底ほっとして、ゆるゆると力なくジョルノの胸元へ擦り寄る。

「……、あ、あれ」
「……おはようございます。ジョジョ」
「あ、うん。おはよう。フーゴ」
「うなされてましたよ。すごく。スタンド攻撃かなにかかと思いました」
「ごめん。ちょっと、いや、ひどい夢をみて」

 まだ半分夢に引きずられているのか、ジョルノは不確かな視線を寄こすので、すこしでも安心してほしくてフーゴは緩く微笑んで見せた。ジョルノは「あーあ」と口に出してからひとつ溜息。

「人並に悪夢を見たりするんですね」
「ん? 馬鹿にしてます?」
「いいや。すこし、驚いて」

 フーゴが「コーヒーいれましょうか」と問えば、うん、と短く返る。


 今朝挽いたばかりの豆の香りがいやに強く感じられて、フーゴは僅かに眉を潜めた。二つのカップに湯を落としつつ、先ほどのジョルノを思い出す。あんな顔、初めてみた。

 普段整然としている彼が、スタンドバトル等で苦戦しているのならばいざ知らず、あんな風に悪夢に涙するだなんて。フーゴはジョルノの涙というのも初めてみたので、何処か現実味のない出来事のように思えてしまっている。

 ティースプーンで何度かカップをかき混ぜてまたソファまで戻るのだけれど、またジョルノがうつらうつらやっていた。フーゴは隣へ腰を降ろして、テーブルの上へカップを置く。

「あんまり眠ると身体に悪いですよ」
「ああ、うん。ありがとう」

 まだ熱いのに、とフーゴは思ったのだが、ジョルノはカップを取りあげて一口傾けた。うんと濃く入れてみたものの、彼は顔色一つ変えずに深く息を吐くばかりで。

 フーゴ自身、何をあんなに焦っていたのかと不思議に思う。端的に言えば、男がひとり夢にうなされていただけなのに。どうしてあんなにも怖いと思ってしまったのだろう。フーゴもまたジョルノと同じようにコーヒーを淡々と飲むだけで、聞けはしなかった。どんな夢をみたかだなんて。

 でも、彼が何に泣いていたのかは気になってしまった。

「聞きたい? 夢のはなし」
「へ」

 胸の内をぴたりと言いあてられてどきりとする。そんなフーゴを見てジョルノはいつもの優しい目元でもって笑うのだ。ああ、大丈夫なんだなあとフーゴは強張った肩の力を抜く。あなたが話してくれるなら、というスタンスであるので「ええ」と話の先を促した。

「違う世界の夢でね」
「へえ」
「やけにリアルで。そうだな、みんなが死んでしまう夢だったよ」

 夢、というか。それは半分現実のようだけれども。とフーゴは考えるが、わざわざ言葉にはしなかった。

 頼りげのなく揺れる彼の睫毛のさきが、瞬きされるのでふわんとした。ジョルノは、ぼうっと窓の外へ目をやって、夕方の空を眺めている。辛いならば無理に思いだそうとしなくてもいいようなものなのに、ひたすら夢のなかの出来事を追っていた。そんな眼差しだった。フーゴには、なんとなくわかってしまう。

「ぼくはね、何度でもやり直すんだ。世界を繰り返して、君たちが死なない世界がやってくるまで、じっと待って」
「うん」
「世界が生まれて死んでまた生まれるのを、何度も何度も見てね。なのに、気が遠くなるくらいにやり直してもぼくは結局誰かを救えないままだった」

 じわりとジョルノの瞳に影がおりて、フーゴははっとする。いつも眩しいくらいな彼に、悲しい雲が寄って影を作っている。それをどうにか取り払ってやりたいのに、できない。歯がゆい。

「事実あなたにその力があったとして、現実にもそうしたいと思いますか?」
「いいや」

 かたん、と空になったカップがテーブルに置かれる。

「彼らの、なんて言うんだろうなあ。こころとか、そういうのは。ぼくが勝手に捻じ曲げてはいけないものだって思う」
「なら」
「でも、実際にその力があったら、どうなんだろうね」

 見当もつかない。そう語る眼差しは、いつの間にか普段のジョルノのきらめきを取り戻していた。

 危うげな存在だ。とは思う。スタンドのパワーを増幅させるらしい鏃はいまも彼の手によって、パッショーネに保管されているからだ。フーゴは、過去にあった戦闘のあらましを聞いたことがあるのだけれど絶句して、なんと言おうにも言葉を見つけられなかった。そしてそれを使ったのが、今目の前にいるジョルノであるのだから尚更。

 それにしたって、彼自身に恐怖しているというのでもない。どちらかというと、フーゴが恐れているのはその鏃のために第二の戦争が起こらないかということだ。悪い予感ほど当たるとは言うものの、今のところそういった動きは無いようにも見えるのだけれど。

 はて、何がそんなに怖かったのか。

「あなたに、その力がなくてよかった」
「……そう?」
「たぶん、あなたはぼくを置いていくんでしょう」

 ひとりぼっちで、何万年という時を越えながら、ありもしない正解を探して惑うのだ。フーゴはそれが怖かった。自分にそんな能力はないのだから。せいぜい多くの生物を死に至らしめる程度だ。

 きっとこの人は罪だか罰だかを、一身に背負う人だ。だからこそ、怖かった。夢に引きずられて、もう二度と帰ってこないのかと思ったからだ。悲しい悪夢に浚われてしまいそうだったから、なんとしてでもこの手で彼を引きとめなければと、そう思ったからだった。

「ねえ、この先ぼくらだけで満足してほしいだなんて言いませんし」
「うん」
「悲しむなだとか、泣かないでだとか言うつもりもありません」

 向けられたやわい眼差しが、フーゴの気持ちを煽った。悲しませたくない。泣かせたくない。できるだけ。あなたにそうするなと強制はしないが、できるだけ苦しいことから遠ざけてやりたい。そう思うのは常だった。

「でも、ひとりぼっちってのは、一番いけないことです。多分」
「……そうだね」
「ぼくがそばに居る限りは、大丈夫ですから」
「ふふ、随分心配をかけたみたいだね」

 言ってから、ジョルノは「ただの夢だよ」と続けるのだけれども、フーゴにはとてもじゃあないが信じられなかった。夢というのは深層心理を反映しているものだと言われている。その理屈でいくと、彼に時を司る力なんかが万が一あったとすれば、それを使わないという確証はない。

 なのでフーゴは彼のそばにありたいと思う。自分をもう一度人の道へ引きあげてくれた彼のそばに。

「すこし疲れました」
「そりゃあんだけうなされてりゃ」
「フーゴ、こっち」

 どうぞ、とでも言うように腕がフーゴに向かって開かれる。別にこの部屋には誰もいやしないのに、フーゴは辺りを一応、きょろっと見渡してからおずおずと隣のジョルノへと身を寄せた。

「ねえ、ぼくが言うそばにいるってのは、こういうことじゃあなくて」
「あれ? 違うんですか?」

 まったく、線が細いくせにしっかりちゃっかりしている腕だ。ジョルノの腕はすっかりフーゴを抱きこんでしまって、その肩に額を埋めてごろごろやっている。猫かなんかか。

 好きにさせてはやりたいものの、いつまでたっても慣れやしないし気恥ずかしい。フーゴは照れ隠しに彼の背中を辿って編まれた後ろ髪に手を伸ばした。その結びのところをほどいてしまって、きらめく金色を指で梳きつつ、安堵する。よかった。夢なんかに連れていかれてしまわなくて。

「フーゴ?」
「今日はもう仕事はおしまいにしましょう」
「夜までに不動産の書類に目を通すように言われてるんですが」
「それはまた明日にしましょ」

 また明日。

 フーゴはジョルノに抱かれたまんま、なんとかテーブルの隅まで手を伸ばす。追いやられていた茶封筒を手に取って、絨毯の上に放り投げた。茶封筒の口から、書類が数枚飛び出たけれど、見ないフリをして。

「珍しいこともあるもんだ」
「こっちのセリフです」
「そう?」
「あなたがぼくをめいっぱい甘やかすことで、気が紛れるんならお好きにどうぞ」

 言うなり彼の首元にフーゴは唇をひとつだけ落とした。星のアザが、目に入る。すこしだけ歯を立てた。どうしてか忌々しく思ってしまったからだ。彼を照らす星の光は彼自身にこそあるのだという証明のような気がして無性に気がたった。

 太陽にも照らされて、星にも照らされて。朝も夜も無い。彼の安息の地というのはいったいどこにあるというのだろうか。彼のこころの安まるときというのは、いったいいつなのか。

「はしたない」
「ん? ベッドまでもつんだって仰るなら、ぼくはかまいませんけど」
「言いますね。それこそぼくのセリフです」

 ジョルノの脚のまんなかに収まっているフーゴはするん、とネクタイを取り去った。それを合図にジョルノがフーゴのジャケットのボタンをぱちんと外すので、フーゴはほんのちょっぴり身構えてしまう。慣れないのだ。彼に触れられること自体。まだ。

 どうしていいか分からずに視線を泳がせていると、ふいに両手で頬を包まれる。さっき自分が彼にしたのと同じだ。といっても、彼を起こすためにそうしたので、自分がそうしたのとは別の意味合いだけれど。

 よく知る唇のかたちが近づくので、反射的に目を閉じる。ふに、と捕らえられたかと思えば次にはもうフーゴの唇は割られて、熱い舌の侵入を許してしまう。いささか性急ではないのかと思って薄く瞳を開けてジョルノを盗み見た。眉のあいだの皺がこれでもかと深くなって刻まれていたので、気づかれないうちにまた瞳を閉じる。

 ねえなにがそんなに悲しくて辛いんですか。ただの夢ですよ。と言いたいのだけれど、それは言ってはならないような気がしてフーゴは押し黙る。彼にとって「ただの」夢ではなかったのだ。現実の世界にその欠片を持ってきてしまった。だからこんなに不安そうに、誰かの存在を確かめるみたいにしているのだ。きっと。

「ふ、う……ッ、ん」

 息苦しさに喉を鳴らすものの、ジョルノは一向に離れなかった。それどころか更に深くまで辿ってきて、舌のざらつきまで感じとれる。歯の裏をなぞられて、いやでも肩が跳ねた。上手く呼吸ができなくて喉ばかりが音を立てる。

「ねえ」

 途端口を離されて、声がかかる。聞き流しつつ、呼吸をなんとか整えたくてフーゴはろくに返事も出来なかった。

「随分長く眠っていたので今日、たぶんもう眠れないんですよ」
「……ふ、あ? なん」
「だから付き合ってくれますね?」

 金属のこすれた音が聞こえて、腰のあたりがもぞついている。脱がされているんだろうけれども、その光景をみたくなくてフーゴはまたジョルノの首へ腕を回して逃れるように抱きしめていた。そんな行為すらもジョルノは笑って済ましたのだけれど、フーゴ自身気が気でない。例えば、お喋りの中でだけならば彼とは対等に渡り歩けるのだが、こればっかりはそうではないのだ。

 ベルトが抜かれ、それをソファの背もたれに掛けられる。いつまでたっても目をつぶったままにしてしまえと高をくくっていたフーゴだったのだけれどそれも許されなかった。ジョルノの手が首の裏を撫でたかと思えばそのまま身体が揺れて、後ろに倒れ込んだ。ぱちくり、とフーゴは瞬きをしてしまう。見るまいとしていたジョルノの顔がいやに近くて、見ていられやしなかった。

「あ、の」
「ん?」
「ほんとに、ここで」
「君が言ったんじゃあないですか」

 やだなあ。と茶化す声が聞こえて、ジャケットの隙間からジョルノの指が這ってくる。くすぐったいだけならまだしも、とフーゴは思った。慣れていないのは自分の頭ばかりで、身体というのは馬鹿みたいに勤勉だ。よく覚えているものだ。ひく、と胸が期待に揺れるので、ほとほといやになる。

 くつくつとジョルノが笑っているのがたまらなく悔しい。

「ふ、う……ぅ、わ、ちょっと、もう!」
「なんですか」
「やだって、それ……ッ、く、ふあ」

 すり、と指の腹で胸の突起をこすられて、フーゴの握る拳にいよいよ爪が立った。やり過ごせない。この、与えられる熱からは逃れられない。し、実のところ、逃れたいとも思ってはいやしないのだ。馬鹿だ。

「どうしました? やだって言うわりには楽しそうだ」
「んっ、う……や、あっ、ああ、ッ!」

 急にジョルノの身体がもっと近くなったかと思えば、彼は太ももでフーゴの自身を圧迫してきた。汗が噴き出す。頬を伝って耳の裏側まで落ちていった。

 やだ、と首を振っても反対にジョルノは脚を動かしてぐいぐいと押すのをやめない。もちろん彼は指でフーゴの胸元を探り続けて、たまにつまんだり、こすったりするのでフーゴはもう言葉も紡げなかった。

 弱い、と思う。それは何も彼から与えられる快楽ばかりではなく、その言動にもそうだ。言われれば断れないし、されれば拒めない。そういうふうに、成り立ってしまっている。

「は、あ……っ、は、ん!」
「ここ、苦しい?」
「あ、ったりまえ……」

 震える声で訴えれば、いつもならばまだ何度か似たようなやり取りを交わして焦らしてくるくせに、ジョルノはそうしなかった。ベルトの取り去られたスーツのパンツをずるっと抜かれて。その下着に指を引っかけられる。促されるままに腰を上げる方もどうかと思うが、先にああ言った手前拒むこともできない。

 黒の下着がジョルノの中指にぶら下がっているのを、まじまじと見てしまった。それもまた、革張りのソファに掛けられる。

「君さあ」
「……なんです」
「気持ちいいの、すきだよね」

 そんなに感心した風な言い方をしないでほしい。フーゴの顔に熱が集まる。そんな様をジョルノはまた満足そうに眺めてくるけれど、フーゴは視線を合わせられない。

 言い返そうにも事実そうなので反論も出来ずにいれば、すぐにジョルノの指が下の方まで降りてきた。フーゴはそれがどうしてなのか思考が追いつかないままに見届けていたのだが、あ、と思った途端に孔の付近を撫でられる。ぞくりとしたのが背中を走った。

「……んっ」
「フーゴ。こっちと」

 それからジョルノはすっかり熱を持っているフーゴの自身を撫で上げて「こっち」と呟く。「どっちにしましょうか」なんて言うけれど、こちらに決定権は無いのだ。彼の思っている通りの返答をしなくてはならない。

 フーゴは諦めたように、ジョルノの手を取った。ちいさく口づける。

「あなたが待てないってんなら、別にそのまま突っ込んでくれたって」
「大胆」
「でも、痛いのはやっぱり嫌です」

 だからちょっと待って。とフーゴは持ち上げたままの彼の手の、さっきまで自分の下着が引っ掛かっていた中指に舌を這わせる。ジョルノの睫毛が、震えた。吸い上げて、舐め上げて、口に含んで。荒い呼吸と僅かな水の音だけがフーゴの耳に届く。次に薬指にもキスをして、舐めて、口の中に入れて。爪のなめらかなのを通ってから、間接の太いところをもごもごやったり、なぞったり。

「ふ……、っん、ぅ」

 ぢゅ、と吸ったときにジョルノから「もういいよ」と言われて指を抜かれた。半ば夢中になっていたのを恥じつつフーゴは背中を引きずるようにして体制を変える。腰を持ちあげたのはいいものの、どうしたって恥ずかしいので首を背もたれのほうへ向けてしまった。

 しばらくジョルノも何も言わないので「どうぞ」とか言ったほうがいいのか? なんてフーゴの見当違いな思いが渦巻くけれど、ジョルノが浅く息を吐いたのが聞こえてそれもよそうと口を噤んだ。べつに、自分がどうとも言わなくたって、お好きにどうぞと言ったのは自分なのだ。言い聞かせつつ、濡れたジョルノの指が脚の間に降りてくる感覚を紛わせたくて瞳を閉じておく。

 中まで触れられるのこそ、未だどうしても慣れはしなくて。身体ばかりが急く。とくに音もなく入りこんでくるので、フーゴは固く歯を噛みしめた。ジョルノの指は決して知らないものではないのだが、異物という感覚が抜けきらない。けど、その異物である筈のそれに熱が上がるのもまた事実であるので、フーゴはもうさっぱりわけがわからなかった。

「ひ、っう……やだ、あ」

 訴えてみせたって今更どうとなるわけでもないのに。別に可愛いと思われたくていやだなんて言ってみているけではない。

 なんとなく、それを続けることで少しずつ頭の中身が抜け落ちていくような感じがあるのでフーゴは嫌がってみせた。中をじっくりと進んで指の根まで埋められてしまってからは、なんだかやっぱり息がし辛くて。浅い呼吸が繰り返されるばかりで、ねち、と聞こえる音にも耳を塞ぎたくなる。

「いっ、あ、あっ、あ! じょる、の!」
「ん?」
「ジョルノ、っあ、は……っく、ぅ」

 拡がる拡がる、と楽しそうに指を折り曲げて、腹を内側から押し上げられて。声も出ない。足の指に力が入る。きゅ、とソファの革に爪を立てるけれども違和感のような熱が止むことはなかった。

 与えられるものをただ情けなく声をあげて受け入れるので精いっぱいだ。フーゴは汗ばんだ手が気持ち悪くてかろうじて肩に掛っているジャケットで雑に拭う。それからジョルノの肩を引っ掴んだ。どうして、とかそういった理由は、特にない。

「あ」
「……、今度はっなんです!」
「手元にゴムがないなあと思って」

 頭が真っ白になった。なんだコイツこの期に及んで。口まで出かかった言葉は耐えず攻めてられる刺激に飲み込まざるを得なかったけれど。とうとう閉じたままだった目を開けてしまう。

「どうしましょうか」

 おどけて言いつつもジョルノは自分のベルトをかちゃんと片手で外してしまう。どうしましょうか? またフーゴにとって何の意味も持たない質問だ。聞かれたって、なにをされたって、言わされたって、それが彼の意思だというのなら黙って従うしかないのに。

「最初から、そのつもりだったじゃあないですか……ッ」
「だってフーゴがベッドまで待てないって言うから」
「……くっ、う、そのまま、すりゃあいいでしょう」
「そのままって?」

 しらばっくれやがって。

「なまでどうぞ……っ」
「情緒が無いね」
「そっくり、返しますよ!」

 またも無意味なやりとりになってしまったのだけれど、それでもジョルノが口の端を吊りあげるのでフーゴはほっとする。こんなことで気が紛れるのならばいくらでも、と思う。こんなことで。身を差し出して、彼の曇った心が晴れるのならば。自分を必要としてくれるのならば。いくらでもどうぞ。フーゴの仕事とは、そういうことだ。

 静かに彼に寄り添って、彼の悲しみや苦しみに同調して、ひとつずつ薄めていくことだ。

 ずるりと指を引き抜かれて、腰が震える。そんな些細な動きでもジョルノが心底嬉しそうににんまりとするので、ああ、いいなあと思うのだ。いつもだ。いつでもそうだ。

 掴んだままの肩が揺れる。ので、フーゴも強く握った。離れてしまわないように。自分の近くにいてもらえるように。

 ぴたりと後ろへあてられたジョルノのそれが、また粘ったような音を立てるのでフーゴは我慢しきれずに喉を鳴らした。飲み込んだ唾液は乾いた喉の奥にひっかかって痛んだけれど、たぶん、次にやってくるのはこれよりも痛い。いくらか甘やかした痛みなのが唯一の救いだった。

「いっ、あ……、ッあ! まっ、て!」
「どうぞと言ったり待てと言ったり。フーゴは我儘なんだから」

 ジョルノの顔がまた近づいて、背中が丸まっているのがわかる。ずくずくと中へ入ってくる感覚が、フーゴの頭をこれでもかと溶かした。彼に抱かれているのだというのが、たまらなく特別のように思える。

「ふ、あ、どっちが!」

 フーゴが、本当はもっと言い返してやりたかったのだが、その律動が許さなかった。ぎ、とソファが軋む。

 内側に擦りつけられて、さらに拡げられて、熱くて、頭がぼやける。フーゴのまともな思考なんてのはとっくに止まったままだった。

 ふとジョルノの首元に目をやると、寛げられた制服の隅からまたあの忌々しいような愛しいような星のアザが覗いている。肩を掴んでいる手を離して、次にそれへと強く爪をたててやった。

 どうしてかは知らないが、父親と同じアザなのだとジョルノは言った。血縁の者に表れているものなのだとも語った。もしも、万が一、その血が彼を苦しめているというのならば忌々しい。彼を生かしているというならば愛しい。板ばさみの中、それでもなんだか知らない人間の思惑が働いているような気がしてしまった。

 フーゴは一層眉間に力を込める。

「んっ、あ、あぁ……ぅ、あっ」
「い、たいよ。フーゴ」
「ひあ、あっ、ごめんなさ……、ッ!」

 するりと伸びたジョルノの手が、首元に爪を立てる手を取った。みるみるうちに指が絡んでいく。ジョルノの筋の通った手の甲に指の腹が触れて、なんだか落ち着いた。フーゴはそれから、特に何を言うでもなかったし、言うような気力もなくなったけれど、心の中で何度も大丈夫だと呟いた。自分に言い聞かせたことだし、ジョルノへの祈りのようにもそうする。

 打ちつけられるたびに、はしたなく上がる声を止められない。時折苦しそうなジョルノの声がして、それにすら煽られて。狭いソファに二人分の身体は窮屈だったが、フーゴは満たされた。密接な温もりに安心する。滑り落ちた左足の指が絨毯の繊維を巻きこんで丸くなった。お互いの短い呼吸が、近くて。フーゴはもう怖いと思うことも無かった。

 だんだんと息が上がってきて、視線だけで限界を訴えればジョルノの深い色の瞳がやわく、許すように細まるので、フーゴは俯いてせり上がる感覚に打ち震える。

「あ、んっ、んぅ、そこっ、やあっ……、あ、あっ!」
「……はぁっ、ねえ、っフーゴ。こっち向いて」

 余裕も無く紡がれる言葉に従えば、乞うような眼差しに捕まった。短く「そのまま」と言われるので、そんなの無理だとも思ったけれど、彼が求めるならそうしたい。フーゴは顔を逸らしたくなるのを必死に耐えた。

「いっ、ぅあ、んっ……、んン、あ! っはあ、あ、ねえ、ジョルノ……く、ぅっ、ジョルノ!」
「うん……ッ、いいよ」
「んあっ、あ! は、あああっ、んんん! あっ、ぁ、じょる、のッ!」

 いいよ。

 許された言葉だ。と認識できた瞬間にはもう目の前にちか、と光ったのが見えて。だめだと思ったころにはもう膝に力が入らなくて。腰が馬鹿みたいに跳ねて、絡まった指先も脱力してしまって。すぐにもう眠ってしまいたいくらいなのに、追い打ちのようにジョルノが深く何度か腰を押しつけてくるので、だらしなく開きっぱなしの口からは声にすらなっていないような間抜けな喘ぎだけが逃げていった。中が揺らされて、じんわり温いのが伝わってくる。

 とろけた頭で考えられたのはジョルノはもう大丈夫かなあだとか、そんなことだ。汚れた自分の腹を眺めながら、そんなことを考える。ぎゅうぎゅうに締め付けているそこからは聞くに堪えない音がして、次にゆっくりとジョルノの自身が抜かれた。フーゴはまどろみ始める頭で、ああ、終わったなあとか、考えている。

 するとジョルノが何を思ったか身を捩って、ろくに身なりも整えないままにソファを抜けだした。ぼんやりとその様を眺めていると繋いだままだった手をゆるく引かれる。

「……、ジョルノ?」

 されるがままにしているとおしまいに抱きあげられて抱えられてしまった。瞳を見開いて首を傾げてみれば、ジョルノは寂しげに微笑してから「ねえ」とフーゴとは反対方向に首を傾ける。

「眠れそうにないんですよ。今日」
「え、その。なんですか」
「付き合ってくれますね、って言いませんでしたっけ」

 きょとんとした顔で言われたんじゃあ、ぐうの音も出ない。きっと全てはこの人の手に握られているのだとフーゴは再認識する。はあ、と息を吐くけれどそれはべつにイエスの答えではないのに。

「一緒に居てください。フーゴ」
「……それはいいんですけど」
「ボスのお願いです」

 そのお願いも何度目か知らないが、別に制限を設けているわけでもないのに。そんな風に「一生のお願い」みたいな顔をされたんじゃあたまったもんじゃあない。

 はいはい、と窘めるのも、もう慣れっこだ。

 我儘なのはどっちですか、と言いたいのは今回は辞めておく。次回までに、とっておく。

 結局その次回というのはすぐに執務室から繋がる仮眠室でやってきてしまうのかもしれない。でも、寂しそうに笑った顔がちらついた。言いたいことを引っ込めるのは、叱られたくないだとか、嫌われたくないだとか、そういった理由からではない。

 ただ、なんとなくだ。なんとなく、やめておこう。と思う。まあ、それもジョルノにとってはきっと計算の内なんだろうけどなあとフーゴはジョルノの腕の中で推測した。

 上手いようにできているのだ。この世界は。




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