大嫌い

 今年の私の運勢は「大凶」だったらしい。

「失礼します」

 会議室にコーヒーを持って行ったら立花日向がいた。もしやここ、うちの会社じゃない?!と、辺りを見回してみてもどう見ても私の会社だ。
 どうやら立花日向は商談でうちの会社に来ていたらしい。スーツを着る立花日向はやっぱり腹が立つほどイケメンだった。
 それにしても二日連続で会ってしまうなんて、神様、私何かやらかしました?
 奴は私を見てニコニコしている。だからその感情のない微笑みやめて?!

「こんにちは早坂さん」
「……っ!」

 は、話し掛けてきやがったどういうつもりだ……!当然奴と向き合っていたうちの上司も、奴の隣に座る部下らしきイケメンもキョトンとした顔で私を見る。

「え、しりあ」
「高校の!同級生です!」

 知り合いかと聞かれる前に答えてやった。あまりの勢いに引き気味の上司と、口を押えて爆笑している立花日向。
 イケメンは私を見て申し訳なさそうに頭を下げた。あ、君もいつも奴の被害に遭っているのね?彼となら分かりあえるかもしれない。

「早坂さん、スカート捲れてるよ」
「えっ」
「ああごめん、見間違い」
「く……っ」

 私の反応を見てまた爆笑する奴を思いっきり睨み付けて、私は足を踏み鳴らして会議室を出た。
 30分後、内線で上司に呼ばれたから嫌な予感はしていたんだ。

「早坂さん、下までお送りして」
「……」

 よろしく、と微笑む立花日向が悪魔に見える。でも上司の命令だ、無碍にすることもできない。私は無理やり笑みを貼り付けて二人を見た。

「ヨリ、忙しいのにごめんね」
「……」
「立花さん、俺飲み物買ってきます」
「あ、ほんと?ありがとう」

 部下のイケメンは空気を読んだつもりなのか、足早に去って行った。

「あの子、三崎っていうの。なかなかできる子でしょ」
「ええ、とっても」

 皮肉を言ったつもりだったのに奴はニコニコと笑っている。二人きりのエレベーターなんて耐えられない。でも、いつもなかなか来ないエレベーターが今日に限ってすぐ来る。

「私は三崎さんを待っていますので」
「ああ、多分階段で降りてるよ」

 三崎くん、空気読みすぎ!
 一瞬粘ったけれど、どうせ立花の思惑通りにことは運んでいるのだろう。私は観念してエレベーターに乗り込んだ。

「昨日はありがとうございました」

 意外にも、沈黙を破ったのは私の方だった。いつも腹の立つことばかりペラペラと話す立花は、何故か二人きりになると黙るから。沈黙に耐えきれず、とりあえず昨日は送ってくれたのだしとお礼を口にした。

「ううん、俺のためでもあったし」
「え?」
「ねぇ、触っていい?」
「ダメに決まってるでしょ?!」

 ほんと、突然とんでもないこと言ってくるの変わってない!付き合ってる時だって突然「ヨリのおっぱいに顔を埋めたい」だの「ぶち犯したい」だの爽やかな顔で言い放つから、私はいつも驚きと戸惑いで息切れをしていたのだ。

「そういうのは、本当に好きな人に言ってください」
「……」

 ……黙るし。これも昔からそうだ。都合が悪くなったらすぐに黙る。特に「好きな人」の話題は。まぁ、言い返せないだろうとこの話題を出した私も意地悪なんだけどさ。だって、コイツの好きな人は……

『おええええ』

 ……え? 恐る恐る振り返ると、立花はじっと携帯の画面を見ていた。そこから聞こえてくるのは。

『おええええ気持ち悪うううう』

 私の声?!慌てて携帯を覗き込むとそこには確かに、昨日の酔いつぶれた私が映っていた。い、いつの間に……
 嫌な予感がして見上げると、立花はにっこりと笑っていた。

「ね、この動画ばらまかれたくなかったら」
「……っ」
「今夜付き合って」
「いや!」
「ヨリに拒否権は?」
「ありません!」
「だよね。迎えに来るから会社で待っててね」
「……」
「寒いから中で待ってるように」
「……」
「……返事」
「はい!」

 この主従関係にも似た歪んだ関係は何なのでしょう。

「ヨリ、可愛い」

 突然甘い雰囲気を纏って、立花が顔を近付けてくる。昔からこれが苦手だった。誰だってこんな綺麗な顔が近付いてきたらドキドキするでしょう。そう、私は世間一般の女性と同じ。

「ほんとぶち犯したい」
「勘弁してください」
「はは、だよねー」

 ふっと立花が離れた瞬間、エレベーターが一階に着いた。エレベーターの前では涼しい顔をした三崎くんが立っていて、この男の部下って大変だよねと同情した。

「じゃ、ヨリ、迎えに来るから」
「……」
「返事」
「はい!!」

 ああ、もうほんと最悪……。満足げに笑って爽やかに去って行く奴の後ろ姿を見ながら、私は項垂れたのだった。
 何とか残業を理由に立花の誘いを断れないかと画策したけれど全く無駄だった。優良企業で働いていることを恨んだのは初めてだった。とっても憂鬱な気持ちでエレベーターに乗り込む私は退社で浮かれている中明らかに浮いている。そして、エレベーターを降りてもっと憂鬱になった。

「ねぇ、あの人誰かな」
「分かんないけど超イケメン!」

 あらゆる場所から女の子の黄色い声が聞こえてきたから。原因なんて分かっている。

「あ、ヨリこっちだよー」

 爽やかに私に手を振る立花に、その場の全員の視線が向く。はぁ、とため息を吐いて私は立花のところへ行った。

「行こう」
「どこへ」
「着いてからのお楽しみ」

 にこっと笑った立花は私の手を引いて歩きだした。手を何度も振り払ったけれど無駄な抵抗だった。爽やかな見た目とは裏腹にものすごく力が強い。しかも私が痛いとは思わない絶妙な力加減だからまた腹が立つ。少し前を歩く立花はどこからどう見ても「イケメン」で、私は更に憂鬱になった。

「お」
「あ、ヨリちゃんだ!」
「……」

 立花に連れられて行ったのは大人な雰囲気のバーだった。そこで懐かしいメンバーに会った。

「あんたらまだつるんでたの」
「お前らもようやく戻ったんだな」

 一条の言葉に私は目を瞬かせる。牧瀬も一条の隣で微笑んでいたからキョトンとする。それにしても相変わらずすごいフェロモンだ。

「……何飲む」
「あ、吉岡久しぶり!え、ていうかここ吉岡が働いてるお店?」

 吉岡はバーテンの姿だった。とりあえず飲み物を頼んで座る。何だか一条と牧瀬が微笑みながら見てくると思ったら、隣に立花がいた。慌てて立ち上がり一条の隣に移動する。

「あっ、狭いからこっち来んな!」
「じゃあ一条があっち行ってよ!」
「はぁ?!お前らまた付き合い始めたんじゃ……」
「そんなわけないでしょ!!」
「お待たせ」

 突如聞こえたその声に固まる。振り返って、目が合った瞬間。その人は私の胸に飛び込んできた。

「ヨリちゃん!久しぶり!」
「ね、寧々ちゃん……」

 相変わらず花のように可憐な人だな……。寧々ちゃんも私達の高校の同級生だ。……そして。

「寧々、来てたんだ」
「うん!文也、私カシスオレンジね」
「うん」

 吉岡の彼女であり、更に。

「ヨリ、こっち座りな」

 ……何よ、平気そうな顔しちゃって。私は寧々ちゃんを立花の方に押して、一条の隣に無理やり座った。

「私こっち座るから、寧々ちゃんそっち座って?」
「え、でも……」

 寧々ちゃんと立花は目を見合わせた。ズキッと胸が痛むのは昔から。ほんと、自分が馬鹿すぎて泣けてくる。昔からこうだった。私は自分の気持ちに蓋をして、自分が立花の彼女なのに遠慮ばかりしていた。……だって、寧々ちゃんは、立花の特別な人だから。
 吉岡と立花、そして寧々ちゃんは幼馴染で昔から三人で仲が良かったらしい。とっても可愛らしい寧々ちゃんに当然二人は恋をし、寧々ちゃんが選んだのは吉岡だった。立花はいつも切ない目で二人を見つめていて、すぐそばにいた私には分かった。ああ、まだ好きなんだなって。
 気付いた時は落ち込んで落ち込んで立ち直れないくらいだったけど、それでも私は立花と別れられなかった。苦しいくらいに好きだった。どんどん自分の首を絞めているのが分かっても。
 そして最終的には立花に振られた。

『ヨリが何考えてるのか分からない』って。

 結局立花との恋愛は大きな傷を私につけただけで、立花は相変わらず寧々ちゃんを見ていた。私は何だったんだろうって何回も考えた。でも気付いた。私は寧々ちゃんの『代わり』だったんだって。
 もう好きじゃない人と付き合うのやめたほうがいいよ。最後に言った言葉に立花は切なく顔を歪めた。そんなに感情を露わにした立花を見たのは初めてだった。
 あれから何年も経つのに未だに三人の関係は変わっていないらしい。私も含めて、誰も前に進めていないんだ。

「へー、牧瀬にも彼女できたんだ」
「うん」
「あの牧瀬にねぇ……」

 高校生の頃の牧瀬は、とにかくその容姿とフェロモンのせいで女の子だけでなく男の子も虜にしていた。そのせいで嫌な思いをしていたこともあり心配していたのだけれど。牧瀬はとても幸せそうな顔で笑っていて安心する。

「そういえば寧々と早坂は翔のフェロモンになびかなかったよな」
「だって私には文也が、ヨリちゃんには日向がいるもんね」

 一条の言葉に寧々ちゃんが答える。立花と不意に目が合って、すぐに逸らした。……その通りだ。確かに牧瀬は綺麗だしそばにいるとフェロモンのせいでおかしくなりそう。でも、立花みたいにドキドキしない。

「まぁ、そんな話置いといてさ、一条はどうなの。とにかく遊びまくってた一条は」
「俺も彼女いる」
「何人?」
「一人だふざけんな」

 はははと笑いながらお酒を煽る。ああ、全然味がしない。

「おええええ」
「おいおい大丈夫かよ」

 ほんと、何やってんだろ。二日連続で酔いつぶれるとか、私馬鹿じゃん。背中を撫でてくれる一条に申し訳なく思いながら便器から顔を上げられない。久しぶりの飲み会に水差しちゃったかな。

「一条ごめん、大丈夫だから戻って」
「はぁ?無理に決まってんだろ」
「平気平気。休んだら勝手に帰るし」
「……あのな」

 背中を撫でていた一条の手が頭をポンポンとする。あ、やばいそんなことされたら惚れそう。

「心配なだけだから。余計なこと気にしてねーでとにかく吐け」
「っ、うう、一条ー」

 弱っているところに優しくされたら泣きたくなる。ほんと、馬鹿みたい。私のこと好きなフリして。本当は寧々ちゃんのこと好きなくせに。頭を撫でてくれる優しい手に、ポロポロと涙が零れた。

「ヨリ、送って行く」

 一条にしがみついたまま、聞こえてきた声に首を振る。無理して私のところ来なくていいのに。本当は寧々ちゃんといたいんでしょ?

「ヨリ」
「嫌だ一条がいい」
「ヨリ、俺を怒らせたくなかったら今すぐこっち来て」
「いや、って、嫌だ一条の裏切り者ー!」

 私は一条の手により立花に引き渡された。だって日向怖ぇもんと言った一条に文句を言う前に、立花が私の腰を抱いた。

「……帰るよ」

 そんな低い声にビビらないんだから。そんな、そんな……
 ああ、ダメだ。声を聞いただけで切なくて泣きそう。何でだろうね。
 吉岡は寧々ちゃんが好きなのに浮気しちゃう、寧々ちゃんはそれでも吉岡が好きで、そんな寧々ちゃんを立花はどうしても忘れられなくて、そんな立花を見て今でも私は胸を痛める。一方通行だらけの気持ち。

「……嫌だよ……」

 もうこんな思いしたくなかったから、立花に会いたくなかったのに。
 お店を出たところで私が泣いていることに気付いたらしい立花は、立ち止まり困ったように笑って私の涙を拭いた。

「泣かないでよ、ヨリ」
「別に、泣いてないし」
「嘘吐かなくても」
「泣いてないよ。あんたのせいでなんか、絶対泣かない……っ」

 滲んで立花の顔が見えない。それでいい。私たちはずっと、こうやって滲んで不透明なまま。本音を言いもせずに一緒にいたから。立花はなかなか自分の感情や気持ちを表に出さない難解な奴なのに、寧々ちゃんへの気持ちだけは分かりやすいくらいに出す。

「……嫌な奴」
「……ヨリ」
「ほんと、嫌な奴……っ」
「ヨリ、ごめん」

 ぎゅうっと強く抱き締められて、また大粒の涙が零れる。
 本当に、嫌な奴。いつまで経っても、私の心から出て行ってくれないんだから。

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