甘い嫉妬

「翔さん、新しいバイト連れて来ました」

 更衣室で着替えていると、滝沢のそんな声が聞こえてきた。女の子かな?でも悠介さんの彼女の彩香ちゃんもいるし……
 まぁ、私も彩香ちゃんもいつも入れる訳じゃないし、私は就活や卒論の準備で忙しくなってきたし。女の子だったら、きっとまた翔さんを……
 そんなことを考えていた私の耳に、聞き覚えのある元気な声が聞こえてきた。

「よろしくお願いします!!藤堂さんとお近付きになりたくて来ました!!」

 ……え。ま、まさかこの声……
 慌てて着替えてお店に行く。そこにいたのはやっぱり予想通りの人物で、隣に立つ滝沢がニヤリと笑った。

「あ!!藤堂さん!!よろしくお願いします!!」
「な、何で中島くん……」

 そこにいたのは中島くん。サークルの後輩で、私に好意を持ってくれている、らしい。チラッと翔さんを見ると、翔さんはいつもの感情の読めない笑顔で彼を見ていた。

「中島くん、よろしくね」
「動機は不純ですけど真面目なんで一生懸命やると思います」
「はい!!頑張ります!!」

 女の子が来るより大変なことになったかもしれない……。翔さんのニコニコした横顔を見ながらそう思った。不意に翔さんが私を見る。一瞬、目を細めた翔さんは……私を抱く時と、同じ顔。体がゾクッと震えて体が熱くなる。私は急いで仕事を始めたのだった。

「おーっす、あれ、新しいバイト?」

 夜、悠介さんがやってきて賄いを待ちながらカウンターに座っていた中島くんが立ち上がった。

「はじめまして!藤堂さんとお近付きになりたくて来ました!!」

 ……それ言わなくていいってば……。あえて中島くんとの間に滝沢さんとメグさんに入ってもらったから遠いけれど、悠介さんは中島くんと私を交互に見てニヤッと笑った。
……さっきの滝沢と同じ顔してる。

「へぇ、面白いことになりそう。アイツは?」
「翔さんはキッチンです」

 滝沢がそう答えた時、ちょうど翔さんが出てきた。

「翔ー、ライバル出現だなー」
「そうだね」

 からかう気満々だったらしい悠介さんは、翔さんが意外と落ち着いていることに拍子抜けしたようで。何だよーとつまらなさそうに口を尖らせた。

「えっえっ、藤堂さんの彼氏って翔さんなんですか?!」

 中島くんが何故か感嘆の声を上げた。

「彼氏いることは知ってたんですけど、すげーかっこいい!!藤堂さんも可愛いし、お似合いです!!」
「……!」

 お似合いって初めて言われた……!中島くん、意外といい人かもしれない。感涙!!

「すずちゃん」
「はいっ!」

 感動して本当に泣きそうな私に、カウンター越しに翔さんから声がかかる。感動のままに勢いのある返事をした瞬間。冷たい手が頬を撫でて、対照的に熱い唇が唇に触れた。

「……お似合いだって。嬉しいね」

 一瞬で唇を離して、翔さんが目の前で甘く微笑む。顔を真っ赤にして口をパクパク開けたり閉じたりする私に、翔さんはまたキスをしようとして。横から伸びてきた手が翔さんの頬を押し退けた。

「……目の前でやめろ吐きそうだ」

 それは心底嫌そうな顔をした悠介さんの手で、引き離された翔さんは口を尖らせたのだった。



「藤堂さん、一緒に帰りましょう!」

 賄いも食べ終わり、みんながお店を出たところで中島くんがそう言ってくる。夜中なのに声が大きいな……。

「あ、あのね、私は……」
「すずちゃん、帰ろう」

 戸締りをした翔さんがそう言って私の隣に来る。そしてそこでようやく私の前に中島くんがいることに気付いたようだ。

「ああ、中島くんも途中まで一緒に帰る?」
「え?」
「はい!よろしくお願いします!!」

 そして三人で帰ることになった。変な三人……
 中島くんはよく分からない人だった。積極的に来るのに翔さんと私のことを邪魔するつもりもないようで。翔さんが私の手をさりげなく握るのも、「おー!!」と感動したような声を上げていた。

「すみません、俺、藤堂さんのこと好きになっちゃって!」

 ……謝られても……。返答に困る私の代わりに、翔さんが微笑む。

「いや、分かるよ。すずちゃんは可愛いから。好きになっちゃうよね。分かる」
「ですよね!!本当に可愛いんです!!特に笑顔が可愛くて……」
「中島くん、なかなか分かってるね」

 ……何だか分かり合ってる……。間に挟まれてどうすればいいか分からない私を置いて、二人から見て私の可愛いところ、もちろん本人には全く分からないけれど、を話し始める。
 一通り話し終わって、恥ずかしくてソワソワする私に向かって翔さんが言った。

「……でも一番可愛いのは、俺の腕の中にいる時かな」

 と。翔さんは本当にズルい。きっとフェロモンを出す量を自由自在に調整できるのだ。だからこうやって翔さんが目をふっと細めた時、その奥の色素の薄い瞳に吸い込まれそうになるのだ。

「中島くん、好きになるのは自由だけどすずちゃんに何かしたら生まれたこと後悔させてあげるからね」

 とんでもなく綺麗な笑顔でとんでもなく恐ろしいことを言って、翔さんは私の手を引いた。

***

「……ほら、真っ赤な顔で目を潤ませて。やっぱり今が一番可愛いよ」

 翔さんの家の洗面所は広い。バスタオルや下着、パジャマを入れるためのチェストが二つも置ける。もちろん洗濯機も。部屋干しする用のスペースもあって、私の下着は基本的にそこに干している。私が来るまでほとんど物がなかったそこに、翔さんがチェストを買い足してくれた。殺風景だった部屋が、私のせいで随分ファンシーになったと思う。私の大好きなキャラクターのタオルや小物で溢れているから。翔さんは嫌じゃないかなと心配になったことはあるけれど、何も言われないから調子に乗って置いている。
 そんな、洗面所で。お風呂のために服を脱いだのに、服を着たままの翔さんに後ろから貫かれている私は確かに翔さんが言ったように、真っ赤な顔をして目を潤ませて、鏡越しに縋るように翔さんを見つめている。恥ずかしい、のに。色っぽい翔さんの目から目が離せない。

「……乳首も気持ちよさそうに勃ってるね」
「んんんっ」

 口に突っ込まれた翔さんの指が、私の唾液で濡れていく。その唾液をもう片方の手で掬って、翔さんは勃ち上がった乳首に塗り付けた。てらてらと光る乳首は卑猥で、真っ赤になっている。腰をしっかりと掴まれると、一番奥まで翔さんが入ってくる。差し込まれ、抜かれる度にゾクゾクと体が震えて。鏡の中にいる自分は随分とはしたない顔をしている。翔さんの指を誘うように舐めて。欲情した目で翔さんに見つめられると、甘い吐息を抑えられなかった。
 いつもニコニコしていて感情の読めない翔さんが、唯一感情を剥き出しにする瞬間。いつも優しい翔さんが、少しだけ狂気の色を見せる時。

「……みんな、すずちゃんがこんなにエッチな顔するなんて想像できないだろうね」
「っ、ああっ、」
「智輝も中島くんも、他のすずちゃんのことを好きな男も知らない、俺だけが知ってる顔」
「んんんっ、んぅ」
「すごくそそられる」

 耳元で、わざと低い声で囁く翔さんは、一瞬たりとも私から目を離さない。ギラギラとした瞳がずっと私を見つめていて。……そんなこと言ったら、私だってそうだ。翔さんが私にだけこんなに欲情しきった顔を見せてくれるのが、たまらなく嬉しい。愛しい。

「すずちゃん、愛してる」

 息もできないほど激しく奥を突かれる。力加減もできなくて、翔さんの指を噛んでしまう。胸を揉まれて、私は洗面台に掴まってビクビクと体を震わせた。次の瞬間、熱いものが奥で広がる。その刺激にも、私は痙攣するほど感じてしまった。

「愛してる、俺だけのすずちゃん」

 唇に落とされたキスに、私は目を閉じた。

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