翔さんの言う通り

「すずちゃん、久しぶり」
「え……」

 休日のCafe fleur。混み合っている店内を必死で駆け回っている時に、声をかけられて。振り向いた先に立っていた人を見て、固まった。

「ヒロ、くん……」

 あの頃よりも大人になった彼が、そこに立っていた。

「大輔にすずちゃんがここで働いてるって聞いて。久しぶりに会いたいなと思って来たんだ。仕事終わったら少し話せる?」

 無意識に翔さんを探すと、翔さんはキッチンにいるようだった。どうしよう……。

「すぐに終わるからさ。待ってるね」

 ヒロくんは有無を言わせずテーブル席に座る。戸惑ったままカウンターに戻ると、悠介さんがじっと私を見ていた。

「あ……悠介さん、こんにちは」
「知り合い?」
「あ、はい。お兄ちゃんの友達で」

 ヒロくん。さっきヒロくんが言った「大輔」とはお兄ちゃんのことだ。お兄ちゃんの友達で、私の初恋の人。そして、私の初めてを捧げた人だ。
 お兄ちゃんの中学校の頃からの友達のヒロくんは、かっこよくて優しくて私の憧れの人だった。よく家に遊びに来ていて、私もお菓子を貰ったりゲームをしたり一緒に遊んでもらった思い出がある。私が高校に上がった年、お兄ちゃんやヒロくんは大学生で、少なくはなっていたけれどそれでも家に遊びに来ていた。
 ある日、お兄ちゃんがいない日にヒロくんが来た。ちょうど家には誰もいなくて、緊張しながらヒロくんと話していたら。ヒロくんが私に言った。

「綺麗になったね」

 と。ヒロくんには淡い恋心を抱いていたからとても嬉しかった。ヒロくんは私にキスをした。夢見心地の私に、ヒロくんは続けた。

「俺がここに遊びに来るの、すずちゃんに会いたいからだって言ったらどうする?」

 その場に押し倒され、ヒロくんの手が私の服を乱していく。怖いと思う間もなく、不安を感じる間もなく、私はヒロくんに抱かれた。
 それから、ヒロくんは家に誰もいない日を狙ってうちに来るようになった。快感はなかった。痛みや苦しみばかりで、今私は何をしているのだろうとヒロくんに抱かれている間ずっと思っていた。
 今思えば遊ばれていただけなのだろう。でもあの頃の私はそれでもヒロくんのことが好きだったし、拒めば嫌われると思ったから嫌だなんて言えなかった。ヒロくんはしばらくすると大学を卒業して就職、遠いところへ行った。
 お兄ちゃんも、誰も知らない。二人だけの秘密。

「元カレ?」
「えっ」

 悠介さんにそう聞かれて口ごもる。元カレ、……では、きっとない。私は遊ばれていただけだから。答えられないでいると、

「元カレって何の話?」

 後ろから翔さんの声が聞こえて。悠介さんが「ヤベ」と小さく呟いた。

「すずちゃん、元カレって何の話?」

 翔さんが同じ質問を繰り返す時。顔はニコニコしているのに威圧感がすごい。言い逃れることは許さないというオーラが漂っていて、悠介さんも当然それを知っている。私はヒロくんのことを全て話すほかなかった。

***

「すずちゃんって男見る目ないよね。俺を含めて」
「いいか。未成年に手を出す大人は総じてクズだ」
「確かに。俺もクズだもんね」
「ああ。お前以上のクズはいない」
「あ、あのでも私、今は成人してますから……」

 いつも通りの二人の会話に苦笑いしながら、翔さんが特に気にしていないことに安堵する。ヒロくんのことを気にしながらの仕事は、とても居心地の悪いものだった。

「結婚するって聞いた」

 仕事が終わりヒロくんの向かいの席に座ると同時、ヒロくんがそう言った。ヒロくんは長い指でカップを持ち、翔さんが淹れてくれた紅茶を飲む。翔さんや悠介さんはキッチンにいて、フロアには二人きりだった。

「大輔がすずは騙されてるんだって言ってたよ」
「違う!絶対違う。騙されてなんかないよ」

 ムキになって否定する私とは対照的に、ヒロくんはふっと笑ってまたカップを口に運ぶ。すずちゃんも飲みなよと言われて、目の前にあった紅茶を口に含んだ。

「騙されてる人はみんなそう言うよ。すごくかっこいい人なんでしょ。すずちゃん以外にも女いっぱいいるんじゃないかな」

 違う。翔さんはそんな人じゃない。そう言いたいのに、悔しくて言葉にならない。翔さんのこと、何も知らないのにそんな風に言わないで。

「すずちゃん、目を覚まして。そんな人と結婚しても幸せになれないよ」

 違う。翔さんに幸せにしてもらうんじゃない。二人でいたら幸せなの。またしても口が動かない。そこでようやく異変に気付く。

「ふーん。即効性って本当に早く効くんだね」

 ヒロくんの言葉が聞こえたと同時、その場に崩れ落ちる。まさか、紅茶の中に……?でも……。朦朧とする意識の中、誰かに抱きあげられるのを感じた。


「相変わらず濡れないな」

 次に聞こえたのはそんな声で。重い瞼を上げると、ぼんやりとした視界の中にヒロくんが映る。

「……っ」

 下半身から感じる鋭い痛み。そこでようやく自分の置かれた状況に気付いた。服を乱され、中に指を挿れられている。嫌だ、と抵抗しようとしても体が動かなかった。

「すずちゃんって本当に不感症だよね。抱いてない内に治ったかと期待してたのに」
「……っ、う、」
「でもいいよ。可愛いから」

 何で、こんなことするの。翔さん、助けて。ポロポロと涙が零れ落ちる。痛い。気持ち悪い。翔さんじゃなきゃ、やだ。
 その時。ゆっくりとドアが開いた。目の前に立っているのは翔さんで、翔さんは私の姿を見て目を細めた。

「姿が見えないと思えば、こんなところにいたの。でも店を出ない辺り詰めが甘いよね」

 翔さんはゆっくりと私に歩み寄ると、私の体を見た。ヒロくんは驚いたのか指を抜く。翔さんはふっと笑った。

「我慢できなかった?それとも俺に見せつけようとした?……いや、見た感じ頭悪そうだから何も考えてなかったのか」

 恐ろしいほどに綺麗な笑顔を見せ、翔さんは私の頬に触れる。私の体は面白いように反応した。

「すずちゃんに何飲ませたの?媚薬?なのに濡れないんだ。……あ、でも、俺が触ると濡れてきた」

 翔さんはじっくりと中心を見つめる。その視線が恥ずかしくて、でも嬉しくて。私は動かない手で翔さんに手を伸ばそうとした。

「すずちゃん、俺ほっぺた触っただけだよ?なのに気持ちいいの?可愛い」

 翔さんが私を抱きあげる。安心する温もりに包まれて、また涙が零れた。

「すずちゃんはね、俺が触ると感じるんだ。見てていいよ」

 翔さんは私を抱き締めたまま、キスをくれる。やっぱり翔さんがいい。翔さんじゃなきゃやだ。

「ほら、もうトロトロ」
「あっ、ん、かけ、るさん」
「誰の指が気持ちいいの?」
「んん、翔さん、がいい」

 知ってる、と微笑んで。翔さんはキスをしながら中心に指を這わす。体は簡単に熱くなって、翔さんの指を呑み込んだ。くちゅくちゅといやらしい音が鳴る。ヒロくんはそこにいるのだろうか。……ああ、でもどうでもいいや。翔さんの唇を貪るようにキスを深くし、舌を絡める。翔さんの指が増えると、私の体はビクビクと痙攣した。

「……イく?それとも潮噴いちゃう?」

 意地悪。でも、愛しい。私は絶頂し、同時に潮を噴いた。

「翔さ、来て……?」
「ん、感じてる顔、彼に見せてあげたら?」

 翔さんが私を四つん這いにする。顔を上げたら、唖然としているヒロくんと目が合った。恥ずかしい。でも、

「あんんんっ、はっ」
「……っ、すずちゃんの中、すごく気持ちいい」

 翔さんのが入ってきたら、何もかもがどうでもよくなる。あえてゆっくりと、私の中を翔さんの形に変えるように腰を進める。ふるふると体が震え、潮が太ももを伝って床に落ちて行く。

「すずちゃん、不感症だったの?嘘だよね。こんなに気持ちよさそうなのに」

 翔さんは私の手首を掴み、体を反らせると後ろから抱き締める。耳にキスをされ、胸を揉まれる。息苦しいほど奥まで翔さんのそれが届いた。

「俺が触るとこんなにエッチになっちゃうの?ほら、ここも勃ってる」

 ピンと乳首を弾かれると、体が跳ねて。私はそれだけでガクガクと体を震わせた。

「すずちゃん可愛い。すずちゃんは俺だけのものだからね。他の男に触らせたお仕置き」

 そう言って、翔さんはそれを抜いてしまう。未だに痙攣する体は更なる快感を求めていて、私は翔さんに縋りついた。

「っ、やだ、もっと……」
「ダメ。他の男に触られて、自分だけ気持ちよくなっちゃったんでしょ?」

 そんな意地悪なことを言いながらも、頭を撫でてくれる翔さんの手は優しくて。胸がきゅんとなって、頭の中が翔さんでいっぱいになる。

「だいすき、翔さん、本当に、だいすき」
「……知ってるよ」

 ふっと優しく笑って、翔さんはまたキスをくれた。私は翔さんの腰に跨り、自ら挿入する。奥まで届くそれに背を仰け反らせて、何度も腰を振る。

「言ったでしょ、すずちゃん。俺が一番、君を上手に愛せるよって」

 翔さんは優しい顔で私を見る。そして、愛おし気に頬を撫でる。

「俺がこの世で一番、君のことを愛してるからだよ」

 ああ、もう。私の世界には翔さん以外いらない。

「いつもみたいにおねだりして?」
「っ、か、けるさ、中に、ちょうだい……?」
「すずちゃん、本当に可愛い。愛してる」

 腰を掴まれ、一番奥に注ぎ込まれて。私はくったりと気を失った。



「なんでこんなことしたの」

 遠くのほうで、翔さんの声が聞こえる。怠い体を動かすこともできずに、私は翔さんの胸に頬を寄せていた。

「すずちゃんがまだ自分のこと好きだと思った?すずちゃんのこと、気持ちよくもしてあげられないくせに」
「っ、俺はずっと、」
「すずちゃんのこと好きだったとか都合いいこと言わないでね。切れそうになるから」
「……っ」
「……俺の方が、あんたと比べ物にならないくらいすずちゃんのことが好きだよ。だからこうやって、すずちゃんのこと気持ちよくできるんだ。いつも愛しいって思いながら抱いてるから。あんたは自分の欲望をすずちゃんにぶつけてただけでしょ」
「……」
「あんたがやったのはレイプと一緒だよ。またすずちゃんに近付くようなことがあれば、お兄さんに全部言うからね」
「……!」
「……すずちゃんは、俺が一番上手に愛せるんだよ。世界中で一番、すずちゃんを愛しいと思ってるのは俺だから」

 最後の言葉は、ヒロくんではなく私に言われているようで。幸せでくすぐったくて、額に降ってくるキスに微笑んだ。

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