甘い香り
俺の朝は、可愛い彼女の声で始まる。「翔さん?起きてください、朝ですよ」
背中側から聞こえる声に、俺はすぐに覚醒して微笑む。でも可愛いから、寝たフリをするんだ。
「翔さん?今日私一限からで……あ、あの、朝ご飯作ったんですけどいらないですか?」
すずちゃんと、ちゃんと恋人同士になって三ヶ月。一度は離れたほうがいいのかもしれないと思ったけれど、無理だった。もうすずちゃんを離すつもりはない。結婚しようと言ったのも本気で、そろそろ実家にご挨拶かなぁなんてことも考えている。すずちゃんはほぼうちに住んでいるし、もちろん合鍵も渡している。幸せで満たされた日々に、俺は毎日頬の筋肉が緩むのを止められない。
「翔さん、起きないですか……?」
すずちゃんの声が寂しそうな色になってきた。そろそろ目を覚ましてあげようかな。
「ん……おはよう、すずちゃん」
「あっ、おはようございます……!」
俺がすずちゃんの方に体を向けると、すずちゃんは嬉しそうに声を弾ませる。手を伸ばせば、躊躇なくその手を取ってくれるから。俺はその手を引いてすずちゃんを抱き締めた。
「ん……すずちゃんいい匂いする」
「えっ、お味噌汁の匂いですか?」
「違う、すずちゃんの甘い匂い」
香水みたいな人工的なものじゃなくて。すずちゃん自身から出る匂いみたいな。俺を誘う匂い。朝から盛るなんて、俺もまだまだ若いな。
すずちゃんのスカートの裾から手を入れて太ももを撫でれば、すずちゃんは身を捩らせた。
「んっ、わ、私、今日一限からで……」
「うん、それで?」
「もう行かないと……」
「車で送ってあげる」
「うっ、で、でも、翔さんとシた後、しばらく立てないし……」
恥ずかしそうにモジモジするすずちゃんに、たまらないほどの愛しさがこみ上げる。俺はすずちゃんの額に何度もキスをして、彼女を離した。
「分かった、ごめん。夜まで我慢する」
「えっ」
「朝ご飯食べよう」
俺は彼女の手を引いてベッドから出る。そしてリビングへ向かった。すずちゃんの顔が曇っていたことに気付かないまま。
その日の夕方、買い出しをしてお店に戻ると女の子が立っていた。お店に何度か来てくれたことがある、可愛らしい子だ。
「どうぞ?」
ソワソワと落ち着かない彼女の顔を覗き込んで微笑めば、彼女は顔を真っ赤にして俺の服の裾を掴んだ。
「ん?どうしたの?」
「あっ、あの、お願いがあるんです」
「え?」
「わ、私と、付き合っていただけませんか……!」
突然の告白に驚いた、けれど。正直こういうことには慣れている。
「ごめんね、君の気持ちには応えられない」
「っ、じゃ、じゃあ、一度でいいので抱いてください……!」
見かけによらず積極的な子だな。まぁ、前なら言う通りにしてあげていたのだろうけれど。今の俺には、絶対に傷付けたくない女の子がいる。
「ごめん、それもできない。そういうことはちゃんと両想いになって、恋人としたほうがいい」
「っ、じゃあ、私を好きになってください……、私は翔さんがいいんです……!」
困ったな。彼女は真っ赤になって涙目にもなっているのに引いてくれそうにない。どうしたら分かってくれるだろう。
その時、ちょうど。門の向こうにすずちゃんが来たのが見えた。
「すずちゃん」
「っ、え、あ、おはようございます」
俺の前に立つ女の子に気付いたすずちゃんは、どういう状況か察したのだろう。気にしながらもそそくさとお店に入ろうとする。でも俺はすずちゃんの腕を掴んで、抱き寄せた。
「……ごめん、彼女がいるから」
「っ、い、いいです、二番目でも」
腕の中のすずちゃんがピクッと反応した。彼女の目の前でそんなことを言う度胸、すごいな。
「二番目なんていらないよ。俺はこの子と結婚するんだ」
「か、翔さんは、頼めば何でもしてくれるって噂で聞きました、多分今の彼女にもその内飽きるだろうって、だって今まで色んな人を抱いてきたのに、その人一人で満足できるんですか」
息継ぎもせず一気に言い切った彼女は、真っ赤になって肩で息をしている。すずちゃんは俯いていて顔が見えないけれど、きっとショックを受けているのだろう。俺の過去ですずちゃんを傷付けることがあるだろうと予想はしていたけれど。過去はどうにも出来ないし、これから俺の全部ですずちゃんを愛していくしかない。
「……俺さ、セックスして気持ちいいと思ったことないんだ」
俺の言葉にすずちゃんが顔を上げた。目を瞬かせて俺を見つめるすずちゃんを安心させるように、微笑んで頭を撫でる。
「体は反応するけど心はついていかなくて……頼まれてしてたけど正直苦痛だった」
「翔さん……」
「でもすずちゃんを抱いて、セックスって気持ちいいものなんだって初めて分かった」
「っ、」
「俺はもう、一生すずちゃんしか抱かないよ。苦痛なだけなのに、進んでする意味ないし」
「……」
「だからごめんね。俺のことは諦めて。ね、すずちゃん、愛してる」
目を潤ませるすずちゃんが可愛くて、唇を重ねる。目の前に彼女がいるからこそ、見せ付けるように。逃げようとするすずちゃんをしつこいくらいに追いかけて、舌を絡ませる。ああ、俺はすずちゃんがいてくれるだけで幸せなんだなって。実感していると、おずおずとすずちゃんの手が俺の手を握った。……ああ、本当に可愛い。このままぐちゃぐちゃに抱いてしまいたい。彼女が走り去るのを横目で見て、俺は甘いキスに溺れた。
俺の腕の中で、いつもいつも、目を潤ませて俺だけを見つめている、そんなすずちゃんでいてほしくて。
その夜、いつものように一緒にお風呂に入って、二人でベッドに入った。俺からするキスが合図。でも今日は、すずちゃんから俺の服を握ってきた。
「どうしたの?」
「……翔さんは、優しいですね」
すずちゃんの表情が曇っていることに、俺はようやく気付いた。どうしたんだろう。やっぱり傷付けてしまったのだろうか。
「みんなに優しくて……、私にいつか、飽きちゃうんですか?」
「すずちゃん、どうしたの?」
涙目になるすずちゃんを優しく抱き締めたら、すずちゃんは声を震わせながら言った。今朝、すずちゃんに断られた時に俺が簡単に引いたから不安になったのだと。俺、そんなにいつもがっついてるかな。苦笑してすずちゃんの髪を撫でる。
「すずちゃん、愛してる。この指輪に誓う。絶対に浮気なんかしない。すずちゃんが重いって思うくらいにすずちゃんだけが好き」
すずちゃんの左手を取って、俺があげた指輪にキスをする。飽きるはずない。すずちゃんは、俺の最初で最後の好きな人。今日は抱き締めて眠ろうかな。何度もキスをしながら。
「……翔さん」
「ん?」
「わ、たし、も、翔さんだけが大好きです」
「……うん」
「えっちするのも、翔さんとは気持ちいいから、やっぱり翔さんは慣れてるからかなって思ってたけど」
「……」
「でも、違うくて、翔さんが言ってた、愛されてるって、こういうことなのかな、って……」
たどたどしく素直な気持ちを口にするすずちゃんに、今日は抱き締めるだけという俺の決意が脆くも崩れ去る。すずちゃんが、真っ赤な顔をして、俺を求める。ああ、夢のような光景かも。
「……すずちゃん、俺とエッチするの好き?」
すずちゃんを抱き締めて、真っ赤になった耳を指でなぞる。ピクンと動くすずちゃんの体を、逃がさないように。キツく抱き締めてもすずちゃんは苦しくて身を捩るだけだから、見えない綿でしっかりと包むように。
「っ、すき、です」
「じゃあ、俺のこと求めてみて?抱いてって言ってみて?」
誘導するように、すずちゃんの口から言葉が出るのを待つ。すずちゃんは恥ずかしそうに俺から目を逸らして、モジモジしている。ニヤニヤしながら見ている俺は、もしかしたら変態なのかな。……いいや、変態で。だってこんなにも求められる人がいるってだけで、幸せな人生だと思えるから。
すずちゃんは覚悟を決めたように、俺をまっすぐに見た。
「抱いて、ください」
ああ、もう俺、今なら死んでもいい。
いつものようにすずちゃんの体を時間をかけてトロトロにして、肩で息をするすずちゃんのそこに自身を埋めていく。達したばかりの中は熱くて俺をきゅうきゅうと締め付けてくる。
「っ、はぁ、ほんと、いつ挿れても気持ちいいね」
前髪を掻き上げれば、すずちゃんは俺に手を伸ばしてきた。その手を握り、容赦なく奥へ奥へと進んでいく。ぶるりと震えたすずちゃんの体。すずちゃんは気持ちいいと自分の指を噛んでしまう。だから俺はいつも、代わりに自分の指をすずちゃんの口に入れる。俺の左手の人差し指は赤くなっていて、一緒にいない時もそれを見て満たされるのだから重症だと思う。
指で舌を愛撫しながら、もう一方の手で太ももを掴む。大きく広がった脚の間、繋がっている部分をじっくりと見た。
「……ね、すずちゃんのここ、俺の呑み込んで気持ちよさそうだね」
「っ、うう、やだ……っ」
「やだ?じゃあやめる?」
涙目と同時、中もヒクヒクと俺を離さないように動く。……ああ、たまらないな。
「すずちゃん、ねぇ、もうイくよ」
「っ、か、翔さん、ぎゅってして」
「ん、おいで」
すずちゃんの体を起こし、自分の太ももの上に乗せる。ゆるゆると勝手に動いてしまうらしいすずちゃんの腰を掴んで、キスをした。すずちゃんの手が首に抱きついて、後頭部の髪をくしゃっと掴む。ぎゅうっと抱き締めると、すずちゃんは唇を離して甘い声を上げた。
「はぁ、イく……っ」
「んん、ああぁっ」
一番奥で射精した。ピクン、ピクンと痙攣するすずちゃんの体をベッドに横たえて、汗ばんだ額にキスをする。
「……愛してる」
甘い言葉で縛り付けられるなら、何度でもいつでもどこででも囁く。すずちゃんを離したくなくて仕方ないのは、俺の方だ。