先輩がおかしいお話

 どこか引っかかる。そんな海デートから1週間。先輩が私の働くコンビニに姿を見せなくなった。

「こんにちはー、結城さん」
「相川さん」

 相川さんは毎日のように来る。先輩はどうしているのだろう。まさか体調を崩していたりするのだろうか。気になるけれど、何となく聞けない。
 そもそも自分から連絡をすればいいだけの話なんだけど、この前の先輩の様子が気になって少し怖いのだ。まさか、まさか私と……

「……きさん、結城さん」
「っ、ごめんなさい」

 気付けば私のレジの前に相川さんがいた。ぼんやりと考え込んでいた私は急いで相川さんのカゴを受け取る。

「今、アイツ出張中だよ」
「えっ」

 そっか、それで会いに来なかったんだ。……でも、出張に行くなんて聞いてない。別に仕事のことを全部聞くわけじゃないし、束縛したいわけでもない。ただ、今までなら出張なんかでしばらく会えない時は事前に連絡をくれていたのに。
 ズン、と心臓に重りが乗ったみたいに苦しくなった。うそ、本当に?本当に、先輩は……

「ま、今日帰ってくるみたいだから会いに来るでしょ」
「あ、ありがとうございます」

 相川さんは眉を下げて微笑んだ。私はそんなに深刻な顔をしていただろうか。相川さんにまで心配をかけてしまうなんて。
 先輩に会いたい。話したい。もし何か考えてしまっているなら、それを聞きたい。
 でも、先輩は会いに来なかった。電話にも出てくれなかった。

 先輩は本当に、もう私のことが好きじゃないのかもしれない。

 考え始めたら止まらなくて、次の日はバイトが休みだったのにコンビニに来てしまった。買い物もないのに店内をウロウロする。ちょうど昼休みの時間。先輩はやっぱり来ない。
 今度はコンビニを出てウロウロしてみる。もちろん上階には行けない。コンビニの周りだけ。

「でも嬉しいなぁ。西園寺さんがお昼ご飯に誘ってくれるなんて」
「え……、まぁ」

 階段の方から声が聞こえた。西園寺さん。その名前と声に反応してしまう。

「昨日も夜までずっと一緒で嬉しかった」

 昨日。私が先輩から出張のことも何も聞いてなくて連絡もなくて、ただただベッドの中で携帯を握りしめて先輩からの連絡を待っていた間、先輩は他の女の人といたの。
 じわりと視界が歪んだ。私は先輩の何なの。彼女じゃないの。
 海デートに行くまでの先輩に想われて幸せだった時間がまるで遠い日の思い出みたいに感じてしまう。
 私じゃやっぱり、先輩に釣り合わないのかな。

 エスカレーターを降りた先輩の隣には綺麗な女の人がいた。2人は寄り添ってビルを出て行く。私はその場に立ち尽くして2人を眺めているしかできなかった。

 それからも先輩からの連絡はなく、先輩がお昼休みにコンビニに来ることもなかった。もう、あの女の人と付き合っているのかな。先輩は、別れ話もせずに新しい彼女を作るような人じゃないって信じたいけど。
 別れたいなら別れたいって言ってほしい。こんな宙ぶらりんな状況は辛い。
 もう、私のことを好きじゃないなら好きじゃないって、はっきり言ってほしい。

「結城さん、お疲れ様」
「田島くん……。お疲れ様」

 バイト終わり、話しかけてきた田島くんとコンビニを出る。

「そう言えば最近来ないね。あのイケメン」
「……」

 田島くんも気付いていたようだ。もう会えないのかな。このまま別れ話もなく終わりなのかな。自分から連絡する勇気は出なかった。私はまだ彼のことがとても好きだから、彼に冷たくされるのが怖いのだ。

「何かあった?」
「えっ?」
「結城さん、あの人と付き合ってるんでしょ?」

 バレていたのか。いや、別に隠していたわけでもないんだけど。言ってみようかな。田島くんは男の人だから、先輩が今何を考えているかも分かるかもしれない。

「あのね、実は……」
「奈々美ちゃん?」

 久しぶりに聞いたその声にぎゅっと心臓が掴まれて涙が出そうになった。酷い。酷い酷い酷い。何も連絡しないまま離れようとして、他の女の人といて、それなのに、名前を呼ぶだけで私の頭の中を先輩一色にしてしまうんだから。
 言葉にならないまま涙が溢れた。手で顔を隠す。先輩には見られたくない。
 田島くんが、私に手を伸ばす。触れようとしたその手を、先輩の手が掴んで、二人の視線が絡む。……のを、私は知らなかった。だって泣いてたから。

「ごめん、奈々美ちゃん。ちょっと話そう」

 久しぶりに聞く優しい声に更に涙が溢れる。首を横に振った。何を言われるか怖かったから。

「お願い、奈々美ちゃん」

 優しい声とは裏腹に、拒否する私の手を掴んで先輩が歩き出す。少しだけ顔を上げたら先輩の後ろ姿が目に入った。……やっぱり好きだなぁ。
prevback|next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -