王子様の欲望のお話

「好きです。付き合ってください」
「ごめん、彼女いるから」
「私、二番目でもいいです」
「二番目とか作る気ないんだ」

 瞳をウルウルさせて俺を見つめていた後輩は「そんな……」とか「でも……」とかいう言葉を繰り返して何とか粘ろうとする。
 人から好意を持たれることは素直に嬉しい。ただ俺は人生でその好意に応えたことがないので、同時に心苦しくもある。
 自分の好意に応えてもらえる喜びも、今の俺には分かる。もし奈々美ちゃんが俺の好意に応えてくれなかったらと想像すると絶望が半端ないので途中で考えるのをやめるくらいだ。

「彼女ってどこの誰ですか?」

 この子の思考が危ないほうに行っていることは分かったのでそこで会話を切り上げた。


「また告白されてたんだな」
「ああ……」

 相川が嬉しそうに肩を組んでくる。俺をイジる時は何故かいつも嬉しそうだ。

「で、何でそんなに急いでるわけ?」
「別に」

 俺は早足である場所に向かっている。昼休憩。行く場所は1つしかない。

「いらっしゃいませ……あ、お疲れ様です」

 やっぱり奈々美ちゃんは女神だ。昼休憩も30分を過ぎた頃。コンビニは忙しい時間を乗り越えたらしく人は疎らだ。告白に時間を取られていたせいで奈々美ちゃんに会える時間が少なくなると思って焦ったが、いつもは忙しい奈々美ちゃんと話せるからこれからは少し遅い時間に来ようと思う。

「今日は遅かったんですね」
「ああ、コイツ告白されてたから」
「相川、余計なことは言わなくていい」
「ふふ、相変わらずモテるんですね」

 奈々美ちゃんは微笑んだ。そう、微笑んだ。奈々美ちゃんはそれを聞いて不快な気持ちにならないのか。俺はもし奈々美ちゃんが誰かに告白されたら、どこの誰か、どんな奴か、徹底的に調べると思う。そして奈々美ちゃんが俺の彼女であることを懇々と説明する。奈々美ちゃんに好意を持つことは仕方ない。何故なら奈々美ちゃんはこんなに可愛い。ただ俺という恋人がいることはやはりその男に見せ付けるべきだと思う。
 奈々美ちゃんは俺が告白されても気にしないのか。例えば嫉妬、奈々美ちゃんに嫉妬されることを想像しただけで幸せな気持ちが心を満たして溢れてくるくらいだが、嫉妬のようなものはしてくれないのか。相川も奈々美ちゃんの反応に驚いたらしく俺をチラリと見る。

「結城さん、……あー、やっぱりいいや」

 奈々美ちゃんに話しかけてきた田島くんが俺たちと話していることに気付いて戻ろうとする。奈々美ちゃんは俺たちを置いて田島くんのところへ行った。仕事の話をしているようだ。仕事の話ならば仕方ない。何故なら今奈々美ちゃんは勤務中だ。
 だが俺は自分の中に小さな黒い靄の塊が出来たことに気付いた。奈々美ちゃんより自分の気持ちの方がとてつもなく多いことには元々気付いている。奈々美ちゃんが少しでも俺に好意を持ってくれているだけで幸せなのに。人間とは欲深いものだ。奈々美ちゃんを自分だけのものにしたい、誰にも見せたくない、そんなことを考えている自分に気付いた。
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