乗り越える

「利根さん、遅くなってすみません……!」
「いいえ、お気になさらず。北山さんの退社より私が先に着いていないと意味がありませんから」

 結局会社では博也くんの話題が出ることは一度もなかった。ありがたいと思うと同時に、会社でそうだと他の人たちも誰も知らないと思ってしまいそうで怖くなる。

「今日も三木村が仕事終わりにホテルに寄ると言っていました」
「あ、寄る、ですか……」

 泊まる、じゃないんだ。忙しいから仕方ないよね。でも博也くんと一緒じゃないと眠れる気がしないな……。なんて、甘えたこと思ってちゃダメだよね。しっかりしないと。もうすぐ離れるんだから。

「あの、博也くんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫、とは?」
「仕事に影響、出てたりとか……」

 吉村が言っていた。例えば映画の制作発表か何かでテレビに博也くんが映る度、熱愛報道の話になるって。そういうのだって、仕事に影響が出ている一部だと思う。

「三木村も人間ですから、恋人ができることもあればいつか結婚もするかもしれません。その度に乗り越えていかないといけないことですよ。北山さんが心配することじゃありません。この仕事をしていたら当然の話です」
「まあ、そうですよね……」
「北山さんも一緒に乗り越えてもらえれば、こちらとしても助かります」

 利根さんの言葉にどういう意味が含まれているのか、考えなくても分かった。私も乗り越えなくちゃならない。博也くんと一緒にいるために。そんなことを考えながら車に揺られていると、泊まっているホテルに着いた。利根さんが部屋の前まで送ってくれて、部屋に入ると博也くんはまだいなかった。お風呂に入ってご飯を食べてゆっくりしている時に、博也くんから『部屋の前に着いたから開けて』とメッセージが来た。

「おかえり、博也くん。遅かったね」
「うん……」

 あれれ、博也くんの様子がおかしい……?
 いつもなら顔を見た瞬間抱き締められて熱烈なキスをされるのに、今日は私の顔を見ない。俯いたまま部屋に入ってベッドに座った。

「博也くん、疲れちゃった?今日は泊まっていかないんだよね。忙しいのにわざわざ来てくれてありがとう」
「奈子ちゃん」
「なに?」
「別れよっか」

 心臓が止まった気がした。


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