04

「あの……、早坂さんって、もしかして……、馬鹿なんですか」

 躊躇うように、遠慮がちに、それでもズバッと思ったことをハッキリ言うのが三崎くんらしいと思った。三崎くんは呆れているのだろうけれど、それを決して見せてはいけないと私を気遣っているのが表情から見て取れた。

「三崎くんっていい人だね……」
「この前たまたま俺に会えたから助けられたって言いましたよね?今日もたまたま俺に会えると思ったんですか?それともこの前は無理だったけど今日は自分で何とかできるとでも思ったんですか?」
「ぐっ……」

 今日、私はまた立花の会社に来ていた。決して仲直りしたいからじゃない。寂しくなってきたとかじゃない。立花がちゃんと生活できているか心配になっただけだ。また改札みたいな機械の前で青ざめているところに三崎くんが現れた。あ、今気付いた。私呆れられているというか、叱られてるんだ。

「ごめん、あの、すぐ帰るから」
「え、早坂さん?」

 そうだ、よく考えたら立花は私と再会する前も独り暮らしだったし、料理だって洗濯だって何だってできるんだ。むしろ私の分のご飯まで作らなくていいから楽だったかもしれない。自惚れてた。
 三崎くんに頭を下げて出口に向かう。タイミングがいいのか悪いのか、向こうから立花が歩いてきた。ああ、姿を見ただけで、安心だとか胸をぎゅっと締め付ける切なさだとか恋しさだとか、コントロールできない気持ちが溢れてきて。気付かれたくなくて俯いた。……本当は、隣を歩く可愛らしい女の子から目を逸らしたかっただけだけど。おしとやかで可愛らしくて、立花にお似合い……

「……2度目だね、その格好」
「……え?」

 突然近くで声が聞こえて、私は固まった。顔を上げると立花が微笑んでいた。この人混みの中から、ちゃんと見つけてくれるんだね。

「……え?に、2度目って……」
「この前もいたでしょ。三崎とイチャイチャしてたよね?」

 ば、バレていた……!ていうか笑顔が怖い!!立花の隣の女の子、多分花ちゃん、はキョトンとした顔で私を見る。立花はただまっすぐに私を見て、私の髪を1束指で掬った。立花の長い指をサラサラと流れ落ちる髪を、摘んで。一歩で距離を詰めて、ふわりと立花の香りが漂った。ちゅ、ちゅ、と髪にキスをされて、まるで髪に神経が通ったみたいに顔が真っ赤になる。立花はずっと、私を見つめたまま。

「仲直り、しに来てくれたの?翔の家にいたのは知ってる。ヨリ、嫌な思いさせてごめんね」

 花ちゃんが、見てるのに。そう思うのに、絶対に離さないって指先から伝わってくる。私は立花から目が離せなかった。

「俺が好きなのは、ヨリだけだよ」

 ああ、もう。不安なんて一瞬で弾け飛ぶ。今すぐここで抱き締めてほしいって思う。目の前の愛しいこの人に、触れたいって。ピクッと動いた手を止めたのは、花ちゃんの声だった。

「立花さん!もう行かないと!」

 そうだ、立花はこれから仕事なんだ。この子と、一緒に。帰るね、と口を開こうとしたけれど、立花は腕時計を見て微笑んだ。

「あと15分は平気。ヨリ、ちょっと話そう」

 立花は私の手を握って歩き出した。花ちゃんは何も言わなかった。振り向くこともできなかった。嫌な女になってしまう気がして。
 立花が立ち止まったのはこの前三崎くんと話した人気のないトイレの前だった。

「花ちゃんとは何もないよ。ちょっと相談受けてただけ」
「……」
「でも嫌な思いさせたのは謝る。何もないって分かってても、俺も三崎とヨリのことで嫌だったから」
「……ごめん」
「……ヨリ」

 立花が私を見て、微笑む。会うのは、触れるのは、2週間ぶり。たった2週間なのに、恋しくてたまらなかった。

「ヨリって実はすっごく俺のこと好きだよね」
「調子乗んな」
「乗るよ、だって、変装してまで俺に会いたかったんでしょ」

 抱き締められると、全てがどうでもよくなる。私は自分で思っている以上にきっと、この人のことが好きだ。

「キスしていい?つーか、抱きたい」
「……」
「無言イコール肯定だよね」
「ち、違うよ呆れてただけ、て、どこ触ってっ」
「ヨリのお尻最高ー!!!」
「声デカいわ!!」

 このトイレでするの、2回目なんですけど。もう、2度と会社には来ない。絶対!!!

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