図書室にて

 立花くんはその二日後に学校に来た。すっかり全快で爽やかに笑っている。……まぁ、私は遠くからチラッと見ただけだけど。
 あれから何だかモヤモヤしてしまっている。あれだけモテる立花くんのことだから、元カノはいて当たり前だし過去があってこその今だとも思っている。私のモヤモヤはかなり理不尽だ。そう、分かってはいるのだけれど。

「最近ヨリちゃん、日向のこと避けてるでしょ」

 一緒に帰ったりお昼ご飯を一緒に食べなかったり、立花くんが会いに来なかったり。気付かないはずがないのだ。寧々ちゃんはニヤニヤと笑いながら私に詰め寄ってくる。

「何かあった?日向に聞いても何にも言ってくれなくてさ」

 そもそも立花くんはあの日のことを覚えているのだろうか。すぐ寝てしまっていたから、熱で朦朧としていて覚えていない可能性が高い。私のモヤモヤは勝手に私が感じているだけでもちろん立花くんには無関係だし、あれ、じゃあ何で立花くんも私に話しかけてこないの。メールも電話もない。……あれ、もしかしてこれ振られるフラグじゃ……

「ヨリちゃん?ヨリちゃーん?」

 寧々ちゃんを見ると、寧々ちゃんは驚いたような顔をした。後から聞くと私の顔がものすごく青かったらしい。

「だ、大丈夫?!体調悪い?!」
「……寧々ちゃん」
「なに?!」
「何でもない。心配かけてごめんね」

 心配そうに名前を呼ぶ寧々ちゃんに反応することもできず、私はフラフラと自分の席に戻った。
 その日の放課後。私は一人で図書室にいた。図書室は静かで各々が自分の世界で違うことをしていて、誰も私のことなど気にも留めないから楽だ。この空間が好きで、私は一年生の頃から毎日のように通っている。
 今日は勉強する気分じゃないから本を読もうか。思いっきり頭を使って読める、そうだ、推理小説がいい。推理小説は図書室のちょうど真ん中の辺り、私は入口の辺りに席を取ったから少し歩く。この高校の図書室はとても広くて、奥の方はあまり人も来ないからイチャイチャしたいカップルとたまに遭遇する。まぁ、私には関係のないことだけど。

「好きです……」

 突然そんな声が聞こえて思わず足を止めた。関係がないと思った次の瞬間にこれだ。お願いだからもっと奥でやってほしい。私が目指していた推理小説の並ぶ列でその逢瀬はちょうど行われているらしく、思わずため息を吐いた。やっぱり今日は歴史ものにしよう。

「ごめん、俺君のこと知らないし」

 ……あれ?入口の方へ向かいかけていた体が固まった。

「それに彼女いるから」
「最近一緒にいるところ見かけないから別れたんだと思ってました。もしかしてあまり上手く行ってないんですか?」

 余計なお世話だよ。デリケートなところに突っ込むすごい子だな。
 上手く行ってない。そう言われればそうなのか。またズキッと胸が痛む。
 それにしても、私が知らなかっただけでこんな風に告白されることはよくあるのかな。たった三ヶ月ほどの付き合いで、私は彼のことを分かってきていたようなつもりできっと全然分かっていない。手は繋いだけど。きっと今告白している彼女には「だから何?」と言われてしまいそうだ。

「前の彼女さんとはもっとベッタリでずっと一緒にいたって聞きました」

 ……ヤバい、聞きたくない。

「今の彼女さんのことはそんなに好きじゃないんじゃないですか?」

 冷や汗が流れる。って、初めての経験かもしれない。何て答えるの?どうしよう。聞きたくない。怖い。

「相手が違ったら付き合い方が変わるのは当たり前でしょ」

 心なしか、さっきより立花くんの声がさっきより冷たい気がした。

「どっちにしても君みたいにデリカシーなくて人の心の中に土足で踏み込んでくるような女好きにならないから」

 あ、今多分ニッコリ笑ったな。何となく想像ができた。固まったままの私は、こっちに向かってくる足音が一つあることに気付きもしていなかった。

「……あ」
「っ?!た、立花くん、こんにちは」

 咄嗟に笑ったけどダメだ。引きつりまくり。

「ご、ごめん、立ち聞きする気は……」
「ちょっと話そう」

 立花くんは私の手首を掴んで歩き始めた。私の反論なんて聞く耳も持たなかった。まぁ、どうせ私の反論なんて「今から本読むから」とか「喉が渇いて」とかどうでもいいことだったけど。
 立花くんがやって来たのはやっぱり図書室の一番奥だった。蛍光灯の光も届きにくい、周りとは遮断されたような空間。
 少しだけ沈黙が走って。その後突然立花くんが頭を下げた。

「ごめん!」
「え?」
「俺、あの日暴走しました。ヨリちゃんに引かれても仕方ないと思います。ちょっと無理やりだったし」

 お、覚えてたんだ。立花くんが話しかけたりメールや電話をしてこなかった理由が、分かった気がする。立花くんなりに気まずかったんだ。

「うっ、いや、あの、それは全然、確かに恥ずかしいけど……」

 立花くんが顔を上げる。真っ赤になった私を見て、立花くんは驚いたような顔をしていた。

「もしかして、嫌じゃなかった……?」

 そう言われると、恥ずかしすぎて死にそうなんですが!嫌か嫌じゃないかと言われれば、それは確かに嫌じゃない。だって、好きだし。

「……ヨリちゃん」
「な、なに」
「抱き締めていい?」
「えっ?!」

 立花くんがそっと手を伸ばす。それだけでビクッと体が揺れる。でも、それは私が恥ずかしがっているだけだと、立花くんもきっと気付いただろう。

「会いたかった」

 耳元でそんなことを掠れた声で言われたら、もう反抗なんて出来ない。背中に回った手がぎゅっと強くなる。私はどうしていいか分からなくて、ひたすら自分の手を握っていた。
 立花くんとはこれで仲直りというか元に戻ったんだけど。私のモヤモヤの原因は全く取り除けていないことを、馬鹿な私はこの時すっかり忘れていたのだ。

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