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アレルヤというのは、わたしにとてもよくなついてくれた子で、人見知りで気が弱くて、よくわたしの背に隠れていた。

「スメラギ先生!」

最初のうちは友達のうしろにいたのだけれど、二人だけになると、少し話すようになった。よく女の子のような小さくて可愛らしい声で、わたしを呼んでくれた。
わたしの実習期間が終わったときには、アレルヤが小さくしゃくりあげながら離れなかったのを覚えている。大きな瞳にたくさん涙を溜めていて、こどもの弱々しく服の裾をひっぱる様子にわたしは後ろ髪を引かれる思いに押し潰されそうになった。

「スメラギ先生!」

驚いて竦めた肩に、遠慮がちな指先が触れる感触がした。







「僕のこと覚えてますか?」

本当におひさしぶりです。そういった青年は、はにかんだ笑みで続けた。
ふわふわ跳ねる毛先にまるで十年以上も前のことが鮮明に蘇って、公衆の面前であったが思わずわたしは彼を抱きしめていた。おざなりにわたしの腰に手がまわった。



昼時ということもあり成り行きで入った喫茶店で、あらためて向かいの椅子に腰掛けるアレルヤをまじまじと見れば、すらりと伸びた長い足を組む青年はもう、私の知っていた子供ではないようだった。
ぱっちりとしていた銀色の瞳は、鋭い切れ長のオッドアイになっていて(当時彼はアシンメトリーなそれを長い前髪に隠していた。)、顔も細く鼻筋が通ったものになっている。

「いま、身長いくつ?」

「182だよ。」

アレルヤはにこにこと笑っている。鋭利な雰囲気の無表情の時とは打って変わって、小さい頃と同じように人なつっこい笑い方をする。
かと思えば、わたしがこの歳(先ほど17だと言っていた)だったときにはきっとしていなかっただろう、優しく口端を上げた、落ち着いた微笑みをこぼすのだ。



「あんなに小さかったのに、もうこんなに大きくなっちゃったのね。」

「十年以上たってるからね。」

店に流れる囁くような声の女性の洋楽が、アレルヤによく似合っていて、またしても過ぎた年月の大きさを感じた。ふと、わたしの老いゆくばかりの身体に若かりし頃を思いだし多少切なくなる。わたしも今年で三十路を跨ぐのだ。

「先生、髪すごい長くなってる。」

わたしが黙っていると、アレルヤの方からきりだしてきた。

「ええ、似合わないかしら?」

腰あたりまでに届いているほどにのびた髪の毛先に触れた。先端はぱさぱさとして傷んでいる。

「そんなことないよ、前よりすごい先生綺麗。」

若い子にそうやって褒めてもらえるのは、純粋に嬉しい。アレルヤの言葉が嘘かどうかなどはさして関係なく、現実から逃避するつもりもない。

「嬉しいこと言ってくれるのね。」

「事実ですから。」

やはり屈託なくアレルヤが言うので、すこし照れた。
顔にすこし現れたのかもしれないそれを察せられる前にと、たいして気にもしていなかったことを問い掛ける。

「そういえば、
よく私だって気づいたわね。人も沢山いたのに。」

それもそうだ。本当に小さな子供の時の、僅かな時間を共に過ごしただけの中だというのに。
わたしがそう言うと、アレルヤは少し間を空けてから、緩く口角をあげた。

「先生は僕の初恋だったから。」

男にしては高めですこし、掠れた声が優しく零れる。忘れるわけないよと続けるアレルヤはわたしから視線を外していないのが、横目でわかった。
休日の今日こそシンプルな私服を身に纏ってはいるが、アレルヤはいつもならば学生服のこどもだ。そんなこと重々承知はしているのだが、顔をあげればそこにある顔に首もとから淡く熱を感じた。

「ほんとに嫌ね、この子ったら。」

ウェイターが運んできたランチがテーブルに並べられる。小柄なウェイターひとり分の小さな隔たりのあるあいだ、薄い唇が小さく揺れて、はつこいという柔らかい響きをなぞった瞬間が、わたしの中でスローモーションで流れた。
白い皿にガラス越しの日光が反射している。この時間が終わるまであと数秒。

正面にアレルヤをみる数秒後にわたしの脳がいそいそと思考を巡らせている。














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