少し肌寒くなってきた或る秋の日。お気に入りの黒いワンピースにワインレッドのパンプスを履いて散歩に出た。
いつもなら子供が走り回ったり、老夫婦が他愛もない話をしていたり…老若男女が居るはずの公園は珍しく誰もいなかった。ただ、公園の真ん中にある噴水だけがザアザアと音を立てている。
その噴水の近くの二人がけのベンチに腰を下ろして、暫くぼうっとしていると隣に誰かが座った気配がした。


「名前さん」
「どうしたんですか三好さん」
「一人で何をしているのかと思いまして」


ただの散歩ですよ、と言えば三好さんはそうですかとだけ返した。顔を動かさずに目だけで彼を見ればいつもと変わらず濃紅のスーツを身に纏っていた。


「その靴、履いてくれたんですね」
「せっかく三好さんが選んでくれたものじゃないですか」
「汚れたり傷がついたら嫌だと言っていたのに?」
「きっと今日は特別な日になるでしょうから」


三好さんのスーツと瞳の色に似たそれは、何時だったか一緒に街へ出たときに彼が記念です、と言ってわざわざ買ってくれたものだ。ちょっと背伸びするくらいの高さのヒールなのは、足を痛めないようにという三好さんなりの優しさだろう。
足元で主張するその紅を見つめていると「一度しか言わないのでしっかり聞いてくださいね」と声が掛かる。


「好きですよ」
「…ジゴロのお相手は御免ですよ」
「本気ですって」
「いつからですか」
「正確なお答えは出来ませんけど…一緒に街へ出たことがあったじゃないですか。あれより少し前からですね。記念だと言ってその靴を買って贈ったのは、僕が名前さんに好意を寄せていたからです。わざわざその色を選んだのだって、貴方を自分のものにしたいという独占欲みたいなものなんですよ、知らなかったでしょう?」
「そう、ですね…それにしても、てっきりはぐらかされると思ってたのに」
「もう、スパイではありませんから」


そう言った三好さんはきっと、いつもはキリッと釣り上がっているその眉を下げながら、どこか安堵したように笑っているのだろう。
重ねられた手はひんやりとしていた。


「私は、三好さんのこと、大好きですよ」
「おや。そう言われると嬉しいですね」


自尊心が高くて、時折人を小馬鹿にするような態度をとったりするけど、D機関の誰よりも私のことを気遣ってくれるところとか。どんな些細なことでも、その度に嬉しくて三好さんのことを好きになった。
だけど、言ってやらない。


「名前さん」
「なんでしょうか」
「ただいま」
「……おかえりなさい」


隣から三好さんの気配が消えたのと同時に涙が少しだけ溢れた。







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