イタリアと言えばジェラートが有名で、人気の観光スポットとして名高いココ──トレビの泉の周りにも、たくさんの屋台がひしめきあって並んでおり、その色とりどりの美味しそうなジェラートに目移りしてしまう。


「そこの可愛いお嬢さん、ほっぺたが落ちそうなくらいに美味しいジェラートがあるよ!」
「新入荷フランボワーズのジェラートが、たったの1.30EURO(ユーロ)だよ!!」
「そんなところのジェラートより、ビッグサイズで1EURO!」

熾烈な客引き争いが繰り広げられ、さまざな観光客でごった返す広場を、カイネはタクトに手を引かれ進んでいた。


「お嬢様、何かお食べになりますか?」

「いらない」

ふるふると首を横に振る度に、目深に被った麦わら帽子からこぼれ落ちるミスティローズの髪の毛が、ふわりと風に舞う。

広いつばの影に隠された意思の強そうな瞳が、一見儚げな彼女の印象に、凛としたたおやかさも加えていた。


まるで絵画から抜け出して来たようなその美しさに、道行く人々がみんな振り返る。だが、当の本人は注目される事に馴れているのか、全く気にする様子はない。


そして、花の甘い蜜に誘われてやってくる虫のように、何故か少女は身の周りに事件を呼び寄せてしまう特異な体質らしかった。


「Aspetta!(待て)」

それまで人々の賑やかな笑い声で埋め尽くされていた広場に、不意に怒号が響き渡る。

カイネが声のした方角に目をやると、一人の男が数人の警察官に追われる形で走っていた。人波をかきわけ、明らかに自分たちがいる方向へと向かって来る男を、カイネはどこかぼんやりとした気持ちで眺めていた。



「Dm7-G7-C……いや、ダメだ。これでは、あまりにも面白味がなさすぎる。何かもっと、一味違うアレンジを付け加えなければ……」

「……」

ふと何かに思い当たったように立ち止まり、ぶつぶつと独り言を言う彼の背中に身を隠し、カイネはその瞬間を狙う。

「やはりアウトにして、Dm7-Db7-C…ボイシングしてEm7-Eb7-Abm7……」

ドタドタと派手な音を立てて近付いてくるその足音が、絶対音感を持つ彼女の頭の中では、すべて音符に置き換えられる。


「品のないメロディだわ」

可愛い顔には似合わない、そんな辛辣な一言と共に、タイミング良く差し出された彼女の白く細い脚が、物の見事に走って来た男の足を引っかけた。

周囲から悲鳴とも歓声ともつかない声があがり、男が顔面から派手にすっ転ぶ。追い付いて来た警察官たちがもうすっかり戦闘不能になったその男を取り押さえている間、人々の視線は自然と二人に向かった。


「ジャーン……ジャジャーン…いや、今のは…ジャジャジャジャーン=c…っ、そうか!ベートーベンの運命≠ナすね!?お嬢様!」

「ええ、そう。ジャズの基本はクラシックよ、タクト」

何かを閃いたように興奮して喋る男と、今の一連の出来事など何も無かったように澄ました顔をする少女。



──得てして、この謎の二人組により、平和日和だった昼下がりのローマは、ほんの少しだけ騒がしくなったのだった。









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