1000hit記念企画 | ナノ

1000hit記念企画

もしかして記憶喪失?03
ティーポットを用意して、わずかに沸かした湯を中に注いでポットとカップを温め、またやかんの湯を沸かし、沸騰するのを待つ間に、はたと気づいた。今までの動作を無意識でやっていたことを。私は紅茶が好きだったのだろうか。戸棚を見れば、スパイスよりも多い紅茶缶がある。料理はそこまでしないのか。自分のことながら嘆息したくなる。

その後も深く考えずにお湯を捨てて、茶葉を入れて少し冷ました湯を注ぐ。ティーセット一式をお盆の上に乗せて、私の部屋のリビングに向かう。

「記憶をなくしても、紅茶をいれる腕前は変わらないんだね」
「そうねえ〜体が覚えているのかもしれないわ」

二人は紅茶を一口飲んで、ため息を付きながら茶菓子に手を伸ばす。マズいわけではないようで安心する。二人と同じようにルッスーリアさんが持ってきたクッキーをかじる。ルッスーリアさんは今日非番のようで、マーモンさんが呼び出したら喜び勇んでやってきた。クッキーは彼(彼女?)の持ち込み品だ。

「このクッキー美味しいですね」
「でしょう?特製よ」
「そうなんですか。美味しいです」
「甘いもの好きも変わらないわね」
「記憶を失っても、根幹は変わらない、か」

しみじみとした様子で話す二人。心なしか、二人が疲れているようにみえる。

「どうかなさいましたか?」
「いや、ボスの機嫌の話さ」
「XANXUS様の?」

私が彼の名前を呼ぶと二人は確かに微妙な表情になった。なにかまずいことを言ってしまったのだろうか。ボスの機嫌といえば、ベルフェゴールさんも確かボスの機嫌がどうこうと言っていた。私の記憶がないとボスの機嫌が何故悪くなるのだろう。

「……まあ君にもどうしようもないことだし、君ばかりを責められることじゃないからね」
「そうそう。あなたのペースで頑張ればいいのよ」
「なんだかご迷惑をおかけしているようで、すみません」
「いいのよ〜あなただけが悪いわけじゃないもの。気に病まないで」

はあ、と曖昧な返事をする私に苦笑交じりの微笑みを向けて、ルッスーリアさんは紅茶をすする。小指はピンと立っているのがなんというか、彼女(彼?)の個性を表しているように思える。

「ただまあ、スクアーロのことを考えるとずっとこのままではマズいんじゃないかな」
「そうなのよね〜このままだとスクちゃん、ボスの八つ当たりで禿げちゃうわ」
「禿」
「そうよ禿」

あの長い髪の毛が死滅している様を思い浮かべる。案外スッキリするのではないだろうか。そう言えば、二人はぎくりと体を強張らせ、顔を見合わせた。

「あれでも願掛けなんだよ。彼なりのね」
「そうよぉ〜。ボスがボンゴレ10代目になるその日まで髪は切らないってね」
「へえ。なんだかロマンチックですね」
「確かにそうだね。そして君からロマンチックなんて単語が飛び出てくるとは思わなかったよ」
「普段の私、一体どんなこと言ってたんですか……」

ルッスーリアさんはあら、と首をかしげる。頬に当てた手はなんだかゴツくてあんまり艶めかしさとかそういうのは感じられない。

「私はあなたのこと、意外とロマンチストだと思ってたわよ。だってあなた、昔別れた恋人がまた巡り合うような話好きだったでしょう?」

どっちが正しいのかさっぱりわからない。

「ムム。確かに色恋沙汰となると途端にロマンを追求する面もあったね」

本人の同意を置き去りにして話がまとまっていく。なんだろうこの疎外感。他でもない自分のことなんだけども。

「僕、一つ思いついたんだけど」
「なんですか?」
「凍死と溺死、どっちがいい?」

上司であろう人物に思わずはあ?という失礼極まりない声を上げてしまったことは許してほしい。でも、こんなことを聞かれたら誰だってこんな反応を返したくなるでしょう。

「どっちがいいかい?」

マーモンさんは有無を言わせぬ口調で私に問いかけてくる。私は、熟考の末に、選択した。

*

寒い。すごく寒い。

私は、初めて幻術にかけられていた。マーモンさんの顔が失せ、空洞だけになった彼のフードから吹雪が流れ込む。部屋の中にいるはずなのに、みるみるうちにソファやテーブルは氷漬けになった。逃げることは出来ない。どこからか現れた鎖が私を縛ってしまったからだ。

なんでこんな目にあっているかというと、それは数分前に遡る。

「どっちがいいかい?」
「待ってください!話が読めません!!」
「記憶を失ってもなお、君の根幹は変わっていない。だから、根幹に働きかけて記憶を呼び戻す」
「それが凍死か溺死ですか?」
「そうだよ」

さあ、選ぶんだ。マーモンさんは無情にも選択を迫った。私は助けを求めるべく周りを見たけれど、頼みの綱のルッスーリアさんはというと、どこかに行ってしまっていた。裏切り者!

そして、今に至る。

「寒いです」
「当たり前だよ。寒くしてるんだから」

それとも、今から溺死に変える?そう彼に聞かれて首をブルブルと振る。溺死体は嫌だ。

寒い。前にもこんなことがなかったか。記憶は相変わらず霧の中で、到底戻りそうにない。本当にこれで戻るのだろうか。凍死するほうが先なんじゃなかろうか。というかどういう根拠でこれ選んだ。もしかして過去にあったという遭難やらなんやらから選んでるのか。

すでに指先は動かなくなっている。おそらくペンは握れない。足の先もすでに感覚がない。呼気さえ震えてしまいそうな寒さ。あの、容赦がなさすぎませんか。

もしこれが前にあった災難の再現だとすれば、前にこんな目にあったときは自分はどうやって脱出したんだろう。寒い。誰か。悲しきかな、こんなときに呼ぶ名前すら浮かばない。確かにあったはずなのに。

私は、名前も知らない誰かを呼んでいた。何もわからないままに。

すると、乱暴に私の部屋の扉が開けられた。ずかずかと入ってくるのは、XANUXS様だ。私はその姿を見て不思議な安堵に包まれていた。来てくれた。いつも、そうだった。いつも、私が危ない目に遭うとどこからともなく現れて、私を助ける。やっていることは暗殺というヒーローとは程遠いことなのに、彼は私にとってヒーローのような存在だった。

……いつも?

どうしていつもなんて、私には記憶が無いのに。

「おい。マーモン。勝手に行動するな」
「仕方がないじゃないか。このままだといつまでたっても思い出さないよ」

吹雪の発生源と私の間に入り込むXANXUS様。指先さえ凍りつく様子が見えない。幻覚が効いていない……?

「XANXUS様……?」

呼びかけると舌打ちをして私に振り返った。そして私を縛り上げる鎖をいとも簡単に引きちぎった。引きちぎられた鎖は紙になって風に吹かれるままに床を流れていく。あの鎖も幻覚だったんだ。

「出るぞ。んな荒療治、効果なんざあるわけねえ」
「ム。事態が動けばいいと思ったんだけどね」

彼が私を抱え上げたところで、強烈なデジャヴを覚えた。いや、これは思い込みのなせる技でも何でもない。実際にあったことなんだ。そしてこの状況はやっぱり、私の身に起きたことの再現……。

頭に今まで感じたことのないほどの強い痛み。思わず頭を抱えて呻く。奔流のように記憶が次々と浮かぶ。

「おい、どうした」

激痛に意識を失う寸前、僅かに開いた目に映ったのは赤。……ボスの目。

*

目を覚ますとまた、白い天井。身を起こせば周りには医薬品。頭に手を当てると包帯。そして、

「目が覚めたか」
「ボス」

彼がいた。吹雪の中から自分を救い出してくれたボスが。
彼は呼称が変わったことにわずかに目を見開き、思い出したのかと問うてきた。頷けば、彼は笑んだ。心底嬉しそうな、そんな笑顔。珍しい。

「ご迷惑をおかけしました」
「全くだ」
「どうして来てくださったんですか」
「ルッスーリアのカスに呼ばれた」

なるほど、真っ先に姿を消したのはあの元アルコバレーノの幻術の餌食から逃れるためだけでなく、ボスを呼ぶためだったのか。心の中だけと言えど裏切り者などと言ってすみませんでした。ひっそりと彼に謝っていると、ボスに頭を撫でられた。

「軽い凍傷があるがすぐに治る。跡も残らん」
「はい」
「いい機会だ。対幻術訓練でもするか」
「私本当に非戦闘員なんですかね」

思わずぼやくと、思いっきり睨まれた。今受けている訓練を指折り挙げていく。射撃訓練、徒手格闘訓練、銃を用いた格闘訓練、閉所戦闘訓練、語学訓練、サバイバル訓練。ざっと挙げられるだけでこんなものだ。これにまた追加されるのか。いや、仕事自体は9時5時という健全極まりない職場だから、訓練の時間はあると言えばあるのだが。

「何言ってやがる。マーモンの全力でもねえ術にあっさりかけられやがって」
「あれで全力じゃない」
「そうだ。あれでまだ半分も出してねえだろうな」
「ゾッとしますね」
「だから訓練するんだ。わかったな」

ある程度は自分で身を守れ。ボスはこういいたいのだろうな。軍隊に残っても、きっと訓練漬けの日常はさほど変わらなかった。だから訓練というワードに慣れているが、余暇が少なくなるのは辛いな。

「うまく出来たら褒美をやる」

だというのに、この男の口づけ一つで丸め込まれてしまうのだから私も大概彼に弱い。
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