1000hit記念企画 | ナノ

1000hit記念企画

もしかして記憶喪失?02
あれからXANXUS様はご自分のお部屋に戻られて、私はメイドさんに私が使っていたという部屋に案内された。以前の私はあまり部屋を飾ることに興味がなかったのか、それとも部屋をいじる時間がなかったのか、備え付けの家具の他には黒いスチールの防湿庫が置かれているだけの無個性な部屋だった。料理は趣味ではないのか、ミニキッチンに置かれている調理器具は異常に少ない。その代わりなのか、紅茶缶はやたらとあった。そこそこ高級そうな茶葉が混じっているあたり、ちょっとした茶道楽だったらしい。

防湿庫の中にはデジタル一眼レフと呼ばれるカメラと、真新しい中判ミラーレスカメラ、そしてそれらの交換レンズが収められていた。これだけ揃えるのにいくらしたのだろうと身震いしてしまいそうになる。部屋に飾りっ気がないのは趣味にお金をつぎ込んでいるせいでそっちに回すお金がないからなのかもしれない。

防湿庫の鍵を開けて、二つのカメラのデータを覗いてみると、街角、鳥、花、空、水面など他愛のないものがほとんどだった。写真の良し悪しは今ひとつわからないので、講評はしない。ただ、自分がファインダー越しにこの世界を覗けばまた別のものが撮れるのではないか、と思った。

寝ていろ、とは言われたが、部屋でじっとして寝ていても、何かを思い出せるようには思えない。私はカメラを首から下げて部屋を出た。保安上問題があると考えたのかこの建物やここにいる人の写真は一切なかった。私もそれに倣って建物を写さなければ多分大丈夫だろう。

*

写真を撮る。撮り方は覚えている。ピントの合わせ方も露出も、全部。だけど、それを知った経緯は思い出せない。なぜ写真という趣味を持つに至ったのか。少し考え込む私に声をかける人が居た。

「お、なまえじゃん」
「こんにちは」
「……オレの名前、分かる?」
「すみません。分かりません」
「マジかよ」

きれいな金髪とティアラが陽光にきらめく。目元は長い前髪に覆われて見えない。まだ少年と言ってもいい年齢に見える。誰だろうこの人。私の名前を知っている様子からして、多分知り合いだったのだろうが。

「オレはベルフェゴール。王子って呼べよ」
「ベルフェゴールさん」
「……まあいいや。んで、こんなとこで何してんだよ?」
「部屋にカメラがあったので写真を撮りに」
「ふーん」

見してみ、彼はそう言うと、私の手からカメラを取り上げてぴっぴっ、とデータを見ていた。彼はすぐに写真を見終わったのか、ポイとカメラを投げ渡してきた。なんとかそれをキャッチしたけど、落としたらまずかった。これ、そんなに安いカメラじゃなかった気がするのだけど。

「つまんねー写真」

自分がどのような思いを込めて取った写真かはわからないけれど、その言葉は胸に突き刺さった。私は小さく呻いて黙り込む。

「もちっと面白い被写体探せよ」
「例えば、どのような」
「死体」

この人に聞いたのが間違いだったのだと思った。たしかにデータの中にある写真は面白みのない被写体ばかりであることは間違いない、それでも死体は面白いものに入るのか。どちらかと言うと不愉快なもの、不謹慎なものに入ると思う。

「つーか、オマエ、ここどこかも忘れてんの?」
「いえ、それは教えてもらえました」
「んじゃ、そういうこと。パンピーの普通は当てはまんねー奴らしか居ねえよ」
「私は……?」
「パンピーに毛が生えた程度のドン臭いやつ」

鈍くさい、この言葉をXANXUS様にも言われたことを思い出す。初歩的な罠、鈍くさい、上司……。もしや。一つのひらめきが頭の中を駆け巡る。少し考えてそれを口に出してみる。

「もしかして、XANXUS様がいってた、トラップに引っ掛けた上司って」
「オレ」
「あ、そうなんですか」
「遊びのつもりで廊下に誘導したらトラップで頭打ってやんの」
「なるほど。わかりやすい説明をありがとうございます」

そうか、あんたのせいか。しししっとどことなく邪悪さを感じさせる笑みを浮かべる顔面を殴りたくなる衝動を、拳を強く握ることでこらえる。落ち着け、この野郎は上司だ。たとえ無邪気さなんぞ欠片ほどもない上司だとしても、彼は上司だ。殴るな。落ち着け。

「んで、オマエは記憶全部落っことしてんの」
「そうみたいです」
「ボス絶対機嫌悪いじゃん。オレ今日はボスのとこ行くのやーめた」
「?」
「組織ん中でエラくなると書類が増えんだよ。メンドくせー」
「出さないほうが怒りそうですけどねあの人」

どうしてか分からないけれどそんな気がした。知らないはずなのに、知っている。不思議な感じだ。

「へーきだろ。主に被害被んのスクアーロだし」
「スクアーロ」

スクアーロと聞いて、ぱっと脳裏に鮫が浮かぶ。でも多分この場合のスクアーロは違うんだろう。

「本当にすっぽ抜けてんじゃん。スクアーロはウチの副隊長だぜ。ま、いつかオレが副隊長になんだけどな」
「はあ」
「すげえうるせえヤツ。オマエがオレらの中だと一番話すのアイツだから、声聞いたら思い出すかもなっ」

なんだか説明になっているようななっていないような、そんな説明をしてもらった。なんだここの上層部は説明をしない人が多いのか。

考え事をしていると、中庭全体を揺るがすような大声。肩を思わず震わせると、しししっとベルフェゴールさんが笑った。声の方を見れば銀色の長い髪を揺らす男性が居た。なぜ男性と思ったかというと、怒鳴った声が紛れもなく男性だったから。

「噂をすればってヤツ?」
「そうかもしれません。それより」
「あの声はいつもだから諦めな」
「そうなんですか……」

そんなことを彼の音量よりも遥かに小さな声で話し合っていれば、どんどん彼は近づいてくる。まるで剣のように目付きの鋭い男性だ。背は高い。こんな暖かい日に黒い革手袋をしていることが気になった。あと銀糸のような髪の毛の一部が黒くなっている。染色に失敗という感じでもないさそうだ。そして彼の髪の毛は所々が太陽の光を鋭く反射している。……よく見たらこれガラス片だ。一体何があったんだろう。

「なまえじゃねえか」
「あ、はい」
「聞いたぜぇ。記憶すっぽ抜けたんだってなぁ」
「すみません」
「謝るべくはそこのカス王子だから気にすんなぁ!」

まあ、記憶喪失の発端を作ったのは紛れもなく彼だから間違いではないだろう。でも、今回は避けきれなかった私にも非がある気もする。当のベルフェゴールさんはしししっと悪びれもしない笑みを浮かべている。さっきからずっと思っていたけれど、この人見た目は割りと無邪気そうなのに中身かなり邪悪じゃないか?邪気の塊じゃないかこの人?

「ベルてめえ、ボスさんが呼んでたぜぇ!さっさと行けぇ」
「ゲッ。マジかよ」

じゃーなー。突然現れた彼は自分のやりたいことだけをやって何処かへ行った。嵐のような人だった。多分、ボス、XANXUS様のところに行くんだと思う。

「ったく。あの程度も避けられねえとはたるんでんぞぉ」
「すみません」
「過ぎたもんは仕方がねえ。さっさと思い出せ。じゃねえとボスさんの機嫌が悪くてたまらねえ」
「その黒いのどうしたんですか」
「インクだぁ。投げつけられた」
「……できるだけ早く思い出します」
「そうしろぉ」

頭に痛そうなものが直撃したと言う割にはしっかりとした足取りで去っていくスクアーロさん。頑丈だなあ。普通の人ならあんなインク壺が粉砕されるような威力の投擲食らったら死ぬ。死ななくても自分みたいに気絶する。

「……行こう」

ここで写真を取っていても仕方がない。収穫はベルフェゴールさんが元凶ということが分かったぐらいだ。カメラを部屋に置いてどこに行こうか、今日自分が引っかかったというトラップ廊下の存在から、無闇に歩き回らない方がいいだろうか。

とはいえ。

自分の部屋がわからないのは致命的だ。迷子。そんな言葉が、脳裏をよぎる。というか、こんな地雷がどこに埋まっているかも分からない場所でどうやって中庭出られたんだ。運良すぎないか。運が良すぎて今日の文の運を使い果たして今ここで立ち往生しているのか。

ええいと足を踏み出したところで、声をかけられた。今日はやたら声をかけられる日だなあと思いながら振り返ると、大男が居た。まるで天をつくような、と表現できそうなほどでかい。平均よりもでかい部類だという私よりも大幅にでかい。いかつい顔の男性は私に話しかけてくる。

「ぬ、貴様、まだ仕事中ではないのか!?」
「えっと、XANXUS様から今日は休んでいろと言われたのです。……トラップに引っかかって頭を打ったらしくて」

XANXUS様、のところで、男性は片眉を上げた。あれ、なんか変だっただろうか。

「らしい?自分のことだろう」
「えっと、私、自分のことを覚えていなくて」
「記憶喪失か」
「はい」
「遭難、難破、高熱、溺死寸前の次は記憶喪失か。貴様はボスにどれだけご迷惑をおかけするつもりなのか!」
「すみません」

難破ってなんだ難破って。高熱は分かるけど難破ってなんだ。溺死も遭難も意味がわからない。本当に補給班なのか。実際のところは前線部隊に突っ込まれているんじゃなかろうか。突っ込みたいことは山ほどあるけれど、ぶつぶつと何かを言っているこの人には通じるか微妙だ。

「オレはボスの元へ行く。……貴様の部屋への安全なルートは伝える」

こちらの話を聞きそうにない人だなと思っていたのだけど、どうやら私が迷子になっていたことを察していたらしい。私は口頭でルートを伝えられ、部屋に無事辿り着いた。

「ム。ボスに部屋にいろって言われなかったのかい?」

私の部屋の前で赤ん坊が浮いて喋っていた。頭の上には白い蛇が自分の尾を噛んで浮いている。ただこれだけでこの状況の異常は分かるだろう。思いもがけない出来事にポカンとしていると、何か思うところがあったのか、彼(彼女?)はため息を付いた。

「まあ、部屋でじっとしていろっていうのが無茶だからね」

どうだい?人をもう一人呼んでお茶会でもしないかい?

どこの誰かはわからないけれど、取り敢えずこの赤ん坊は悪い人じゃないらしい。それだけわかれば十分だ。私は、笑顔で頷いた。
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