短編集 | ナノ
顔面をボッコボコにされた近藤さんが戻ってきた。その顔を見るに、案の定志村邸に不法侵入して家主にタコ殴りにされたらしい。なんであんだけ殴られてもまた行くのかね。

「おっ、君がとっつぁんの言っていた全身義体の女の子か!俺は近藤勲。この真選組で頭をやっている。明後日からよろしく」
「みょうじなまえです!よろしくおねがいします!」
「うん!元気があってよろしい!ちなみに、剣術とかは……」

なまえの目玉がぎこちなく動き、あらぬところに視線が吸い寄せられていく。無意識の癖か指がもじもじと動く。

「あの、研究所の人達からは、どのように学習するのか、その記録を見せろって言われていて。その中には義体での戦闘記録も含まれていまして」
「つまり?」
「すみません!リハビリばっかりで剣なんて一度も握ったことがありません!」
「えええ!!!」

なるほど。全身義体の貴重な適合者が俺達なんかに任されるわけだ。いくら稀有な人間でも、戦い方も知らねーズブの素人を迎え入れるほど、見廻組は甘くない。大方、とっつぁんが条件を提示した段階で見廻組は拒否。幕軍は喉から手が出る程に欲しがるだろうが、設備面でも政治面でも、とっつぁんが許可しないだろう。そこで、俺達ならまあなんとかなるだろうと思われたか。ちょうどよく俺とコイツは知り合いなのだし。

こいつァ面倒な事になりそうだ。

*

「何なんだアレは……」
「確かにあんなポンコツ、機械からくりじゃねーな」
「人間っぽくてカワイイと俺は思うぞ?」
「カワイイじゃ仕事にならねーんだよ近藤さん……」

数日後。俺は頭を抱えていた。懸案はもちろんなまえだ。

竹刀を振らせてみれば、まあそのへんの浪士の方が間違いなくうまいだろう腕前。銃やバズーカも同様。格闘技をやらせてみても、ウエイト以外に全く有利な点がない始末。走らせてみるとそこそこ速いが、あの馬鹿力と重量だと下手に被疑者確保させたら死人が出る。

警官としては正直、役に立たない。それが俺の結論だった。おそらく総悟も同じ意見なのだろう。

「唯一の救いは、書類の整理が得意って事だな」
「いや、ほんと凄いなこれ。ほとんどトシの筆跡じゃないか」
「字の形と筆圧と炭の量に、俺の返答ルーティンやら諸々を完璧にトレースしたとか何とか。俺は判子押すだけだったよ」
「いーなー。俺も仕事手伝ってほしーい」
「っかしーなー。俺が回してるのはそんなに多くないはずなんだがなぁー。アンタ、書類やらずにストーキングしてるとかそんな事ないよな」
「なっないよ!!これには深いわけが」

どうせストーキングだろうが!とは思うが、アバタもエクボというし、ああしてお熱の内は俺達が何を言おうとどうにもならないだろう。どうしても近藤さんの確認がいる書類以外は俺がやるしかねーか。ちょうどよく、高性能な秘書もいることだし。

「困りまさァ。土方さんに嫌がらせするために書類増やしてるのに、半日もせずに全部片しちまうたァ」
「やっぱあの数は俺への嫌がらせだったのか」
「いっけね。口が滑っちまいました」
「それはそれとして、この前の茶屋半壊の件の始末書出せよ」
「あ、見回りの時間なんで行ってきやす。あのポンコツに潰されて死ね土方」
「ドブ川に流されて死ね沖田」

いつも通りの捨て台詞を残して総悟は局長室を出ていった。どうせアイツの口からはロクな案が出てこないだろうから、別にいなくても困らねェ。

「まあ、まだ若いんだし、これから稽古で覚えていってもらえばいいさ。研究所もそのつもりで送り出したんだろう?」
「俺達はそれでよくても、隊士が問題だろ。ただでさえ女で、機械みたいな見た目だ。どうしたって浮くのに、戦闘面じゃ全く使えねえとなったら、連中がタダで置くかね」
「それは俺達が気をつけてあげればいいだろう」
「四六時中アイツにくっついてろってか?あっちこっちから絡まれるアイツをその都度助けてやれと?」
「それは」

近藤さんが反駁しようとしたところで、いきなり障子が開いた。早々に戻ってきた総悟に手首を握られているのは、今議題に上がっている小娘。総悟の顔があからさまに不機嫌だ。そらみたことか。

「近藤さん、土方さーん、コイツ、ウチの隊のバカに絡まれて廊下のど真ん中でズボン下ろしてたから連れてきやした。俺ァバカ共シバいてくるんで、近藤さんと土方さんはコイツをお願いします」
「何やってるのお前!?」
「『どうせ副長に股開いて〜』って言われたから、『交接機能はないです』って返したら、『じゃあ見せてみろよ』って言われたので、ズボンを下ろしたのですけれど……」

駄目でしたか?そう宣うなまえに、俺は近藤さん共々絶句した。いや、ガキみたいなことを言った連中にもそうだが、それ以上に問題なのは、言われて脱いだこの大馬鹿娘だ。つーか研究所の連中も連中だ。性器くらい最低限つけてやれよ。あと簡単に脱がすな。人間の女だぞ。

「言われたからって見せちゃいけません!!」
「ここは研究所じゃないから、他の連中に脱げって言われても脱ぐな。いいか、絶対に、脱ぐな」
「でも、画像に記録した場合、法的に修正するべき部分は一つもありませんよ?」
「そういう問題じゃないの!とにかく、女の子がむやみやたらと肌を出しちゃいけません!!」

懸案が一つ増えた。コイツ、外の世界のこと殆ど知らねーから俺達と感覚が違うのか。いや、それだけじゃねェな。コイツの生身は脳みそと脊髄、金属で包まれた両者をまとめて脳殻というらしいが、そこだけだ。コイツの感覚では、脳殻の内部が露出する事のみが裸なのかもしれない。

「女の子、ですか」
「そう!女の子なんだから」

注意された本人はといえば、目を丸くしたかと思うと、ほころぶように笑って、頷いた。一体なにが嬉しかったっていうんだ。分かんねーな。まあ、ああやって笑ってるなら、多分悪いことじゃないんだろ。

「まあいい。これから毎日俺が鍛えてやるから覚悟しとけよ」
「はい!頑張ります!」

新入隊士でもめったに見られない程に目を強く輝かせて意気込むなまえ。無知ゆえに恐れを知らない輝きだ。その顔が眩しく見えて、目を眇めた。いつもそうだ。コイツを見る度に、自分がなくしたものがあるのを見つけて、目がくらみそうになる。

ああ、可能性っつーのはこんなにも――。

*

数日後。まだなまえは白眼視されてはいるが、少しずつ、真選組に馴染み始めていた。その証拠に、俺達以外と会話をすることが増えた。近藤さんが隊士を集めて『なまえちゃんはれっきとした人間なのだから、女性として扱い、礼節を持って接すること』と命じたのが効いたらしい。

少なくともここ数日で脱がされたとかいじめられたって話は聞いてない。その代わり、隊士共は水面下でなんか言い合ってるらしいが、こればっかりはどうにもならねェ。

「違う違う!剣ってのは、小手先で振るもんじゃないんだよ!こう!」

近藤さんが竹刀を振り回しているのを、なまえが模倣している。だが、どこか動きは硬い。あの様子じゃ、まだまだ実戦は無理だな。

とっつぁん曰く、あんまり無理をさせて義体を壊すような事があれば、それがトラウマになる事も考えうるんだと。いくら生身の部分が脳みそと脊髄だけとはいえ、脳殻が無事であれば良いとは言えないらしい。そこは生身の人間と変わらないな。つーことは、うかつに戦場に放り込めばアフターケアが面倒になるって事か。

「近藤さん、どうだ?」
「いかんせん、全身義体の子に剣を教えるのははじめてだからな……生身とはまた感覚が違うんだろうなきっと」
「だから連中も匙を投げて、実際にやらせた方が早いって思ったんだろ」
「こうさ、義体を制御するソフトウェア?に直接書き込んだら、稽古なしにいろんな事ができそうなんだけど、そうも行かないんだな」
「書き込むデータがないんですよね、お恥ずかしながら。わたし達は生身の人が感覚で制御しているものを、すべて数値化して制御していますから……」
「えっと、つまり、その数値が未だにわからない、と」
「そうなんです……」

曰く、いろいろなアプローチで各分野のプロフェッショナルの体の動かし方のデータを集めてはいるようだが、実戦投入となると、まだまだ厳しいものがあるらしい。スポンサーに成果を見せるための演舞なら、まあなんとかってとこだと。確かに、奴の義体に放り込まれたデータは演舞でしかなかったな。

天人が来てからのこの国の歴史をすべて0と1で表示されたことを思い出す。あれは人間には理解できないものだった。コイツが見ているものは俺達と同じようで、違うのだ。その隔たりは、どうやって埋めたもんかね。

「なるほど。となると、あー、ロボットや、君のような全身義体に、実際に動作をやらせて、それを記録した方がいいってことか」
「そうなんです。その記録係がわたしです」
「そうか。ということは、なまえちゃんが全身義体の人の未来を担っているんだな」
「――はい」

技術の不足を天性のもので補い、人間と機械の間に立つなまえ。その存在が、おそらくは次の、そのまた次の人間の礎となる。確証はないが、コイツや他の適合者のデータを元に、何世代か後の全身義体はより広い対象に適合できるようになるのだろう。

細い肩にのしかかったものは、その持ち主の体重よりも遥かに重い。だというのに、なまえは重さを感じさせない快活な表情で笑った。

「では、続きをお願いします!」
「おう!」

それからしばらくつきっきりで剣の筋を見てやったが、これは一朝一夕でどうにかなるもんでもないだろうな。気がつけば、時間は流れ、道場に赤い光が差し込んでいた。隊服姿の総悟が、道場の入り口からひょっこりと顔を出している。

「近藤さーん、土方さん、そろそろ飯の時間ですぜ」
「ああ、そうだな。なまえちゃんは、」
「気を遣わないでください。お食事、楽しんできてくださいね」
「ああ」

近藤さんは明らかに後ろ髪を引かれている様子で、俺と総悟と連れたって食堂に向かう。

「なんつーか、かわいそうだよなあ」
「飯が食えないことか?見た目の事か?」
「その、ないことも含めて、全部だよ」
「…………」
「ここ数日、あの子を見てて思ったんだけどさ。裸を恥ずかしがらなかったり、服の換えがないことを気にも留めなかったり……こう、人間らしさっつーの?そういうのが殆ど無くなっちまってるんじゃないかって」

数年前を思い出す。そうだ。アイツは、自分の体が不格好だと不機嫌になっていた。それが今ではどうだ。近藤さんが言う通り、アイツには人間の自覚が足りない。確かに体は機械で、性器がついてなくて、飯も食えない。そんな体でも、アイツには一つの人格がある人間だ。魂を持つヒトであることには違いねェ。

「あの子がいた研究所の連中は、そんなこと考えもしなかったんだろう。だから、せめて俺たちだけでも、あの子が人間だって言ってやらねーと、あの子は生きながらにして機械になっちまう」
「……そうだな」
「でも、近藤さん、もし仮に魂を持った機械がいたとして、ソイツとアイツ、どっちが人間だと思いやす?」

幼い頃からろくすっぽ寺子屋に通わなかった総悟。奴に学はない。だが、学力と知能には相関関係があるんだかないんだか、時折こうやって物事の本質を突く事があった。今回の問いかけも、奴の剣技のように鋭い。近藤さんは足を止めて、腕を組み、真剣に考えた。

「俺は、どっちも人間だと思う。魂があるのなら、その体が生身だろうと、機械だろうと、関係ない。俺はお妙さんの体がぺったんこだろうとなんだろうと、彼女の輝きを愛しているからな!」
「誰も志村の姐さんの話なんてしてませんぜ。でも、アイツ、魂あるのかな」
「あるに決まってんだろ」
「俺達ゃアイツの脳殻の中を見たわけじゃねえ。あの中に本当にアイツが入ってるとも限りませんぜ」
「…………」

つい先日、数年ぶりに再会した時のことを思い出す。アイツは、笑顔で『正義の味方になりたい』と口にした。さらにずっと昔、アイツが生身だった頃に研究室で見たのと同じ笑顔。それが、別のなにかだなんざ、考えたくもなかった。

*

飯を食べ終え、書類に判子を押し、廊下に出ると、未だに道場に明かりがついていた。熱心な隊士もいるもんだな、ちょうど暇だし稽古でもつけてやるか。そんな出来心で道場に顔を出すと、そこにはなまえがいた。

「お前、まだやってたのか」
「あ、トシさ……副長」
「今は役職じゃなくていい」
「ありがとう、トシさん」
「で、どうなんだ」

素振りをやらせてみれば、はじめて竹刀を握らせた時よりは大分マシな動作だ。俺達が飯食って仕事してる間に、何度竹刀を振っていたんだろうか。

「やっぱり振りが遅いな。右手に力が入ってる。右はそえるだけだ」
「添える、添える……圧力を最低限に」

へロリと剣先が落ちる。そうじゃなくて、と手を握ってガイドするが、今ひとつ感覚がつかめねェらしい。

「そういえば、お前、五感はどの程度あるんだ」
「視覚と聴覚はある!」
「それ以外はないんだな」
「うん。あ、でもねでもね、手のひらの圧力は感じられるから、物を握るのにそこまで支障はないよ」

味覚、触覚、嗅覚がないのか。

テレビかなんかで、医療は生活の質を向上させるためにあると聞いた。ヒトがヒトらしく生きるためのものが医療なのだと。

欠けた五感、性器、人間としての自覚。これのどこが、ヒトらしいというのか。コイツに施されたものは、果たして医療なのか。知らず眉間にシワが寄っていたらしい。下の方から、なまえの不安げな声に呼ばれた。

「明日、お前は非番だ」
「え、でも勤務表だと」
「いいんだよ。俺が言っておく。それで、買い物でも行くか」
「知ってる。それ職権濫用っていうの」
「やかましいわ」

コイツがヒトらしくあるためには、不足しているものが多すぎる。そして、困ったことに、コイツにはその自覚が乏しい。だから、俺達にどうにかなる範囲で、手を貸してやろう。

まずは、買い物だな。

何を買うか適当に頭の中でリストアップする俺の顔を、なまえは不思議そうな顔で見上げていた。
剣を磨き、魂も磨き上げろ
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