短編集 | ナノ
なまえと名乗る小娘をなんとか助け出し、引き渡したはいいが、便りは一切来なかった。手紙の一通くらいあってもいいんじゃねーか。そう思いながら道場で竹刀をぶん回し、連中と他愛のないやり取りをして、日々を過ごす。その内に、小娘の事が夢かなにかのように思えてきた。だが、未だに研究所の跡地は焼けたままだ。

そうこうしている内に、武州を飛び出していた。焼け跡を見ることも無くなって、いよいよ小娘が一夜の幻のように思えてきた頃、思わぬ形で再会した。

武州を飛び出して数ヶ月。浪士組が幕臣に取り立てられて真選組になり、そこそこ実績を上げはじめた頃。俺は仲間を連れて市中を見回っていた。のだが、横付けされた車に無理やり載せられ、目隠し耳栓の厳重さで連れ去られた。耳栓をされる前に鼓膜を震わせた近藤さんの呼び声が、なかなか耳から離れない。かなり心配されてたな。

「ようトシぃ」
「とっつぁん?」
「悪ィなこんな手荒な真似しちまって」
「どういう事か説明してもらえねーか」
「うーん、おじさん聞かれたから説明すっけど、お前に理解できるか?」
「内容による」

とっつぁんに耳栓もといイヤホン越しに軽く説明されたが、よく理解できなかった。義体いわゆるサイボーグを研究している施設で、俺に会いたがっている奴がいるとは辛うじて理解したが。

「今はすげー姿だけど、あんまり驚くなよ。おじさんはあの位の子の父親だけど、ほんっと複雑だから。ちょっとした事で『パパなんて嫌いでありまする』とか言われちゃうから。いやおじさんは言われてないけどね」
「アンタは税金でのキャバ通いを直せばちょっとはマシだろ」
「それは無理」
「じゃあ永遠に嫌われ続けるな」

さて、ガキでこんな研究所にいて、俺を指名するやつなんて一人しか心当たりがねーな。……アイツ、生きていやがったか。相変わらず暇してんだろうな。

「なにニヤニヤしてやがるんだ気持ち悪い」

キャバ嬢に入れ込んでるやつにだけは言われたくない。

車から降ろされ、武器と通信機器を取り上げられた上で、目隠しされて囚人のように腕を組まされ連行される。なかなか屈辱的だが、国家の最高機密の塊とあっちゃ仕方がない。俺は所詮芋侍だ。本来ならば、ここに入れる事そのものがイレギュラーなのだろう。

「扉が閉まる音がしたら目隠しを取ってもいいぞ」
「面会時間は10分だ」
「おかしな動きをすれば即刻銃殺だ」

言いたい事をいって俺を連行した奴らは立ち去った。銃殺は御免こうむるのでおとなしく指示に従う。

しばらく光を見ていなかったせいで視界が白い。……いや、部屋は真っ白だから、色の認識はできていたのか。

ガラスの向こう側に、それはあった。

半球状のケースにS字に湾曲する細長い物がついていた。S字のなにかは、地面に向かって伸びて、先に行くほど細い。昔、なにかで人体の構造を見た事がある。これは人間の脳みそと脊髄だ。それだけがケースに収まって、多数のケーブルに繋がっていた。

「なまえ、か?」
「はいっなまえです!……といってもこの姿じゃよくわからないですよね」

残り時間を表示していたモニターから数字が消えたかと思うと、漫画のようにデフォルメされたキャラクターが画面の中から俺に手を振っている。一応それっぽいところは押さえてあるのか、なまえによく似ている。特にアホ毛が。

「じゃじゃーん!こんなアバターを作ってみました!これならよくわからないケースに向かってしゃべるよりもいいかなって」
「いいのかこんなところ見られて」
「うん?記録できてないから大丈夫だよ。音声は適当なデータを突っ込んで、映像は1秒ループ。念には念を入れて各種センサーもハック済み。痕跡も抹消する予定」
「やっぱなまえだなお前」
「えっへん。セキュリティシステムのクラックはバレるとマズいからね。能ある鷹は爪を隠すものなのだ」
「お前は脳しかないだろうが」
「わっうまい!一本とられちゃった」

モニターの中のなまえみたいな奴がころころと笑っている。

「本当はね、もうちょっとサマになる格好でトシさんに会いたかったんだけど、ここの人によると、次の段階で適合できた知的生命体はほぼいないみたいで」
「次?」
「今は体があれしかないでしょ?だから機械の体を作ってもらって、わたしが動かすの」
「難しいのか?」
「機械と生身だと使う言葉も何もかも違うの。例えば――これ、わかる?」

アバターとやらに代わってモニターに出てきたものは、0と1の羅列にしか見えなかった。なんだこれ?

「0と1だよな」
「これ、天人が来てからの地球の歴史」
「……わかるかっ!」
「これからは腕を動かすにも『腕を動かすぞ!』じゃなくて0と1で動かすの。腕が曲がってるって言う情報も、これで受け取るよ」
「頭がおかしくなりそうだ」
「うん。実際、動かせる動かせない以前に、適応できなくて死んじゃう人多いんだって。本当はパソコンみたいにOSがあればいいんだけど」
「OS?」
「オペレーティングシステム。パソコン起動するときに窓とか林檎とかそういうの出るでしょ?それの事。人間と機械の仲立ちをするソフトウェアだよ」
「義体にはそれがないのか」
「あるにはあるけど、まだまだ発達途上だから」

なるほど。どうして俺に会いたがったのか分かった。コイツはこれが最後かもしれないから、俺を呼んだのか。国家の機密すら貫通する腕のハッキング技術があるくせに、そこは自信がないんだな。

「大丈夫だ。今だって勝手に機材動かしてるじゃねーか。それと一緒だろ」
「そうなの?」
「そうだろ。コイツらが今のお前の手足だ。これからのも、それと大差ねェさ」
「……そっか。今までと同じ。同じなんだね」
「ああ。だから、お前は必ず成功する。また会える」
「トシさんに言われたら出来る気がしてきた!……あ、でも、どうしよう。お礼を言いたかったのに、また助けられちゃった。ありがとう。火事のときも今も、ありがとう」

深々と、モニターの中のなまえがお辞儀をした。それは絵で書くよりもずっと重いものなのだろう。動きからひしひしと伝わってきた。

「礼を言われることじゃねーよ」
「どうして」
「友達は助け合うもんだろ」
「悪友でも?」
「ああ。大人の目をかいくぐって悪い事するには、協力が必須になるもんだ」
「そっか、そうなんだ!」
「その立派な脳みそに刻んでおけ」
「寝ても忘れないよ。誰にも見られない階層にロックしておくからね」

きっと、アイツは笑顔なのだろう。いつか見た、年相応の笑顔。アバターとやらがなくたって分かった。

それから、少し、俺の近況を話した。江戸に出て、幕臣になった事を伝えると、なまえは自分の事のように喜んでいた。とうの昔に失くした素直さが、少し眩しい。

「そういや、将来の夢を考えとくって話だったよな。お前は見つかったか」
「うーん……」
「ゆっくり考えればいい。時間はいっぱいあるんだろ」
「うん。この状態だとやることなくて、いろんな資格とっちゃった」
「鉄は熱いうちに、だ。ガキのうちに勉強しとけ」
「そうする!」

元気よく返事したところで、アバターがかき消されてタイマーの画面が出てきた。残り時間は短い。

「もうおしまいかあ。トシも頑張ってね!」
「ああ。――またな」
「また来てねー」

目隠しする寸前にガラにもなく手を振ったりして。

*

また、はそれから数ヶ月経ったある日の事だった。その頃の俺は制服を着て、髪も切ったばかりだった。バッサリと切った頭がやけに軽かった事を覚えている。

次もまた突然だった。前のように無理矢理車に乗せられたかと思うと、前と同じように目隠しと耳栓。とっつぁんが同乗しているらしいのも変わりない。買い出しでマヨリーンのシールを手に入れたと思ったらこれだ。

「トシお前、あの子に随分気に入られてるなァ?なに?どんな魔法つかったの」
「ただの悪友だよ」
「あーあ。あの子のとーちゃん、草葉の陰で泣いてんだろうな。俺があの子のパパだったらお前みたいな友達は絶対認めないから。絶交だから」

すぐそうやって干渉するから世の中の親父は嫌われるんだよ。とは言えなかった。どっから銃口突きつけられっかわからない状態でうかつな事を言うのは自殺行為だ。

「だろうな。俺ァ友達のつもりはねェ。で、アイツ、どうなんだ」
「うーん、他の奴らよりは大分マシってとこだな」
「そうか」
「友達なんだろ?ちょっと元気ねーから励ましてやってくれ。天人や研究バカじゃあ年頃の女の子の心が分からんのよ」
「悪友だっつってんだろ」

松平のとっつぁんとくだらないやり取りをして、それからこれも前と同じように建物の中を連行される。やけに態度のでかい衛兵がいるのも変化なし。連中が消えた途端に面会の残り時間のモニターがハックされるのも同じだ。ただ変化があるとすれば、ガラスの向こう側と、モニターの中のなまえだけだ。

「よう、来たぜ。生きてるか?」
「うん」
「元気ねーな」
「これ、不格好だから、あんまり見ないでほしいの」

なまえが『これ』と呼んでいるのは、金属がむき出しの、人の形をしたロボットのようなものだった。察するに、アレの中にアイツが入っているらしい。

「そうか?」
「この義体、不格好。可愛くない」
「言ってみたらどうだ。デザイン変えてくれるかもしれねーぞ」
「一生懸命作ってくれた人には言えない。今の技術だとこれが限界だって分かってるしね」

文句をつけるのは間違いだと思ってはいるが、それはそれとして気に食わないか。なかなか難儀だな。

「林流山博士を引き抜ければ大分違ったんだろうけど、どうもこの実験とは根幹が合わないみたいで」
「林流山?」
「平賀源外博士と双璧を成すからくり技師だよ。平賀氏がどちらかというと、こう‥ガンダム的なメカを作る技師だとすれば、林氏は正反対。どっちかっていうと、人間の女の子みたいな、かわいい系のからくりを作る人なの」
「そいつに体を作ってほしかったってか」
「うん」
「でも永遠にその体ってわけでもないんだろ」
「精神の成長に応じて体を変えるって言ってた」
「なら大丈夫だ。お前が完璧に歩けるようになって、外に出る頃には、見れる体になってるさ」
「だといいんだけど」

なおも不満げなようだ。……なるほど。とっつぁんが娘に手を焼くのもわかるな。こいつァ難物だ。

気に食わない刀を引いた総悟がえらく駄々をこねた挙げ句刀をへし折って交換させられた事を思い出す。総悟は極端な例にせよ、装備の良し悪しは士気に直結する。リハビリに遅れが出ても良くないだろう。

それに、いくらアイツが製作者に文句をつける性格ではないとは言え、子供だから不満が態度に出てもおかしくない。それで他者を傷つけるのはアイツの望みではないだろう。

どうしたもんかね。なにかないかと懐に手を突っ込んで、名案が舞い降りた。

「おい、辻褄はうまく合わせられるか」
「できるよ。でもどうして」
「義体を可愛くしたいか」
「できるの?」
「ああ。なんせ俺達ゃ――」

懐の中に入っていたそいつを見せたとき、モニターの中のアバターも、ガラスの向こう側の義体も、目に見えて大喜びだった。

数日後、また見に行くと、上機嫌ななまえの義体には、マヨリーンのシールが貼ってあった。

「トシさん、ありがとう!髪の毛切ってかっこよくなった!制服も似合ってる!」
「前来たときにゃ変わってたんだけどな」
「ごめん。言うの忘れてた。次に会うときは絶対に将来の夢言うから許して!」

背中に投げかけられた声に、枷をされた手を上げた。

*

それから何年も経った。アイツにマヨリーンのシールを貼ってやってからは、いきなり拐われて謎の研究所に担ぎ込まれることもなく、日々の勤めを淡々とこなした。一時は俺の人体改造説も流れたものの、すぐに沈静化し、普段通りの日々だった。どうやっても取り返しのつかない変化もいくつかあったが、それでもいつも通りに街の時間は進んでいく。

技術の進歩というものは恐ろしいもんで、気がつけば、やれ新型の携帯だ、やれからくり家政婦だ、やれ全身義体の数少ない適合者だ、そんな話題ばかりが街を賑わせるようになっていた。

今日は総悟と見回りだ。コイツとの見回りは、お守りみたいなもんだ。勝手にどっか行くし、サボるし、サボる。そのたびに俺が首根っこを掴んで引きずっていかねばならなくなるのだ。

「そういや、4年くらい前でしたっけ。土方さんがこうやって見回りとかしてると、いきなり黒塗りの高級車に拐われるアレ」
「ああ、んな事もあったな」
「俺ァてっきり土方さんが改造されたか、ケツの穴掘られたかしたかと思ってたんですが、実のところはどうなんですか」
「年頃のガキに振り回されただけだ」
「そのガキ、メスですか」
「女だな」
「へーー」
「なんだその態度は」
「じゃあ土方さん、そのガキにせがまれて倅を仕込んで――」

あまりにも下世話な邪推にろくに反論する気も起きなくて、バカの頭を叩くだけに留める。何事かと振り返る奴らもいるが知ったこっちゃない。

「じゃあなんです。友達だったとでも」
「友達なんかじゃねーよ。悪友だ」
「確かに、土方さんがいい友達なんて笑えてくらァ」
「だろ」
「でも最近は会ってないんですよね。ソイツ、生きてるんですかィ」
「……生きているさ」

人種どころか星まで違う奴らがうようよと歩く雑踏。その中からたった一人を見つけられてしまうのは、警官の職業病か、それとも。

「あの、すみません、真選組の方ですよね」
「なんでィ 機械 ( からくり ) のねーちゃん、サインなら受け付けてねーぞ」
「えっと、そうじゃなくて、屯所までの道を聞きたいんです」
「用件は」
「明後日からそちらの屯所でお仕事させていただく事になっています。なのでそのご挨拶をと思いまして」
「あー。そーいや松平のとっつぁんが新入りが来るって言ってたっけ。案内するからついてきな」

総悟の行動に異論はない。適当なやつに見回りの続きを任せて屯所に引き返し、局長室で近藤さんの帰りを待つ。あの人、また志村邸か『すまいる』に入り込んでるのか。いい加減殺されても知らねーぞ。

「いやそれにしても、とっつぁんの趣味にしちゃあ、清楚な見た目の機械じゃねーか。とんでもねェ上玉だし、髪の毛なんか本物みてーだ。これ一機で高級車が何台か買えそうだなァ」

確かに、袖からのぞく手首の関節は、球体関節人形のそれだ。そこだけを見てると、ただの機械に見えるだろうな。コイツと総悟は、初対面じゃないはずだが、あの火事の時は面識どころの状態じゃなかったしな。

「えっと、わたし、機械じゃなくて、人間なんです」
「あり?……するってーと、アンタ、アレか。噂の全身義体の適合者かィ」
「はい。みょうじなまえです」
「悪ィね、俺達ゃ最近の機械事情には疎くって。ま、確かに、アンタみたいなボヤボヤした機械、いるわきゃねーわな。俺ァ沖田総悟。こっちは――」
「貴方が総悟さんだったんですね。いつも話に聞いています。あ、隣の人は大丈夫ですよ。知り合いですから」

間抜けな声を上げる総悟に絶えきれなくなって、とうとう笑っちまった。

「トシさん、わたしに気がついてたのに黙っているのは意地悪だよ」
「相手に悪さをするのも悪友だよ。で、将来の夢ってのは決まったのか」
「はい!だからここに来たんです」
「へえ。じゃあ言ってみろよ」
「はい。わたしの夢は――正義の味方になることです!」

できないとは微塵も思っていないセリフに、喉の奥から笑いがこみ上げる。

なるほど。随分と壮大だが、意外と現実的かもな。

なんせきったねー芋道場の門下生共が、侍にまでのし上がったんだ。正義の味方だって、不可能じゃないだろう。
パロといえば何でも許されるような風潮だけど、許されないことも確かにある
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