短編集 | ナノ
(土方が昔助けた少女が、全身サイボーグ警官になって屯所にやってくる話)
(攻/紅殻パロ)

きっかけは、どこにでもありふれた、些細なものだった。

侍の国。俺達の国がそう言われたのも、今は昔になりつつある今日このごろ。俺達はそんな事など知ったこっちゃないと芋道場で竹刀を振り回していた。

道場で汗を流し、一息入れるかというところで、総悟が唐突に話しかけてきた。年上を敬わない態度には、突っ込むのも疲れたので無視をする。

「あっちの研究所、しってるか?」
「ああ、あの胡散臭い建物だろ。なに研究してるかしらねーけど」

ある時、山の麓に真っ白い建物ができた。一点の汚れのないその外壁は天人の建造物によく似ている。潔癖を示すような白は、こんな片田舎じゃかえって目立って、怪しさを倍増させていた。総悟が言っている研究所はそこの事だ。

「あそこの研究所、オバケが出るらしいぜ」
「馬鹿言ってんじゃねーよ」
「土方ビビってんのか?」
「なわけねーだろ」

きっかけはそんな他愛もないやり取りだった。その時は総悟とのつまらない会話もそれで終わったのだ。

ねぐらの床に転がって、目を閉じる。風が強い日にゃ隙間風が吹き込んでくるあばら屋だが、屋根があるだけマシだった。しかし、その日に限っては、いつもの通りにすぐに眠りに落ちる事はできなかった。

――あそこの研究所、オバケが出るらしいぜ。

総悟の声が頭蓋の中で反響する。建具の隙間から潜り込んだ寒気に背筋を震わせた。

「べ、別に、幽霊が怖いわけじゃねーし」

俺は誰に言うでもなくつぶやいて、ねぐらから飛び出した。

ここいらの住人にされた説明だと、最先端の研究をしているだけで、決して『ういるす兵器』だの、『化学兵器』だの、そんな危険な研究をしているのではないとの事だったが、それもどこまで信用できるのか。

いっちょ確かめてやろう。そんな好奇心込みで研究所を取り囲む塀を乗り越えた。それ以上に幽霊の不在を確かめなけりゃ眠れなかったってのが本音だったが。

最先端の研究を行なっているという触れ込みの割には、あっさりと内部に侵入できてしまった。建物の中に入っても誰かがすっ飛んできたり、騒ぎが起きる様子はない。そりゃあ、とっ捕まらないに越した事はないが、それにしても、こんなにあっさり侵入できていいものか。

周りを見渡すと、実に不気味だった。蔦のように地面を這う電線。人一人なら余裕で入れそうな巨大な水槽。四足に車輪がついた丸い卵のような機械からくり。そして、小さな機械の人形。

不意に心臓を凍らせるような想像が頭を過る。

もしかして、こうやってホイホイつられて物見遊山にきた馬鹿をとっ捕まえて、良からぬ実験に使うんじゃねーだろうな。

そう思うが早いか、回れ右して、侵入口に引き返そうとした矢先、後ろから着流しをくいくいと引っ張られた。

「〜〜〜〜っ!!!」

大声を上げなかったのは御の字だった。振り返ると、さっきは動いていなかった丸い卵型の機械が動いていた。

「騒いじゃダメです」
「えっ」
「脅かしてごめんなさい。ただ、研究者さん以外の人をはじめて見たから」
「お前、喋れるのか」
「『これ』はわたしじゃなくて、スピーカーです」
「すぴーかー?」
「えっと、とにかく、わたしは人間です。この機械に代わりに喋ってもらっているだけの」
「へえ」

ついてこいと言う機械につられて、薄暗い廊下を歩く。まるで俺を招いているかのように、行く手の扉が開いていく。

この建物そのものがコイツの手足のようだ。つまり、この機械もコイツの手足ってわけか。スピーカーとやらが何かは知らんが、それだけはなんとなく理解できた。

「お前、何者なんだ」
「えっと、わたしの名前は(ピガーーー)、あれ、言えない」
「分からないのか」
「ううん、わかりますよ。少なくとも山田花子ではないけど」
「へえ」
「多分、これ、セキュリティボットだから、機密保持のために禁則事項が設定されているのかな」
「へえ」

正直に言って、コイツが何を言っているのか、俺にはわからない。ただ、こんなのを間に挟まないと俺を案内できないあたり、コイツは自由に動ける身分ではないのだろう。それでいて、外部の俺を招くほどに刺激に飢えている。

「つきましたよ」

最後、ひときわ厳重な扉が開く。俺の前に現れたのは、10畳ほどの部屋だった。だが、普通の部屋ではない。所狭しと置かれた機械。床を這う太い導線、絶えず音を鳴らし続ける機械。それらに囲まれた中央にソイツはいた。

薄桃色のペラッペラの服に身を包んだ、総悟くらいの歳の娘。子供特有の丸っこい目が俺を見つめていた。どこからどうみても普通に見えるソイツの中で、ひときわ異端なのは、ソイツの首から伸びる細い何かの線だった。気のせいじゃなけりゃ、首に刺さってるように見える。

呆然としている俺は、卵にぐいぐいと引っ張られ、一歩踏み込んだ。後ろで扉が閉まる。

「お前は」
「わたしはみょうじなまえです。貴方のお名前は?」
「土方、十四郎」
「じゃあトシさんで」
「お前、何者なんだ」
「えっと。わたしは――」

そこから先の話は、その時の俺にはさっぱり理解できなかった。難病の治療のために目に見えないほど小さい機械をたくさん頭の中にいれて脳みそを改造しただの、そのおかげで機械とお友達になれただの、いきなりそんな突飛な話をされても理解できるわけがねェ。

「そんなすごい事してる場所なのに、俺を入れてよかったのか」
「……本当はダメ。でも、皆が誰かとお話しているのを見ていると、わたしもやってみたくなって……外に出たいけどでられないから……」
「たまたまここに入ってきた俺を招いたって事か」
「うん……」
「俺が野盗の類だったらどうするつもりだったんだ」
「そ、そのときはお友達に助けてもらうもん」
「友達って、コイツか?」

白い卵型の機械を小突くと、それは一瞬よろめいて、不思議な音を立てて姿勢を正した。聴き慣れない音だ。何かが高速で回転するような、甲高い音。

「その子すごいんだよ!この前悪い人を叩きのめしたんだから!」
「このナリでか。……叩いた感じが妙だな。鉄って感じじゃねェ。木でもない」
「CFRPだよ」
「しー……なんだそりゃ」
「えっと、炭素でできていて、アルミより軽くて、鉄よりも硬いの」
「へえ」
「塗装とか加工にお金がかかるって、お父さんが言ってたよ」
「親父もここにいるのか」
「うん。お母さんもいるよ。でも大丈夫。この時間は寝てるから。そんなことより、貴方のことを教えてよ!外に出たことないから、全然わからないんだ」

興味津々のソイツのために、渋々椅子に座って、話をする。総悟の事、同じ道場の奴らの事、そして近藤さんの事。ほとんどが俺にとっては他愛もない話だ。だってのに、目の前のガキんちょは目を輝かせて聞いていた。

「すごいなトシさん!いっぱいお友達がいるんだ!」
「友達なんてモンじゃねーよ」
「そうなの?」
「ああ、強いて言うなら、悪友だな」
「友達じゃないの」
「違う」
「ふーん」

小娘はちょっと考えて、そして、俺に手を伸ばしてきた。何のつもりか。顔には満面の笑みだ。総悟が俺に向けるそれとは大分違って、邪気のない年齢相応の顔。

「じゃあ、わたしとトシさんも悪友だね!」
「はぁ?」
「だって、大人が言う『いい』友達って、お勉強を一緒にするような、そんな『ためになる』お友達でしょう?」
「確かに俺ァためにはならねーな」
「でしょでしょ」
「ったく。こんな悪ガキが娘の悪友って、親父さんが知ったら泣くんじゃないか」
「女子を一日見ざれば刮目して見よって言わない?」
「親父さん目ェひん剥くわ!」

そうかな、となまえは不服そうだが、よく考えてもみろ。近所でバラガキ呼ばわりされる男が、箱入り娘の友人になったなんざ知れたら、即刻絶交を勧められるぞ。俺がコイツの親父の立場ならまずそうする。

「友達は嫌?」
「あー、嫌では、ない」
「わたしのこと嫌い?」
「会ったばかりで好きも嫌いもあるか」
「今日から悪友じゃダメかな」

すがるような目。参ったな。俺はこんな目をする相手を無碍にできねーらしい。近藤さんがうつったかな。

「分かった。分かったからその目で見るな」
「いいの?わたしと友達になってくれる!?」
「悪友だって自分で言ったんだろーが」

ちびは寝台の上で嬉しそうに足をばたつかせた。素直だ。俺の身近にいる憎たらしい顔のクソガキとは天と地ほどの差がある。いや、近藤さんとか ミツバ アイツ の前だとちょっとは素直か。

「あ、そうだ。トシさんは将来の夢とかあるの?」
「侍になる」
「へえ。お侍さんか、かっこいいね!」
「お前にはないのか」

なまえは眉をハの字にして、曖昧な表情を浮かべた。……外の世界を知らない子供には難しい質問だったか。

「悪かったな。別の話するか。何が聞きたい」
「あ、ありがとう。えっとね、なんでうちに来たの?今回はわたしがセキュリティを解除しておいたけど、本当は勝手に入ったら死んじゃうよ」
「死ぬのか」
「うん、ここ、本当は機密でいっぱいだから。あっ、ここに入った事と、わたしが施設を弄れるのは秘密ね」
「ああ」
「ところでどうしてここに?」
「いや別に、総悟が『幽霊が出る』なんて言うから……」
「幽霊?それは心霊セクションに」
「え?」

なまえは一瞬ヤバいと言いたげな顔で、手で口を押さえた。まるで口を滑らせたかのような。俺はヤバい事を聞いてるんじゃねーのか。そう思いつつも口は動く。

「心霊なんたらってなんだよ」
「魂とか幽霊について研究してる部署だよ」
「な、なんのために」
「多分、不老不死とか死者の蘇生。『赤泉計画』といい、これといい、みんな好きだよね、永遠の命」

頭の血の気が全部足に落ちていくようだ。

「マジ?」
「マジだよ」
「俺帰るわ」
「みんな悪さしないよ」
「な、なんで頭が機械の奴が幽霊信じてんだよ。おかしいだろ」
「そう?機械になったからこそ、心のありか、魂のありかに悩むんだよ」

含蓄があるような、ないような。

「そうか。妙な事聞いちまったぜ」
「怖いの?幽霊」
「こっ、怖くねーよ」
「本当かなぁー?じゃあ心霊セクション行ってみる?この子案内につけるよ?」

冗談じゃない。だが、意地でも怖いから行きたくないとは言えねェ。歯を食いしばると、「冗談だよ」となまえは笑った。冗談じゃ済まされないぞ。

「大丈夫だよ。心霊セクションは立ち入らない限り害はないから。それより、そろそろ巡回の時間だから……」
「そうか。見つかんねー内に戻るわ」
「また来てね。将来の夢、考えておくから!」

そんな声を背に受けて、俺は研究所を後にした。

しかし、研究所の再訪は、火に囲まれた中だった。

*

半鐘の喧しい音が山にこだまする。空が真っ赤に燃えている。……昔見た嫌な風景と同じだ。

いつもの通り稽古を終えてねぐらに寝転がった矢先、突然の爆音があたりを揺るがした。犬も鳥も跳ね起きるような派手な爆発だった。爆発の中心はあの研究所。周りにはよそ者の浪士。つまりはそういう事だった。

何とか浪士の包囲を破り、炎の中を突っ切って、なまえを研究所から引きずり出した。炎に照らされたちびの体は、末端の皮膚が炭になっている。素人目にも助からないと分かった。息はかすか。まぶたがくっついちまったのか、目は開かない。

「おい、起きろ。外に出たいっつってたろ」
「トシ!その子は」
「研究所にいたガキだ。なんかエラい実験の被験者らしい」
「黒焦げになっちゃ女か男かもわからねーな」
「お前と同じような歳のガキだよ」
「……残念だが、こうなっては助かるまい。トシ、せめて末期の水をとってやれ」

そうするしかない、頭では理解できる。だが、納得できない。まだ、何か方法があるはずなんだ。煤まみれの頬を撫ぜたが、どうすりゃいいかなんざ浮かぶはずがない。不承不承、小さな体を地面に横たえようとした。

バラバラと耳慣れない音がする。この音は知っている。天人の空飛ぶ乗り物が俺達の頭のずっと上を通り抜ける時の音だ。いつもと違ったのは、普段は頭の上を通り過ぎるだけの乗り物が、周りの浪士をすべて蹴散らしたばかりか、俺達のすぐ近くに降り立った事だ。

乗り物の扉が横に滑り、降り立ったのは地球人には見えない大男だった。ソイツは長い外套を羽織り、頭には笠をかぶっている。天人だ。間近に見るのははじめてだ。

「地球人。その子供をこちらに渡せ」
「アンタ天人か」
「まずは礼を言おう地球人よ。我々の研究結果を救い出した事、感謝する」
「コイツをどうするつもりだ」
「それは言えない。だが約束しよう。命はとらない」
「お前らに渡せば、コイツは助かるんだな」
「確約は出来ん。だが、少なくとも、このままここに置いておくよりはマシだ」

それだけで十分だった。コイツの事は殆ど知らない。知っている事と言えば、外の世界を知らずに生きた子供で、なんかヤバい実験をされていた事くらいだ。だが、大層な実験されてようが頭を弄くられてようが、コイツはただの子供だ。部屋から出られない生活に退屈して、外の世界に興味津々の子供。幽霊が出るだの怪しい実験だの、そんな虚飾を剥ぎ取った先にいるのは、総悟と変わらない普通の子供だった。

なんでもない話に目を輝かせたその辺のガキが助かるのなら、それでいい。ほんの僅かな可能性であっても。

天人の横に控えていた白衣の男に、子供を引き渡す。子供は男に抱えられて、乗り物の中に消えた。

「やけにあっさりしているな。もう少し抵抗されると思ったが」
「このまま俺達の手元に置いておいても、出来ることなんざねェ。そいつが苦しんで死ぬだけだ。それだったらちょっとでも助かる奴に渡したほうがいいだろ」
「フン、地球人でもそのくらいの思考は持ち合わせているか。いつか、貴様は己の賢明さに感謝する時が来るだろう」

尊大な態度の野郎は、言いたい事を言ってそのまま乗り物に乗って消えた。乗り物はまた宙に舞い上がり、江戸の方向に飛び去った。

「なんだあのヤロー。偉そうですげームカつく」

珍しく、総悟の言葉に全面的に同意したい気分だった。
オーブントースターで魚を焼いてはいけません絶対にだ
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