近藤さんが得意満面の笑みを浮かべて山から大きな竹を持ち帰ってきて、そこでやっと今日は七夕だと思い出した。最近仕事仕事で日付感覚がめちゃくちゃになっていて、いけない。
……あ、沖田さんの誕生日、なにも用意してない。まあ、時間もあることだし、後で考えよう。
屯所のみんなは色とりどりの短冊や七夕飾りを竹に飾っている。願い事は彼女が欲しいという俗物極まりない願いであったり、家内安全と一家の長らしい願いであったりと様々だ。土方さんの死とか、お妙さんとどうこうとか、名前を見るまでもなく誰の願いか分かるものもそれなりに混じっていた。
さて、あたしはどうしようか。
自分の手元を見下ろすと、青い短冊。
いきなり渡されても何を願えばいいのやら。
同じように悩みそうな筆頭、土方さんの短冊を覗き込もうとすると、遠慮会釈のない力で押し退けられた。顔をすっぽり覆う大きな右手がうらめしい。
「どうせ見られるんだから見せてくださいよ」
押し除ける腕を避けて、土方さんの手の中を覗く。大方マヨネーズ絡みだろうと思った願い事は、予想に反して『武運長久』だった。でもこの上なく武装警察らしい願い事ではある。
「あたしも『無病息災』ってお願いしようかな」
「叶える気が失せる願い事だな」
「自分のはどうだっていいです」
なにも対象は自分じゃなくていい。生活習慣で分かってもらえると思うけど、そもそも長生きするつもりはない。
願うのは、自分の手の届かない範囲だ。現代医学をもってしても治せない不治の病は未だに存在する。どうか彼らが病のかいなに捕らわれる事のないように。
ただ、隊士のみんなが壮健であれば、それ以上はないのだから。
「土方さんだって、自分の事を天に任せるタチじゃあないでしょう?」
「……喧しい女だないつも」
匿名の黄色い短冊。荒くれ者ばかりのこの組織にあって、珍しく流麗ささえ感じさせる字は名乗っているようなものだ。
でも匿名なのは照れ隠しだけじゃなくて、きっとおそらく、この場に集う仲間も集えていない仲間も、みんなに等しく武運があるように願ったからなんだと思う。
鬼のあだ名通りの冷たい男なようでその実、誰よりも仲間を大切に想う熱い男。だから、なんだかんだでみんな、近藤さんだけでなく土方さんも慕うのだ。
鼻歌まじりに短冊に願いを書き入れた。衛生隊長らしく『無病息災』。医者なんて出番がない方がいいに決まってる。
「せめて読んでもらえる字で書けよ……」
達筆な土方さんとは別の意味で名乗ってるようなものだけど、毛筆ならこれ以上は無理だ。土方さんの言葉を無視して竹の先の方に短冊をくくりつけた。
隊士達が数人がかりで竹を起こすのを見守りながら、濃紺の空を見上げるも、どこに天の川があるのやら。
星を探すのは諦めて自分の短冊でも探そうか。
目当てはすぐに見つかった。空に一番近い位置で、黄色い短冊と青い短冊が風に揺れている。
願わくば、これ以上欠けることなく、満たされたまま終われるように――。
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