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Residue

医務室の近くの縁側に、岩尾のジーさんが勝手に植えた朝顔のカーテンがある。ソイツは江戸でよく見かける朝顔とは違って、空の色みたいな花だし、夏場でも昼頃までラッパ型の花を咲かせていた。日向に夏の残渣を感じさせながらも秋が深まりつつある今日このごろに至っては、夜まで花が保っている。

「いつまで咲いてんだコイツ」
「確か、10月くらいまでと聞きました」

独り言に答えがあった。予想よりも大分長い花期に思った事をそのまま、「長ェな」とこぼせば、「そうですね」とそっけない言葉が帰ってきた。

その声の主は、まだまだ暑いっつーのに、緑のカーテンの外側で屈んで、朝顔を見上げていた。花を見つめる目は、どこか憂いを帯びているように映った。真選組の紅一点、衛生隊長殿だ。だが、何が面白くて、眺めてるんだ?こんなもん、毎日見られるだろうに、妙な奴だな。

「夏の花っつーか、秋の花だな」
「朝顔は秋の季語じゃありませんでしたっけ。西洋朝顔も、同じ時期だったかと」
「なるほど、じゃあこれも正しいのか」

靴と一緒に物を取りに行って、カーテンの外側に回り込むと、小娘はまだ朝顔の前にいた。

「そういや、朝顔にも品種名があるんだってな」
「はい。これは、ヘブンリー・ブルーというそうです」

口の中で、名称を繰り返す。俺には学はないが、このくらいの言葉なら分かった。天国の青、か。

コイツが、飽きずに朝顔を見上げていた意味が理解できた。この朝顔を見て、死んだ家族の事を思っていたのだろう。

懐かしいものが脳裏を過ぎった。とんでもなく昔に、ガキの俺に肩車をした大きな背中。そして、トンボを人差し指に止めて、俺に微笑みかけた女。

あのジジイの事だ。また弟を亡くして落ち込むこの女のために、植えたのだろう。天国でこんな花に囲まれてるだろうから、何も心配はいらない。そう伝えるために。

「綺麗だな」
「そうですね」

持ってきた日傘をさして、小柄な身体の上に影を落とす。

「花を愛でるのも程々にしねーと日射病で倒れるぞ」
「ありがとうございます」

俺達の戦場では、喪ったものを振り返るなんざできねェ。そんな事していようもんなら、すぐにソイツらの後を追う羽目になる。だが、今この時くらいは、こうして地上に現れた天国を愛でるのもいいだろう。
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