昼下がりの会議室。先の会議で使った資料を忘れたので取りに戻る。屯所内なので特に中に探りを入れずにふすまを開けると、男共が集まっていた。全員が全員、あたしを見て硬直している。まるで母親に見られたくないものを見つかった子供みたいだ。
「あっ先生、ど、どうも……」
「先生、一体何用で……?」
「いや、何用かってのはこっちの台詞なんですけども」
会議室の使用予定空いてたよな。勝手に会議室占拠して大丈夫なんですかあなた達は。そんな思いから言った言葉は案の定刺さったらしい。彼らは露骨にビクついた。
「あたしは資料忘れちゃったから取りに来たんです」
「そ、そうなんですか。おおお俺達はちょっと、ねえ」
「あれだよあれ、作戦会議、みたいな?」
確かあの辺に置きっぱなしだったようなと、なんか積み重なってるところに手を伸ばすと複数の男にガードされた。が、それを押しのけて重なったDVDやコンビニに置いてある雑誌をどけていく。機密、という程ではないものの、自衛隊で言う『注意』扱いの資料を他人の手に触れさせるところに置いていたというのは非常にマズい。自分の手で確保しなければならなかった。
「あった」
でかでかとスタンプが押してある数枚の紙束を取り上げる。
「……見ました?」
ぷるぷると首を振られた。どこまでそれを信じていいのか悩むところだけど、まあいいだろう。
「先生、見ました?」
「見ましたけれど、別に」
正直どうでもいい。男だったら溜まるものもあるだろうし、それを比較的健全な形で発散しているのなら、衛生隊長として言う事はなにもない。
性病を拾ってこないだけ風俗やセフレなんかよりよっぽど安全だ。性犯罪をやらかさないだけ、AVの方が大分マシだろう。自己処理の痕跡を消してくれている分には何も言わない。観測されない犯罪は(統計の上では)発生していないのと同義なのだ。
「赤線の人とかかぶき町の嬢で、性病で婦人科かかってるのそこそこいますからね。それに比べりゃソッチのほうがマシです」
「ああ、そう……」
「あ、このDVD、岩尾先生が女優の声がわざとらしすぎて抜けないって前ぼやいてたやつだ」
「あのジジイ、まだ抜いてるの?!」
「精子の質はさておいて、機能は中々衰えないみたいですからね」
男性陣が頬を引きつらせている。しまった。こんなところで先生の性的嗜好の断片を暴露してしまった。
「いや、あのクソジジイ、それ先生に話したの……?」
「患者さんにぼやいてるのを聞いてしまって」
「診察室でそんな事話すなよジジイ!」
「先生になんてこと聞かせてんだ!あのエロジジイ!」
なぜか抗議が湧いたけれど、人間だって所詮は動物なんだし、本能に基づく会話が多少あったって仕方がないのではなかろうか。
「人間だって本能は確かにあるのですし、仕方がないのでは」
「やめて!先生の口からそんな生々しい話聞きたくない!!」
「え?」
隊士達は耳を塞いで、あたしの話を遮った。そんなに聞きたくないのか。まあいいや。目的のブツは回収したのだし、内容に言及されない内にとっとと退散しよう。
「じゃあお邪魔しました。副長に見つからない内に解散してくださいね」
「あの、できればこの事は内密に」
「こちらこそ、岩尾先生の嗜好を漏らした事は言わないでくださいね」
「忘れようとしてたのに、思い出させんでくださいよ……」
医者としての誓いの中には、いかなる事情があっても患者の情報を漏洩しないという物がある。彼らの性的な嗜好やその他は勝手に喋ったり、踏み込んだりするべきじゃないだろう。
と思ったのだけど、会議室を出た矢先に土方さんに出くわした。会議室の様子こそは見えないけれど、気配を探るぐらいは出来るだろう。この瞬間、会議室の中にいる彼らに合掌した。
「お前、それ、まさか置き忘れたのか」
「すみません」
「機密じゃないだけいいとするか。次はないぞ。ところで、会議室に人の気配がするんだが……」
「えーっと、男の花園みたいなものです」
言葉を濁したのだけど、かえってわかりやすく伝わってしまったらしい。土方さんは目を見開いて、勢いよく会議室のふすまを開けた。
「おい、仕事サボってAV鑑賞会たァいい度胸してんなァ、テメーら……?」
「あ、あの副長!コレには深いわけがあって……」
「AV鑑賞に深いわけもへったくれもあるか!!テメーら全員、士道不覚悟で切腹だァ!」
屯所中に鬼の副長の怒号が響いた。かくして、男の花園は崩壊したのである。
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