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IF

(伊東さん生存IF)


真選組で勃発した大規模な動乱。それは真選組全体を巻き込み、あわや一つの組織が壊滅する寸前まで陥った。だが、ヘタレから一転して奮起した土方十四郎や、彼を助け尻に火をつけた万事屋、彼らの貢献があり近藤勲を無事奪還することができた。そして襲いくる鬼兵隊を退け、我ら真選組は消滅を免れたのだった。

しかし我々にとってその代償は大きかった。まず真選組の多数の隊士らの生命。近藤勲が乗っていた電車の沿線上の広範囲に渡って戦闘が行われたため、線路と並行して壊れたパトカーの残骸が点々と並び、中では何人もの隊士らが息絶えていた。

そして、この動乱を唆され実行に移してしまった真選組参謀・伊東鴨太郎、彼の片腕も、彼が引き起こした動乱の代償の一つだった。

土方との決闘で仮に縫い止めた傷口を再び開かれた伊東は、地面に倒れた。誰もがそれを静かに見ていた。片腕を失った剣豪と、傷はあるものの五体満足の鬼の副長。誰の目にも勝敗は明らかであったが、それでも決闘を行った理由は唯一つ。薄汚い裏切り者としてではなく、仲間として伊東鴨太郎を見送るためだった。

そして、仲間として見送るための最後の儀式が待っている。

衛生隊長による死亡の確認だ。死を確かめるのは、死者の弔いへの第一歩。その責務は重い。順番に命の兆候を探っていく。

しかし、あたしが探り当てたものはとんだ予想外だった。

…………生命の兆候だ。二回確認しても、命の灯火は伊東さんの身体の中に確かにあった。疲労や願望からくる誤診ではなく、本当に、マジで、伊東さんにはまだしっかり命がある。

「まだ、息があります」
「なに?」
「助かる見込みはかなり低いですが、『仲間』としては治療を行う必要があるかと」
「…………やれ」
「了解」

隊士を呼び寄せて胸部の銃創にダクトテープを貼って閉塞する。一枚だけは残りが心もとない弁付きのチェストシールだ。胸部の止血はよし。銃弾は……下手に弄れば感染するからとりあえずこっちも止血剤を投入して塞ぐ。腕はどうせこのまま切断だ。止血帯の在庫は心もとないから、この場で傷を縫合して止血してしまった方がいい。綺麗な持針器と針と糸を出して、さっさと縫っていく。

「あと数分でヘリが来ます!」
「ヘリが来る前にもう一度掃討できてるか確認しろ!!落とされたら大問題だぞ!」
「了解!」

そこからはもうトントン拍子……ってほど楽じゃなかったけど、手術をして、伊東さんの命が助かって、彼の処遇について話し合われて、としている内にあっという間に時間が進んだ。そう、彼の命は何の間違いか、助かった。

伊東さんは銃創の治癒と切断面の安定を待ってから失った片腕を仮義手で補い、もう少し時間が経って予算の都合が付き、義手の動かし方に習熟してから天人の最新式義手を装着して真選組参謀に復帰した。

幸い彼は適正があったようで、筋電義手の発展版のような複雑な義手にも対応して、まるで我が腕のように使いこなしている。不安があるとすれば、義手の部分はそこまで多くないので、義手のパワーで残りの健全な身体が傷まないかだけだ。彼が夜兎であれば、義手のパワーを全開にしても平気なんだろうけど、残念ながら彼は地球人だ。

ただ、義肢の技術というのはまだまだ発展途上で、安全性や生身の再現度といった点で未だ課題が多い。例えば、義肢にトップアスリートの動きをインストールして彼らの動きを真似るなんてものはこの世界でも実験室レベルの話だ。

伊東さんが生存を許された理由の一つに、この研究への適性が挙げられる。幸い彼は生身の体の割合が高い義手の使い手だ。彼の動きをデータとして集積し、それでロボットやサイボーグといった分野での剣術の再現が行われるだろう。

あたしの伊東鴨太郎に対する仕事は、彼の健全な肉体が傷んでいないかの確認になる。義手そのものの調整は技師の仕事だ。こうしてみると、医療というものは多数の人の力添えあってのものなのだと痛感する。自分一人では彼の命を救う事さえ覚束なかった。

書類を整理しながら、ここ数ヶ月の目まぐるしさを思い返しながら感傷に浸っていると、新調された医務室の扉の開閉を告げる軽快なベルの音が鳴り響いた。

「あら、伊東さん」
「みょうじさん、こんにちは。少し手が空いたので、話をしにきたんだ」
「どうぞ」
「みょうじさん、いつもありがとう」
「頭を下げられるような事はしていませんよ。ここまで快復したのは他ならぬ伊東さんの努力の賜物ですから」
「いや、その努力とて、君のような医療従事者、職務への復帰を認めてくれた隊士達……沢山の人に支えられねばできなかった。改めて、ありがとう」
「奇遇ですね。同じような事をさっき考えていたんです。私も、一人では何もできませんでした」
「僕は、一人で何でもできるとずっと思っていた。しかし、それは思い上がりもいいところだったのだな」
「生きている内に気づけたのならいいじゃありませんか」

こっちなんか死んでからその当たり前の理屈に気が付いたんだぞ。いやはや、若さゆえの思い上がりって恐ろしい。

過去の自分を思い出して苦笑いしているとまた軽快な音が医務室に来客を知らせた。

「おーいみょうじ書類追加だー」
「あ、土方さん」
「土方くんか」
「伊東か、今日は検診か」
「いや、先生と世間話をしに来ただけだよ」
「そーか。どうだ腕は」
「前よりも動きがいいくらいだよ」
「あんまり無茶しないでくださいね。体を痛めて義体の範囲が広くなる可能性がありますから」
「分かっているよ。一応義手のプログラムで生前の出力で動作するようには設定してあるから」
「それたっけーからなるべく壊すなよ」
「頑丈な義手よりも先に僕の方が壊れるから安心してくれ」
「それも困ります」

土方さんと伊東さんと自分が仕事以外の会話をしている。しかもちょっと笑みを混ぜて。動乱の前だったら天災の前触れかと戦々恐々としていただろう。しかし、今の屯所のデフォルトはこうなのだ。

彼らの中ではあの決闘が禊の儀式になって、過去のわだかまりを多少は洗い流したらしい。そのおかげか、時折ぎこちない空気は流れるものの、問題なく職務以外の話題で会話がなされるようになった。

もっとはやく、いろいろなものを失う前にこんな風にできたのなら。あの時、死体の仮置き場で見かけた黒いタグをくくりつけられた隊士達。その中でも特に印象に残っていた、二日酔いで医務室の常連だった隊士の顔を思い浮かべて目を閉じた。

「じゃあ、僕はお邪魔だろうし、仕事に戻るよ」
「なっ……テメェ何言ってやがる!」
「そんなに真っ赤になって否定しなくてもいいだろう。君達の仕事の邪魔という意味だ」

仕事以外で土方さんがあんなに感情をむき出しにして食って掛かるなんて、伊東さん相手ではありえない光景だった。前の土方さんと伊東さんはどこか感情を抑え込んでいるような様子で会話していた。思えばあれは、互いへの敵愾心を抑え込んでのものだったのだろう。それも必要なくなった今は、どちらかと言うと腐れ縁を相手にしているような雰囲気すら漂わせていた。

「ったく、アイツ好き勝手言いやがって……。おいなまえ、野郎の言う事は真に受けるなよ」
「はいはい」
「本当に分かってんのか?」
「分かってますよ〜」
「……まあいい。悪いな、急遽この書類が必要になった。なるべく早くできるか?」
「もうできてます」
「よし、預かろう。助かった」

細々した業務の話が終わると、土方さんは患者さんの席に座った。ひどく憂いを帯びた目で、机の目地を見ている。土方さんと自分の分の豆を入れたコーヒーミルを回しつつ、話を聞く事にした。

「どうかなさいました?」
「……互いに、殺してやると言い合った。実際に殺し合った。だが俺はアイツを殺し損ない、アイツはしぶとく生き残った。今じゃああして仕事以外の話だってするし、たまに飲み屋で出くわして一緒に飲んだりする」
「いい事じゃあないですか」
「……ああ。アイツは変わったよ。前みたく近藤さんを軽視しねェし、純粋に参謀として近藤さんを、真選組を立ててる」
「…………」
「だが、その度に思う。俺とアイツ、近藤さんとアイツが上手くいくのなら、なぜもっとはやくできなかったのかってな」

土方さんがフラスコの気泡を見つめながら低い声で呟くように教えてくれた内心は、あたしが二人のやり取りを見た時に感じたそれと同じだった。

「それは、土方さんのせいだけじゃありません。また、伊東さんだけのせいでもないです。ただ、価値観が、違ったのだと思います」
「そうだ。奴と俺、奴と近藤さん、価値観が違って、それがぶつかりあった。そんな奴らが今こうして一緒に肩組めるなんざ奇跡にも等しいんだろうな。だが、あの時近藤さんを取り戻すために死んだ連中は、何のために死んじまったんだ?」

伊東さんは敵だった。かつての敵と肩を組めるのは近藤さんの人徳あってのものだ。だけど、視点を変えれば、互いの信念のためにぶつかりあったあの動乱が茶番にも見えるのだろう。

でも、その咎を背負うのは土方さん一人だけでいいはずがない。

――もし、彼らが激突する前に二人の仲を取り持つ事ができていれば。

それはあの時の真選組にいた全員が背負うべき『もしも』だろう。

――もし、伊東さんの死亡確認をする時に、正直に生きているなんて言わずに見殺しにしていれば。

それはあたしが背負うべき『もしも』だ。

きっと伊東さんも自分が生き残っている現状に思うところがあるんだと思う。たまに彼は不安定な目をしている事があったから。

「あたしを恨んでいますか」
「いいや。お前は正しい事をした。正しい診察結果を報告してどうするかと聞いたお前に、助けろと言ったのは俺だ。お前は衛生隊長としての任務を果たしただけだ。何一つ間違っちゃいねェ。……間違えたのは、アイツを殺してやれなかった俺なんだろう」
「人は生きている限り間違えます。あたしも、数え切れない程間違いを重ねてきました。きっと、この先も重ね続けるのだと思います。それでも――」
「それでも、生きていくしかねェ」
「はい。他でもない貴方にそう教わりました。あたしも、そうでありたいと願っています」
「そう、だな」

土方さんは物憂げな目つきのまま、口角を上げた。あたしでは精神的な支柱になりえないのが少しつらい。コーヒーを注ぎながら努めて明るく振る舞う。

「それに、伊東さんが生き残ってそう悪い事ばかりではないかと。例えば雑務を積極的にやってくださるでしょう?」
「ああ、アイツが内勤になって俺も大分楽になった」
「私も真選組が義肢の技術の発展に寄与できるなんて思いもしませんでしたし」
「そうだな。未来へつながる研究ってのは俺も聞いてて悪い気はしねェ」
「まあ、この手の研究の常というか、軍事利用の方が先行しているのはちょっと考えものですが」
「そこは仕方ねェな。国ってのはそういう派手な分野に金を投じたがるもんだ。そっから一般に技術が下ると考えればそう悪いもんでもねェ」

確かに。原本の世界でも技術ってだいたいそうだったしね。エロと戦争と金儲けには全力投球するのが人間という愚かしい生き物なのだ。その愚かさ故に発展してきた。天人がいるこの世界でも人間の本質はさほど変わっていない。

雰囲気が少しずつ明るくなってきた。問題の本質から目をそらしているとも取れるけれど、悪いところばかり見ていても仕方がないのは間違いない。

「それに、土方さんも近藤さんも、政治は苦手のようですし?」
「お前がやってくれりゃいいと思ってたんだが」
「小娘に腹芸求めないでください。それに、どっかの誰かの薫陶の賜物か、手っ取り早く要求を通すのなら拳が一番だと思ってる人種ですので」
「誰だそんなもん教え込んだ馬鹿は」
「あたしの目の前でコーヒー飲んでますね」
「そんな奴ァ見えねえな」

すまし顔の土方さんに思わず笑ってしまった。

「それに、隊士達は皆行くところは同じなんだから、皆に会ったら土下座すればいいんです。きっと皆許してくれますよ。土方さんの腹踊りで」
「なんで俺?なんで腹踊り?」
「じゃあ伊東さんも地獄で腹踊りしてもらいます?」
「伊東の腹踊りたァ、地獄の鬼も逃げ出すだろうな」
「――僕が何だって?」

窓からひょっこりと顔を出した時の人に土方さん共々悲鳴を上げた。バクバクする心臓をなだめながら振り返ると、伊東さんがちょっと可笑しそうな顔でこちらを見ていた。

「いや、通りすがりなんだけど、面白そうな話が聞こえてきてね、つい」
「そ、そうですか」
「どのへんまで聞いてたんだ」
「…………僕が生きているメリットから」

この人、頭がいいから多分どうしてメリットを話していたのか気がついちゃっただろうな。どうもこの人も家族に否定された過去があるようだし、地雷踏んじゃったかなあ。わたわたと弁明をしようとしたあたしを、伊東さんは生身の手で制した。

「ここで話すのもなんだから上がってもいいかな」
「どうぞ」

伊東さんは律儀にちゃんと出入り口に回り込んで医務室に入ってきた。あたしは伊東さんの分のコーヒーを作るためにコーヒーミルに豆を流し込んだ。

「――この話は、僕が生きている限り、いずれはしなければならないと思っていた。本来死ぬべきだった僕が生きている事で、あの時の隊士達の死が茶番になる……この意見は遅かれ早かれ出て然るべきものだからだ」
「…………」
「まず、君達に言いたい事がある」
「……なんだ」
「……なんでしょう」
「君達は少々仕事をしすぎだ。土方君、君は今日週休のはずだ。なぜ制服を着て仕事をしているんだ?」
「一人モンにやる事なんざねェし、第一、馬鹿共が書類わんさと持ってきやがるんだよ」
「真選組幹部たる君が就業時間を守らなければ誰が守るんだ。君が時間を守らなければ自然隊士達もそれにならう。……多くは就業中に仕事をサボるという方向で」

正論である。そしてその正論は聞いているだけのあたしにも容赦なく突き刺さる。

「みょうじさんもだ。あまりにも自然だったから気が付かなかったが、君も今日は週休だろう。週休の日は医務室を閉めて休むべきだ。屯所委託医師の頃ならまだしも、今は真選組の幹部なんだから就業時間は守ってくれ。それに君は幕府が試験的に採用している女性の幕臣……侍だ。後進の女性達の事もしっかりと考えてほしい。全員が全員、君のように身を削る働き方ができるわけではないのだから」
「はい、すみません……」
「仕事熱心である事は決して悪くはないが、それも規則の範囲内での事だろう」

なるほど。こういう事を言ってくれる人は中々いなかった。こういう人も組織には必要だろう。

しかし、伊東さんのド正論に真っ向から反論したのはブラック上司土方さんだ。ちなみにコーヒーにはマヨネーズ派。

「コイツはまだしも、俺の方はそれじゃ仕事が回んねーんだよ!」
「回してくれ。必要なら僕も手伝う。第一、君以外に頭脳労働ができる隊士がほぼいないのは一体全体どうなっているんだ!?殆どの書類は提出期限間際か超過、領収書は足りてない上に沖田君は使途不明の申請書を出してくる!しかもなんだ山崎君のこの報告書は!?作文か!?」
「知らねーよ!どいつもこいつも期限の意味なんざ理解しちゃいねェし、総悟は勝手に私物を経費で落とそうとしてきやがるし、何度言っても山崎は作文しか書かねェんだよ!」
「第一近藤さんは何をやっている!?」
「あの人はマスコットだ!そっち方面はてんで役に立たねェ!」
「屯所の中にいないなら、お妙さんのお家の軒下ですかね……」
「ちょっと待て今聞き捨てならない言葉が聞こえたんだが」
「近藤さん、ストーカーやってんだよ……」
「しかも18の子の」

伊東さんはすごく悲痛な顔をした。多分ヘリから銃撃を食らって滑り落ちそうなときよりもひどい顔をしている。常識人の伊東さんには耐え難い情報が沢山出てきたもんね……。

「…………とりあえず、手すきの隊士を動員して、近藤さんはお妙さんとやらの家から回収だ。あの人は今日勤務だ。嫌でも手伝ってもらう。土方君と僕の雑務は……今度小姓でも採用しよう」
「小姓か。確かにそろそろ限界かもな」
「君達は外の空気を吸ってくるといい。……僕がいれば君達の休みが増える。フフ、これも、僕が居ることで起こるいいことだろう」
「そ、そうだな」
「お疲れさまです伊東さん」

伊東さんがフラフラと医務室を出ていって、室内にはあたしと土方さんの二人が残された。

「どうします?」
「休むしかねェだろ」
「そうですね」
「団子屋でも行くか」
「そうしますか」
「着替えて門の前集合な」
「はーい」

私服に着替えて門の前に並び、団子屋に行く途中、黒塗りの高級車とすれ違った。後部座席にしっかりとスモークが張られたそれは見覚えのある車種とナンバーだった。気のせいじゃなければ、あれ、将軍様の専用車のような。

「……土方さん、嫌な予感がします」
「奇遇だな。俺もだ」

その予感を全力で封じ込めて、団子屋でみたらし団子を頼み、届いたのでいざ頬張ろうとしたその瞬間。土方さんの携帯が着信を告げた。

「はい、土方。…………そうか。……いや、さっきすれ違ったからまさかなと思ったんだ。……ああ、ああ。分かった。……気にするな。すぐに戻る」

あー。相手の声を聞かなくても何があったのか分かる。多分将軍様がまたなんかやりたいって言い出して、松平公がこっちにぶん投げてきたんだ。きっと電話口では伊東さんが胃痛をこらえているのだろう。

「行くぞ。休日返上だ」
「伊東さんへのお土産にしますかこれ」
「だな」
「あ、茶柱」
「いい事があるぞ飲んどけつーか飲め。これからのために」

今までもこの先も茨ばかり崖ばかりの真選組だけど、なんだかんだうまくいきそうだ。ささやかな吉兆を見て、漠然とそう思った。

「今はやれる事を全力でやるしかありませんよ」
「……そうだな。まずは将軍のお守りだ」
「ですね!」

お茶を勢いよく飲み干して屯所への道を走る。そこには輝かしい青春があった。
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