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Oasis

あたしは、煙草を吸ってもいいのは週に一度だけ、と定めている。知っての通り、煙草は体に悪い。でも、たまに吸いたいと思う日があるので、その日だけは煙草を吸うのだ。たまにそれが週二回だったり三回だったりするけれど。

今日はその週に一度の特別だ。土方さんにもらったライターで火をつけて、口の中で煙を転がすように味わう。これでアルコールもついていれば完璧なんだけれど、ここは屯所の喫煙所。酒を飲むのはマズい。

「おう、珍しいな」

土方さんは財布を片手に喫煙所にやってきた。ここ最近は鉄に買わせるのに、今日は本人が直々に来た。煙草が切れたから買いにいくのにかこつけて休憩しに来たって感じかな。あたしも書類仕事が多かったから、あたしの書いた書類の行き着く先、すなわち土方さんも文机に向かう時間が長くなったのかも。

「土方さんは休憩ですか」
「ちげーよ。コイツ買いに来ただけだ」
「なるほど?」

煙草休憩は休憩時間に含めないみたいな言い草だ。天下の公務員がこんなのでいいのだろうか。かくいうあたしも休憩時間に含めていないので、人様の事を言えないかも。いや、その分サービス残業で補うから許してほしい。

自分が悠々とシガリロを咥えている横で、土方さんは自販機に向かって悪態をついている。どうやらコインが通らないらしい。気持ちは分からんでもないけど、機械に何かを言ったところでどうにかなるもんでもないでしょ。

「おいなまえ、すぐ返すから金貸してくれ」

万事屋の旦那にこれを言われても一切信用できないけれど、土方さんの言葉なら信じられる。信用ってこういうところで活きるんだね。……まあ、旦那は金を金として返すんじゃなくて、もっと別のもので返してくれているけれど。

考えつつ財布を探るけれど万札しかない。自販機は千円札だけしか受け付けない。昨日が給料日だったから、土方さんもあたしも財布の中には万札しかないのだ。ついでにあたしは小銭をさっき使い果たした。土方さんの小銭はすり減っていて自販機に弾かれたんだろう。

「すみません。万札しかないです」
「給料日だからか。なんか買うのか?」
「基礎化粧品を。もうじき切れそうなので」
「女は大変だな」
「土方さんはいいなー。油分と有害物質を山程摂取してるのに肌綺麗」
「肌が気になんなら、吸うのやめたらどうだ。つーか男の肌触って楽しいか」
「土方さんですから」

頬に触れていた手をそっと払われたのを残念に思う。キメはちょっと荒いかな?って感じたけれど、すべすべで触り心地が良かった。

「おい、一本よこせ」
「はいどうぞ」
「シガリロか……いつぞやみたいな甘ったるいのじゃねーだろうな」
「今日のはノンフレーバーです」
「よし」

フットを炙って均等に火をつける。あたしが吸っているのを隣で見ていたせいか、あまり吸わない割にはその仕草が胴に入っている。あたしが吸ってても滑稽なだけだしなんなら未成年と誤認した市民から苦情が来るけど、土方さんなら似合っている。

「旨えな」
「でしょう」
「俺ァ煙草の手軽さの方が好みだがな」
「でしょうね」

まだるっこしいのが嫌いな土方さんはそう考えると分かっていた。あたしは煙管とか嫌いではないです。億劫だからやらないけど。

「つーかここで吸えても意味がねーんだよ」
「そうですね。あっちで吸うためですものね」
「ったく仕事も溜まってるってのに」
「これを機に禁煙しては?」
「できりゃ苦労しねーんだよ」
「出ました喫煙者の言い訳」
「お前はここまで来るなよ」
「落とし穴に落ちながら警告してくれる人みたいな発言」
「女がここまでハマったらいい事ないだろ」
「男でもいいことないですよ。できれば長生きしてほしいです」

くしゃりと頭を撫でる手は、不器用に力強い。いつも通りの難しい顔。きっと長生きするつもりなんてないんだろうな、と理解できる表情だった。

「可能なら――先に死ぬのはあたしがいいです」

土方さんは物憂げな視線で、壁を透かして遠くの空を見ているような目をした。そして目を閉じ、また開いたと思うと、シガリロの火を消してあたしのすぐ前に立った。

そして、じっとあたしを見下ろして――

「いひゃ、いひゃいれす」
「馬鹿な事抜かしてんじゃねーよ。死ぬのは年功序列だ」

頬を引っ張りながら、先に死ぬのは許さないと言ってくる。享年17歳の写し身になんと酷な事を。

「戦で俺より先にくたばるのならまだしも、床で死ぬなら俺の後にしろ」
「…………」
「黄泉路は俺が先だ」
「――じゃあ、煙草とマヨネーズは控えてくださいな」

商店街のガラポンで引き当てた飴玉を口の中に突っ込むと、不思議そうな顔をした直後に思いっきりむせた。噛み砕くのかなと思いきや、むせたのでこっちがびっくりしたい。

「なにしやがんだ!」
「いや、ふつうむせるとは思わないじゃないですか」
「いきなり突っ込まれて対応できるかアホ!」
「えー禁煙に丁度いいかなと思ったのに」

残りの飴を手渡すと、微妙な顔でポケットにしまわれた。これは最終的にポケットの中で溶けてるやつだろう。それで何気なく突っ込んだ手がベタベタになって悪態をつくんだ。

「じゃあ、そろそろ仕事に戻りますね。事務処理頑張ってください」
「……ああ」

鋭い視線に見送られながら喫煙所を後にした。

*

あらかた書類の山が片付いたので、それを手土産に土方さんに届けに行くと、彼は煙草も吸わず書類と向き合っていた。いつも煙っている書斎の空気が清浄に近い。部屋の主の袖まくりした腕には、丸くて大きなパッチが貼られている。

「ニコチンパッチの残り使ったんですか」
「お前に処方された残りだ」
「ちゃんと処方箋の通りに使ってくださいよ……」

使わなくなった湿布や軟膏その他の薬剤の余り・残薬を流用されるのは薬剤師さんと医者の切実な悩みだ。同じ症状に見えて実は違う病気だとか、使用期限が切れているとか、向精神薬を他人にあげたとか、トラブルの原因になるし何より法律違反だ。何らかの理由で使わないなら自分で処分するか、こっちに持ってきてください……。もちろん持ってこられた残薬は処分するし、余った理由に合わせて薬を調整する事だってできる。

「長生きしてほしいんだろ」

まあ、残薬の流用は頭が痛いけれど、禁煙しようという努力が見えるのなら、今の間は良しとしよう。

もちろん、残薬の分、処方するニコチンパッチは減らすけれど。
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