沢田さん家の長女さん! | ナノ

沢田さん家の長女さん!

君の100パーセントをちょうだい
ボンゴレ10代目の座を狙い二度に渡る反乱を起こし、一度目は9代目の温情により首謀者XANXUSを死ぬ気の零地点突破により凍結、ヴァリアーは無期限の活動停止処分となった。凍結されたXANXUSは8年の時を経て復活し、今度は標的を若干14歳の沢田綱吉に変え、二度目の反乱が起きた。

当代のボンゴレボスを死ぬ気の炎で稼働する兵器・モスカに幽閉し、その生命を危険に晒すというボンゴレ史上類を見ない二度目の反乱は、大方の予想に反してXANXUSにボンゴレを継ぐ資格が無いことにより、失格。勝者は沢田綱吉となった。その結果に怒り狂うXANXUSはヴァリアーの隊員50名を彼に差し向け、彼とその守護者らの抹殺を図ったものの、守護者たちが彼らを退け、その幕をおろした。

二度も大きな反乱を起こしたXANXUS率いるヴァリアーへと下された処分は、その行いを鑑みるとあまりにも軽いものだった。

まず、ボンゴレ本部へのヴァリアーの物資資金人員の流れの報告の義務。これは反乱を起こそうとするとどうしても入り用になるものを監視する事によって反乱を事前に察知、不審な動きが見られればすぐさま鎮圧できるようにするためのものだ。

ついで、ボンゴレ本部から送られてくる監査官の受け入れ。これは本部に送られてくるデータ通りにヴァリアーが活動しているかの監視のためである。その他に隊員を監視し、少しでも妙な動きをしている隊員がいれば即座に本部へと報告する。簡単に言ってしまうとスパイだ。

この処分にヴァリアーは精一杯かつ最大限の反抗をした。監査官はヴァリアーの一般隊員の入隊基準を満たす人間であること。つまり、一定の身体能力を持ち、7ヶ国語を自在に操る人間で無くてはならないということである。希少な人材を割く必要のあるこの要求に難色を示す門外顧問だったが、ヴァリアーの士気のためだともっともらしい理由をつけられれば何も言えなかった。

処分が下されてから5年の月日が流れ、五指に余る数のボンゴレ本部の優秀な人材が、ヴァリアーの毒牙にかかり多様な形で消えていった。人材の浪費に嫌気の指した上層部は内側からの監視をやめることにしようとしたが、二度の反乱の様子を知るものは強硬に反対した。強硬派をなだめるため、9代目によって送り出されたのが、沢田家の長女にしてかつてXANXUSと対立したボンゴレ10代目の双子の妹、沢田愛海である。

*

そのような経緯で沢田愛海が監査官として送り出されてから2年の歳月が流れていた。この間彼女は、ときにはヴァリアー本部で、ときにはボンゴレ本部で、自らの身に降りかかる火の粉を払ってきた。ヴァリアーに身を置きながら、何かがあればヴァリアーをボンゴレに売らなければいけない立場上、なかなか他の隊員と打ち解けることはなかったが、それでも必要なときはお互いに協力し合う関係を築いていた。ヴァリアーのボスでなおかつ愛海にとっては初恋の男、XANXUSとはこれといって進展は見られないと彼女は感じていたが。

愛海は腕を大きく上に伸ばし、一気に力を抜いた。そして大きく嘆息する。彼女の前には座高の低い彼女には前が見通せない程に高い書類の山が出来上がっていた。イタリアにありながらヴァカンツァなどというおめでたい風習からは縁遠い、むしろヴァカンツァに浮かれる標的を狩る立場にあるヴァリアーにあっては、イタリアでの年度末である8月は会計や人事に加え物資の書類が山のように彼女のところへとやってくる。去年もそうだったとはいえ、気の重くなるような状況にもう一度ため息を付いて愛海は書類に手を付けた。

そこにノックもなしに扉が開けられる。この乱暴かつ無礼な開け方はヴァリアーのボス、XANXUSだな、と愛海は推測した。気配に気づかないことなど彼に限ってないだろうと思いながら、訪問者のために彼女は立ち上がる。そこには予想通りの姿があった。愛海の胸が高鳴るが、表情にはおくびにも出さなかった。

「多いな」
「嵐隊の方が4人がかりで持っていらっしゃいました」

恨み言めいた愛海の言葉にXANXUSは何も言わなかった。ただ、微妙に憐憫を込めた視線を彼女に送っただけであった。彼女は色々言いたいのをぐっとこらえてXANXUSが用件を切り出すのを待つ。

「任務だ」

XANXUSは愛海の予想外のことを告げる。鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべ、彼女はしばらく目を瞬いていたが、ハッとしたように口を開く。

「ランクは」
「……Sだ」

愛海はめまいを感じた。彼の答えにあった一瞬の逡巡に気づかずに。Sランクといえば、幹部クラスの人間が複数の隊員を引き連れて行うような難易度の任務だ。そのような任務に自分が関わることになるとは彼女は思っても見なかった。もしかして最近どことなく不穏な動きを見せているミルフィオーレだろうか。こめかみを押さえながら彼女は言う。

「私と、誰が行くのでしょう」
「オレだ」

愛海はこめかみを押さえる手を強くした。いくら百戦錬磨のボスとはいえ、たった二人でSランクの任務とは。唇が引きつるのを感じながら彼女は口を開いた。

「私と、ボスだけですか?」
「ああ」
「今から?」
「ああ」

至極当たり前のことを聞くなと言いたげな様子のXANXUSを諦めたように見ながら、愛海は万年筆のキャップを閉めた。ここで駄々をこねて余計な時間を食うよりも、早く任務を片付けてしまったほうが良いと感じたからだ。

「わかりました。すぐに準備を済ませます」

*

白昼堂々の暗殺という一見すると厄介そうなこの任務はあっけなく終わった。愛海は本当にSランクなのか、と感じたが黙っていることにした。
なぜならば。

愛海は任務を終えた後、XANXUSに腕を引かれて入った高級ブティックで着替えさせられ(彼女にとって恐ろしいことに会計は彼持ちだ)、美しい海が一望できるホテルの上階にあるリストランテにつれてこられていたからだ。その一連の動きをこなす彼はどことなくコッキングされた銃を思わせる緊張感があった。

任務はこの食事に誘うために彼女を連れ出す口実だったのではないかと愛海は感じていたが、それを口に出すほど彼女は自分に自信を持っていなければ、傷つくことを恐れないほど強くもなかった。

男が女性に服を贈る意味を知らないわけではなかった。だが、その期待が破られることを彼女は恐ろしく感じていた。それが10年以上も焦がれ続けた相手ならば、尚の事。

黙々と食事を口に運んでいく二人。食事にはうるさい男である彼の選んだだけはあって味は非常に良かったと彼女は感じたが、口に出せそうな空気ではない。もともと寡黙な男は食事中に喋ることを特に嫌う。長年に渡る教育で口に物を含んで喋ることを下品と学んでいた彼女も食事中は話さない。

男は珍しく物を投げることも食べ物に一気にがっつくこともなく、ひと足早く食事を終え、食後酒として出されたグラッパを舐めるように飲んでいた。愛海が食事を取りながらちらりと彼の方を見やる。食事を飲み込んだタイミングを見計らったのかそうでないのか、彼女が嚥下して次の魚をフォークで突き刺す直前で彼は口を開いた。

「うめえか」
「ええ、とても」
「そうか」

彼は満足そうに唇を歪めた。そして機嫌よく食後酒を呷る。彼女は不思議そうに彼を見つめていたが、言いたいことを言い終えたのだと感じて食事を再開した。

*

食事を終え、リストランテ(会計はまたもや彼持ちであった)を後にした二人は、ホテルに泊まることにした。飲み足りないがバールには行きたくないという彼の主張に彼女が白旗を上げたためだ。これまで支払われた服代と食事代に加えて、泊りの料金も酒代も払うとまで言われれば愛海も折れるしかなかった。それにどうも予約を取っていたらしく、すんなりホテルで一番高い部屋に通されてしまったことも、彼女が折れた理由の一つである。

日は随分と傾いており、空と海をオレンジ色に染めていた。窓際の椅子に座った愛海はブランデーをちびちびと舐めながら顔見知りの大空属性持ちの人間をぼんやりと思い浮かべていた。年代物のブランデーはアルコール度数の割にアルコール臭さはなく、まろやかな味だ。1リットルに満たないボトル一本で、日本円にして二桁万も取るだけはあると彼女は感じた。

彼女は部屋を振り返り、顔見知りの大空属性のうちの一人を見る。XANXUSは部屋の中央付近にある一人がけのソファに足を組んで座り、王者の風格を漂わせながらテキーラを飲んでいた。リストランテで度数の高いグラッパを一気に飲み、客室ではテキーラにまで手を出しても、彼の顔色は全く変わることがない。

こんなホテルにまで連れ込んで、一体何がしたいのか。理解できない男の機敏に彼女は小さく嘆息して、グラスの底が見えるほどの角度でグラスに残った酒を飲み干した。アルコールが喉を一気に通り、腹の中に熱さを感じる。愛海は洋酒であればそう簡単には酔わない。

「飲むか?」

その様子を見ていたXANXUSはテキーラのボトルを愛海に掲げて見せた。アガベ100%のセレブがよく飲む銘柄だった。彼女は断る理由もないので、いただきますと言ってしっかりとした足取りで彼のもとに向かった。

「ストレートでも美味しいですね」
「安酒と比べるな」

愛海は以前に飲んだテキーラと比べながら感想を述べた。前に飲んだ物はアルコールの刺々しさが目立ち、とても飲めたものではなかった。だが今度のテキーラは、アガベの甘みと香りが深い。これはいいな、と彼女は内心で呟いた。

「ブランデー」

そう言って彼はテーブルの差し向かいに座る彼女の方へグラスを押しやった。愛海は手を伸ばしてグラスを取ろうとするが、小柄な彼女の腕では広いテーブルの対辺よりにある硝子の器には手が届かない。やむなく彼女はテーブルの向こうにいる彼の方に近づいた。

彼の座っているソファのすぐ近くに立つと、アルコールの力で普段よりは柔らかくなっていたはずの空気が、一気に緊張をはらんだそれに変わる。愛海はXANXUSの発する空気に当てられたように体を強張らせた。

「……愛海」

組んでいた足を解き、XANXUSがソファから立ち上がった。彼が立ち上がれば愛海は彼の胸ぐらいの位置に頭が来る。凍らされたのが16歳という成長期の最中であったためか、解凍されてからの7年でまた背が伸びていたのだ。

XANXUSは鋭い眼光で愛海を見据え、少し厚みのある唇を開いた。愛海は見えない何かに抑えられているように、動けない。彼女には、彼が何を言うのか、なんとなく、分かる気がした。確証は持てなかったが。

「てめえが払いきれねえ火の粉はすべて払ってやる。欲しいものがあればすべてくれてやる。だから」

ここでXANXUSは言葉を止めた。愛海は信じられないという思いで彼を見上げている。彼はその視線を真っ向から受け止めながら、彼の手に収まるほどの大きさの小箱を取り出した。彼女に向かって差し出されたのは、赤いベルベットに包まれた丸いフォルムの箱。それに収めてあるものが何かを知らないほど彼女は無知でなかった。彼女は小さく息を詰めて、彼の顔と手の内にある箱を見比べていた。彼の顔が赤いのは夕日のせいか、それとも。

「――だから、てめえのすべてを捧げろ」

箱の蓋が開く。愛海の想像した通り、箱の中央に、夕日を受けて燦然と輝くダイヤモンドが乗った白金の指輪が鎮座していた。愛海はありえないものを見つめるような顔つきでXANXUSを見ていた。彼の目の中に冗談も嘘も見られないことに気づいた彼女は、決断を迫られているのだと悟った。

彼女の中で、ボンゴレ本部からの命令と、自分の望みがせめぎ合った。どうして自分にこんな話を持ちかけているのかは彼女はわからない。それでも、一も二もなく彼の意思を受け止めたい、彼女はそう考えていた。

だが、彼女はそれが許される立場かといえばそうではなかった。

彼の言葉を受け入れれば、ヴァリアー監視任務の続行は不可能になる。XANXUSと恋仲ということになれば、ボンゴレ本部よりの立場が保てなくなるからだ。そうすれば、自分を送り出した9代目の顔に泥を塗る事になるのではないか。彼女はそれを恐れていた。短い時間では答えられないと考えて、一度保留にしようと彼女が顔を俯けたとき、その脳裏に優しい声が蘇った。

――君の好きにしなさい。

ボンゴレ9代目が愛海をヴァリアー本部に送り出すときにかけた言葉だった。あの時の彼女には彼の真意がわからなかった。だが、今なら少しだけ分かる気がした。まさか9代目は、XANXUSがこうすると分かっていたのか。彼女は神の采配とまで謳われた彼の先見性に愕然とした。そして彼女は、イタリアに来てからというものの、自分の好きにしたことが殆どなかったことを思い出した。

――今度ばかりは私の好きにさせてもらう。

あれ程迷っていたのが嘘のように、愛海はすっきりとした気分で居た。目を閉じて、俯けていた顔を上げる。彼女が改めて見た彼の顔はどことなく不安そうに写った。

「私で良ければ喜んで」

答えを聞いた彼は、どことなく安堵した様子で目を閉じた。そして閉じた瞼を開く。少し緊張した面持ちで箱から指輪を取ったXANXUSは、愛海の左手の薬指にそっと指輪を通した。サイズはきつすぎずゆるすぎず、ダイヤモンドも華美すぎない彩りを彼女の華奢な指に添えている。

「後になってやっぱり返せと言っても貰ったもんは返さん。コイツも受け取らねえ」

コイツ、のところで彼の指は白金をなぞる。つまり、この手を離す気はないということなのだろう。そう感じ取った愛海は幸せそうに笑んだ。

まずは昔話から始めなければ。そして互いの時間の違いを埋めていこう。

窓の外では夕日が二人を見守っていた。

4/14「共鳴」様に提出
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