沢田さん家の長女さん! | ナノ

沢田さん家の長女さん!

長女さんの遠い過去:その1
「ここ、どこ……」

幼子は迷っていた。彼女はついさっきまで、父親とともに城の中を歩いていたはずだった。だが、瞬き一つしたときには別の場所に立っていた。豪華でそれでいて上品な装飾が施された家具の数々。窓枠の装飾が父親と歩いた廊下と同じだったためきっと同じ城にいるのだろうと彼女は思った。そして、家具の高さから、さほど背の高くない人―例えば子供―の部屋ではないか、とも。だがそれとともに、幼いながらも勘の冴えた彼女は言葉にし得ない何かを感じ取っていた。

不安げにギターケースのしょい紐を握る手は震えていた。彼女はぎゅっと目を閉じて弱弱しい声で父親を呼んだ。

彼女の名前は沢田愛海。年齢は6歳。父親である沢田家光に連れられてイタリアに来ている。双子の兄の綱吉の方は出発前日になって急な高熱を出し、母親の沢田奈々と共に日本に残ることになった。

幼い彼女は知らないことだが、彼女が滞在することになっていたのはボンゴレ本部。彼女が来ることはトップシークレットで、ほとんどの者に細かい素性も伏せられていたし、愛海のほうも不用意に名乗らないようにと真剣な面持ちの家光から言われていた。

それはさておき、彼女は部屋の中をきょろきょろと見回しながら考えていた。うーんと首をかしげてもわからない何か。やがて彼女は考えてばかりでは何も動かないことに気づいた。ドアを開けたらお父さんがいたりしないかな、などと考えながら背伸びして手を伸ばし、ドアノブを掴もうとした。

だが、ドアノブはひとりでに回った。ぎりぎりめいいっぱいまで背伸びするためにドアに手を付けて体重をかけていた彼女は外開きのドアが開いた拍子に転んでしまう。

転んだ拍子に胸部を強く打ったためにせき込む愛海。けほけほ言いながら四つん這いになってちょっと視点を上げると、さほど大きくない靴が見えた。愛海がぱっと顔を上げ、体を起こすと目つきの悪い少年が立っているのがわかった。

愛海の知らない男の子がそこに立っていた。年はさほど変わらないのではないかと彼女は思った。だが目つきが彼女の周りにいるどんな子供よりも悪い。背は立った彼女よりもやや大きい。臆病な彼女はぎくりと体をこわばらせた。

彼がきつい声音で何事かを言うが、生まれてこの方ずっと日本語を聞いて話して生きていた愛海には何を言っているのか全く分からない。だけど状況と勘で、自分が何者か、と問われているのはわかっていた。父親に名乗るなと言われている旨を彼にどう答えていいかわからず、彼女は困惑していた。

やがておどおどするばかりで何も言わない愛海にしびれを切らしたのか、少年が彼女をどんと突き飛ばす。彼女は部屋の中に戻されるようにしりもちをついた。少年が後ろ手にドアを閉める。

影になって彼の顔は愛海からは見えない。それがひどく怖く感じられて彼女はずり、と後ずさりした。彼から離れると同じだけ彼は歩を進めた。
その一方的な攻防も愛海のギターケースがどん、と壁にぶち当たり、その衝撃が彼女に伝わることで終わりを告げた。もう退がることはできないのだ。彼女は固唾を飲んで距離を詰めてくる少年を見ていた。

窓際まで後退したおかげで、少女にも彼の表情が見えるようになった。少年は笑っていた。愛海という獲物を追い詰め調理する昏い喜びがそこにあった。悪意が込められた笑みを見てしまった愛海は心底震えあがった。彼は彼女の怯えようにますます気を良くしたらしい。少年の笑みが深くなり、少女の震えは大きくなった。

少年が少女の胸倉をつかみ何事かを言う。少女は誰何されているのはわかっていたが、唇は震え、声帯はこわばり、声などでない状態だった。よしんば出たとしても言語の壁があるため意思疎通は困難なのだが。少年の手が振り上げられ、彼の掌が光る。それを見て愛海はとても嫌な予感に揺さぶられた。だが、少年が彼女の胸倉をつかむ力は存外に強く、振りほどけたとしても逃げ場はない。
やがて光は熱を持った炎の球になり、それがゆっくりと愛海に近づけられた。



ボンゴレ本部のごく一部では蜂の巣をつついたような騒ぎが起こっていた。この日、門外顧問の愛娘愛海が父親に連れられてボンゴレ本部を訪れていた。本来であれば双子の兄の綱吉も一緒だったのだが体調不良のためやむを得ず日本にとどまることになっていた。

沢田家の祖はボンゴレの祖でもある。彼の存在はボンゴレボスが9代目となった今でも大きい。そんな初代の子孫の本部訪問による無用な混乱と憶測を招かないため、何よりも彼女の安全のために、この訪問は外部はおろか内部でも極秘にされ、彼女の存在を知っているのは父親である沢田家光と9代目、それに守護者のみであった。

ところが、そこまでして安全を確保していたはずの娘が忽然と姿を消したのだ。それも父親の目の前で。この出来事に若獅子と呼ばれた男も顔面蒼白になり、上司である9代目のもとへ駆け込んだ。報を聞いた9代目はすぐさま原因の調査を行うべく守護者を集めた。そして父親も交えて、いなくなった原因を一つ一つ挙げて、検討し、原因を探っていた。その結果、たった一つだけ、それが起こりうる出来事があった。

10年先の被弾者と現在の被弾者とを交換するボヴィーノの秘弾についての研究。つまり、10年バズーカについての研究だった。実験が行われていたのは彼女が歩いていた廊下の真下である。そして、彼女がいなくなったまさにその時、秘弾の暴発があったというのだ。

以上の情報からこの実験が原因の可能性が高いと判断した9代目によって、即座に研究の責任者が召喚された。ボンゴレのワンツートップと幹部の最高峰に位置する人間、つまり雲の上の人に囲まれた研究者が滝のように汗をかきながら言うには、こうだった。

我々は、ボヴィーノの秘弾10年バズーカを研究して、5分間しかタイムトラベルできず、10年後にしか飛べないという制約をなくすことを目標としていた。その実験の最中に、改良型10年バズーカが暴発してしまった。弾丸の発射が確認されたが、研究室の人間は誰も入れかわらなかったので失敗だと思った。まさかボンゴレ9代目自らがもてなすほどのVIPが別の時代に飛ばされてしまったとは夢にも思わなかった。

目の前で娘が居なくなって吃驚仰天した父親や、術師の侵入かとあらゆる痕跡を探った守護者ら、警備に穴があったのかと生きた心地のしなかった守護者の腹心の部下にとっていい迷惑であった。

起きてしまったことは仕方がないので、一刻も早くVIPもとい愛海がどこに飛ばされたかの特定と元の時代に戻す手立てを探ること、そしてこの件について一切口外することを禁じる命令が9代目より下され、研究者は一命をとりとめた。
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