補給班長の業務日誌
After rectification 02
正確なデータに基づいた予測は予知に限りなく近いものになる。彼らは予想襲来時間の午前2時きっかりに私のいる部屋に入ってきた。歩幅まできっちりはかったような正確さ、いつの時代も変わらないプロとして安定した質、堂々とドアから入ってきた大胆不敵さに舌を巻く。「うししっ起きてんじゃん。にしてもさすが10年前。わけーな」
「眠たそうね〜」
「う゛ぉおい!10年後は随分と世話になったなあ!」
ヴァリアーの幹部が勢ぞろいである。10年後と違うのは髪型やひげ、霧の守護者がアルコバレーノ・マーモンであることぐらいか。授業中も必死で考えて、自分は仮にも士官学校に籍を置いてる人間だからもしかしたら逃げられたりしないかと思ったが、このメンツが相手では無理だ。にしてもレヴィ隊長の視線が怖い。視線で殺されそうだ。
「ところで、どうして周りは寝ているのに君は起きているんだい?」
「おおよそこの時間にあなたたちが来るとわかっていたので」
「なぬっ。小娘、何故分かった!」
「どういう巡り合わせか、10年後ではそこの作戦隊長殿と補給計画を立ててましたから。どのくらいで作戦を実行に移せるようになるのか、またいつ決行するか、見当はつきます」
レヴィ隊長はぬっと言って口をつぐんでしまった。ムム、とマーモン隊長が考えるようなしぐさを見せる。やがてマーモン隊長が口を開いた。
「じゃあ君には僕たちが何をしにこんなところに来たのかもわかっているわけだ」
「ヴァリアーに必要な人材の獲得」
「正解だよ。君に隊員候補になってもらう」
やはり、か。さて、どうしたものか。朝食の後、必死で考えて、逃げることが無理なら交渉するしかないという結論に至って、座学・訓練・座学・訓練・訓練でしごかれて眠い体を無理に起こしていたのだが。このメンツを説得は難しいだろう。だがやってみるしかないか。
「今の私の能力は決して高くないと思うのですが?」
「俺たちの到着時間を予想しておいてそりゃねーだろぉ!」
「7ヶ国語も話せないです」
「覚えればいいのよ」
「それにまだ私子供ですよ?」
「王子の前でそれ言っちゃう?オレ、お前と同い年だぜ?」
「私早生まれです」
「あ、そ」
ベルフェゴール隊長よりも年下であることを告げたが、彼はあっさりと流した。くそ。早くも言い訳のレパートリーが尽きてきた。
「給料には満足していますから」
「でも君の趣味は何かとお金がかかるんじゃないのかな。うちの給料なら思う存分好きな機材で写真撮れると思うけど」
ぐっと変な声が出た。確かに中判カメラが欲しいと思っていたんだ。でもここで退いたら多分無理やり連れてかれる。同室の先輩よ起きてくれ、と祈ったけれど、天然メガホンヴォイス隊長ががなっても起きない。幻術にかけられているのかもしれない。おそらくはこのフロア全体の人間にかかっているんだろうな。
「10年後の世界の私がそちらに転職したのは卒業してからだったはずですが、待っていただけないのですか?」
「貴様、そう言って逃げるつもりだろう!」
ばれてた。思わず視線を泳がせる。それを肯定ととったレヴィ隊長が追い打ちをかけてくる。この人って煩悩には弱いところがちょくちょくあるけれど、そこはやはり一流大学の首席卒かつ、教授の道まで用意されていた立派なエリート。煩悩が絡みさえしなければ、頭の回転が非常に速い。所詮たかが士官学校の、学年の上位一桁パーセントにギリギリ引っかかるレベルの人間とは頭の出来が違うのだ。
「貴様の家の者が一族郎党皆軍人で、貴様がマフィアを良く思っておらんことも分かっておる!貴様が俺たちのことを知っているように、俺たちだって貴様のことを知っているのだ!」
渾身のどや顔でそう言ってのけたレヴィ隊長に思わず頭を掻きたくなる。参ったな。このままだとついていかなければいけないみたいな流れだ。でもここであなた方についていきますってのはなんか負けた気がするから嫌だ。困ってしまった私にルッスーリア隊長が問いかけてきた。
「どうしてそんなに頑ななの?」
「マフィアになるのは嫌だからです」
その時全員がぶっと噴きだした。そして一斉に大笑いする。マフィアになりたくないというのは、普通の人間の感覚だと思ったのだが。普通ではない彼らにはその感覚が奇異に映るのだろうか。
「あんまりにもあなたが普通でびっくりしちゃったのよ」
「幻術にかけられてることもしらねぇでなぁ!」
作戦隊長がさらっと落とした戦術核に思わず固まる。幻術?何が?まさか、この風景が。
「まさか、あなた方、最初っから……!」
その時、さあっと藍色の霧が晴れて、私の目の前が一気に変わった。さっきまで確かに宿舎の中にいたはずなのに、外の広場にいた。両手両足を縛りあげられて、レヴィ隊長に荷物のように担がれている。こん中で一番体格がいいからか。
「そうだよ。君に最初から拒否権はなかったんだ。これからボスのために働いてもらうよ」
「ししっ、そーいうことで、これからよろしくなー」
私はがっくりと首を落とした。レヴィ隊長の制服の布地が見える。軍の制服より生地がいいな。あまりにむごい仕打ちに思わず現実逃避をしてしまう。
確かに、未来でフラン隊長を剣でもって追いかけまわしてロープで縛りあげて『スカウト』するようなこの人たちが、実力行使に出ずに普通に話してくれているからおかしいとは思ったんだ。
よく考えなくても、『スカウト』に失敗したとあれば彼らのボスのお怒りやすさまじいことになることは分かる。その怒りを真っ先にそして最大限受けるのが作戦隊長だ。殺られたくない作戦隊長なら、作戦には万全を期すだろう。どうすれば私を本部まで確実に輸送できるか。簡単だ。私に抵抗のチャンスを一切与えないこと。
そして、おそらく彼は私が説得に持ち込もうとするのも予測していたんだろう。その説得をことごとく論破することによって意思をくじくことも狙いだったに違いない。
全ては作戦隊長の手のひらの上で踊っていたに過ぎなかった。話し合えるかもと考えた私の見通しが甘かったのか……。悔しいが完敗だ。私は心の中で両手を上げた。それは紛れもない降参の合図だった。学費を返還することになる父と母と兄に謝罪した。特にまだまだ出世の見込みがあった兄の顔には泥を塗ることになってしまった。どうかこの先、私の行く末が彼らに知られることのないように。
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