補給班長の業務日誌
After rectification 01
世界中で同時多発的に大きな地震が起きた。それから数時間たった朝食中の食堂ではやれ終末だ、天の王国だ、悔い改めよ、などと騒がれていた。私はその騒ぎを気にするどころではなかった。食事をトレーに乗せながら頭を抱えていた。なぜかって?暖かな炎が、その地震の原因となる事象を伝えてきたからだ。10年後の未来に起きた悲惨な出来事。沢山の人が決して浅くはない傷を負いながら、それでも恐ろしい未来と強大な力を持つ男に抗い続けていた。最後には一人の優しい女の子とロリコンもとい男性が消えてしまった。あれは間違いなくロリコンだ。ロリコンの鑑だった。それはさておき、彼女と彼は世界のために命をかけて、彼女たちを侮辱した男は優しい男の子によって消し飛んだ。そして女の子の炎によってこの記憶は届けられ、なんやかんやされて、世界は平穏に続いていくことができるようになったのだった。
予言者でもこんなイカれた夢は見ないのではだろうか。そう思うくらいその記憶は長くて、壮大なものだった。まとめ方に他意はないしγと名乗る男がロリコンであるということへの異論は認める。
未来の記憶の中で私は、あのボンゴレファミリーの、それも暗殺部隊ヴァリアーの補給班にいた。激増する仕事の中で、内心愚痴を言いながらもなんとか仕事をやっていた。上司たちがそれぞれの戦いを繰り広げている間、ひっくり返った暗く寒いコンテナの中で死を覚悟していた。そこから辛うじて生還して、ココアを飲みながら見上げた夜空を見上げていた。直後にまた仕事を始めていた。なんだこの社畜。そして残党狩りの支援を部下に任せて日本に行く幹部たちに同行し、夜通し作業を行っていた。最後にこの時代に帰るかわいいボンゴレ10代目と喜んで握手していた。その時のなんと幸せそうな顔。驚くべきことに自分はショタコンだった。ロリコンのことを笑えない。
宿舎のベッドで頭痛に転げまわりながら、最後まで記憶を見終えたとき、私は愕然とした。世界征服とか白蘭とかトゥリニセッテとかロリコンとかショタコンとかそれらについてではない。首から下はいらない人間だとボロクソな評価を下されたことも、今はどうでもいい。それよりも、何故マフィアに就職しているのかと。私は一族代々軍人の家だった。私も当然、父や兄のように立派な軍人になるものだと思っていたし、そのために士官学校に入学したのだ。だというのに、なぜ、よりにもよって、マフィアなのか。あの時代の私は父や母、兄にいったい何といったのか。そして、現在の私は一体どうすればいいのか。
おそらくあの記憶は、この時代のヴァリアーの幹部らにも伝わっているだろう。さて、欲しいものがあれば手段を問わずに獲りに行くあの連中が、使える人材を見つけたとき、どうするか。答えは非常にシンプルだ。たとえこの士官学校にいたとしても迷わず獲りに行く。それが彼らだ。
マズイ。マズイぞ。このままだと確実に私の再就職先がマフィアになる。そんなの絶対に嫌だ!!今なら頑なにボンゴレ10代目になることを拒否している彼とも仲良くなれる気がした。こちらもあちらも言葉がわからないが。いや、彼の方には獄寺隼人氏がいるから彼を介すれば意思疎通できるのか。やってくれるかどうかは疑問だが。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
逃げよう。脱落者や脱柵者と後ろ指をさされてもいい。強制的に脱柵させられてマフィアとして生きるよりかは、不名誉なことではないはずだ。それまで国費で賄われていた学費を全額返還させられる父と母には申し訳ないが、子供がマフィアになるよりはましだと思ってほしい。
逃げることを決めたのがつい数時間前。私は昼食中の学生が集う食堂でまたもや頭を抱えていた。脱柵者は軍によって執拗に追跡される。そして連れ戻される。ヴァリアーだけでなく軍からも逃げ回るのはしんどい。だから穏便に自主退学という形に持っていきたかったのだが、先ほど退学を教官に申し出るとしつこく引き留められた。教官の使える伝手をすべて使って配属先の希望を聞いてあげようとまで言われてしまったので、その場では結局折れてしまったのだ。あの昼行燈教官なら「あ、そう」で流してくれそうなものだと思ったのだが。
食事をとりながら、唯一情報の入ってる10年後の彼らを基準として、私がさらわれるまでに残された時間を計算してみる。こんなことができるほどに彼らに深入りするの嫌だ。
私がここの二回生であることを調べ上げるまでに6時間もあればおつりがくるだろう。そして奪取作戦の立案と部隊の編成は、一応軍が相手だから2時間はかけるだろう。必要な物資は本部でプールされているのを持っていけば早い、物資の仕分けは1時間。こちらは北イタリアで連中は南イタリアだから移動はナポリから専用機でボローニャまで飛んでやってくる。移動時間は4時間といったところか。合計13時間プラスマイナス1時間。
なんてこった。連中がその気になればほぼ間違いなく今日の20時には、私に到達することができる。これはあくまで10年後だから、現在はそこまで早くない可能性は、多分ない。なぜならば彼らはヴァリアーだからだ。ヴァリアークォリティのすさまじさは未来の記憶で嫌というほど分かった。
さらに予測を立てていく。おそらく連中は軍と出くわして交戦することは避けたいだろう。今回の目的は生け捕り。そのため、戦闘力に劣る私を戦闘に巻き込むことはリスクが大きい。幻術も積極的に使うだろうがそれでも昼間に作戦を実行することの危険は大きい。となると必然的に彼らが選ぶ作戦実行時間帯は、彼らの独壇場である深夜だ。この時間帯はどうしても警備はぬるくなるし、同室の人間も連日の訓練で疲れていて熟睡しているから大抵のことでは起きない。さらには朝の点呼で私がいなくなっていることがわかるまで結構な時間がある。その間に専用機に押し込んで本部に帰ってしまえば、軍に私の足取りを追うことはできないだろう。おそらく彼らがやってくる時間は午前2時プラスマイナス1時間といったところか。
唯一捕まらない可能性があるとすれば、彼らが来る前に退学なり脱柵なりして逃げてしまうことだが……。
この計算が正しければ、逃げたとしても即座に追い付かれるな。多分、私がマフィアに否定的なことも想定しているだろうから行動は早いだろう。これが八方塞がり、というやつなのか。未来がわかっていてもどうしようもないことがこんなに空しいことだと知らなかったしできれば知りたくなかった。
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