夢か現か幻か | ナノ
Kattenstoet
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(後半軽い15禁注意)

書類を提出に副長室まで出てきてみれば、中からなにやら争うような物音が聞こえてくる。もう深夜0時なのに元気な事で。声は三人分。沖田さんに近藤さん、土方さんだ。経緯は分からないけれど、土方さんが沖田さんになんか強制されそうになっていて、近藤さんが沖田さんを諌めている。そんな感じだろうか。

正直に言って、関わり合いになりたくない。けれど、今この手にある書類は数十分前に過ぎ去った昨日が提出期限で、なおかつ今日の土方さんは非番な上にこれから就寝するはずだから、今出さなければ提出は明日になる。なんかお取り込み中だから提出を見送りました、という言い訳がこの状況で通用するか。答えは否。提出をサボるとどうなるか。厄介事に巻き込まれる可能性と、1週間の罰掃除。……今痛い目を見た方がマシそうだ。

「失礼します」

意を決して障子を開けると、くるくるとスピンしながらこちらに向かって飛んでくる物体を視認した。手で受け止めようにも両手はふさがっている。一瞬の事だったので、なす術もなく頭でその謎の物体を受け止めた。

「痛っ」

チクリと頭を刺すような痛み。だけどそれは一瞬だった。何が乗っかった?というか、耳からの情報量が増えたような。そして、揉み合って団子になったまま三人が動かないんだけど、どうしたんだろう。視線はあたしの方を向いているのだけど。

「副長、これ書類です」
「お、おう、お疲れ」

沖田さんや近藤さんだけでなく、土方さんの視線も、一向に書類にいかない。近くに来て分かったけど、この人達の視線、あたしの頭の上にあるな。

頭の上に手をやってみる。……違和感。なんか、自分の髪の毛とは違うモサモサがある。というか、お尻もモゾモゾするような。ギョッとした顔の男性陣の前でズボンを押し下げると、中に針金が入ってる黒くて長い毛むくじゃらの棒が飛び出してきた。腰から、いや、これ、腰っていうか、尾てい骨のあたりから生えてる。長さは後頭部の中ほどまで。え、何?じゃあ、これ、棒じゃなくて、尻尾?

まさかと思って、もう一度、頭の上らへんのモサモサに手をやってみる。毛むくじゃらのペラペラした肉がある。バッチリ触覚もある。って事は、これ、自分の?髪の毛との堺際に指を這わせると、なんかヘアバンド、いやカチューシャ的な部品が感じ取れる。なにこれ。

もしやと思って携帯で自撮りしてみる。ピロリーンと部屋の空気にそぐわない軽い音がなって、裏返した液晶画面には死んだ目でカメラを見つめている猫耳の不審な女がいる……。これ、自分だよね。なにこれ。

「耳?尻尾?にゃんで?」

自分の一言で、沈黙の糸が切れて、数人分の笑い声に変わった。

「にゃんで笑うんですか」
「いや、にゃんって先生……」
「本当は土方さんにつけて笑いものにしてやろうとしてたんだが、これはこれで最高でィ」
「そりゃあ、あたしも20のおんニャが『にゃ』だニャんて恥ずかしいとは思いますけど、そんニャに笑うことニャいじゃニャいですか」

喋ってから分かった。これ、猫耳と尻尾が生えるだけじゃなくて、『な』と『に』が「にゃ」に変わるクソみたいな仕掛けになってるわ。おかげで真面目に言ってる台詞がふざけているようにしか聞こえない。なんだこれ。

これがなんであれ、もうこれ以上笑いものにされるのは嫌だ。そう思って猫耳を引っ張るけど、はずれない。それどころか、なんか引っ張ったらまずい感じの痛みが頭を襲った。偏頭痛とも違う痛みだ。

「あ、それ無理に外すと脳みそ千切れるんで」
「おい、そんな呪いの装備を俺につけようとしてたのかお前」
「いや、結果としてはすみれさんの方が楽しいですねィ」
「そりゃあ若い女の方がビジュアル的にいいだろ!」
「うんうん、俺はきっとお妙さんがつけてくれたら似合うと思うな」

よし行ってくる、と近藤さんは駆け出してしまったけれど、あの人絶対半殺しにされるよ。

まあ別に近藤さんが半殺しになるのはいつもの事だとして、問題はどうしてこうなったかだ。「経緯は」と尋ねる声が知らず低くなったのは不可抗力だろう。

「あーっとですねィ。明日、いや今日は猫の日でしょう」
「猫の日」
「それはちゃんと言えんだな。2月22日は『にゃんにゃんにゃん』だから猫の日っつー安直な話なんですが、俺ァ考えたわけでさァ」
「俺にその妙ちくりんなカチューシャをかぶせて笑いものにしようってか」
「流石土方さん。よく分かってるじゃないですか」
「桜ノ宮、コイツ八つ裂きにしていいぞ」

それは、この話を最後まで聞いてからだ。それが伝わったのかどうかは知らないけれど、沖田さんは少しだけバツが悪そうな顔で続けた。

「あー、これは寄生型のえいりあんでさァ」
「えいりあん?そんなもん桜ノ宮につけて大丈夫なのか」
「さっき言った通り、無理矢理引き剥がそうとするとかそんな事さえしなきゃ無害ですぜ。大体24時間で剥がれ落ちるそうです」
「だってよ」
「そうですか。じゃあニャんでこれがあたしの頭の上に降ってきたんですか」
「俺と土方さんと近藤さんが揉み合う内に、カチューシャがすっ飛びまして、そこにタイミング良く、じゃねーや、タイミング悪く現れたのがすみれさんでさァ」
「状況は理解しました」

体側にくっついた拳が震える。とりあえず関係者一人あたり10発は殴らないと気がすまない。自分のタイミングの悪さが恨めしい。そしてコイツら、人が一生懸命仕事している時にそんな事やってたのかマジで腹立つな本当に。

「悪かったな。でも、なんだ、その、か、か」
「か?」
「土方さんそこで詰まるのはダサいですぜ」
「うるせー!!」

沖田さんと土方さんがくだらないやり取りを始めた。普段なら自分も参戦したりするんだろうけど、今日ばっかりはそんな気分にもなれない。

「これから、あたし休みでいいですか」
「……ああ」
「すみません、では失礼します」

引きつった顔の土方さんから休みをもぎ取って、いそいそと彼の部屋の押し入れに向かう。そして布団を落とし、上段に足をかけて、内側から戸を閉める、が。土方さんの黒い靴下を履いた足が差し込まれて、あたしの完全なる籠城計画に破綻を生じさせた。

「待てやコラァァ!」
「ニャんですか」
「……なんで俺の部屋の押し入れに入る?」
「だってこんニャ格好で廊下歩けニャい」

土方さんは笑いを堪えるようにそっぽを向いて、小刻みに震えている。こころなしか声も半音高いような。そんなにおかしいかこの状態が。押し入れから引っ張り出そうとする土方さんの腕を避ける。そう簡単に捕まってたまるか。

「いや、だからって俺の押し入れを使うな」
「誰のせいでこうニャったと思ってるんですか」
「……三分の一は俺だな」
「じゃあ押し入れ貸してもらえますね?」
「別に……似合ってるんだからいいだろ」

気がついた時には、がっしりと体を掴まれて、暗い押し入れから明るい副長室に引きずり出されていた。

「……え?馬鹿にしてるんですよね、きっとそうですよね」
「そりゃ被害妄想だな。猫耳が似合ってて、その、なんだ、かっ、か、か、可愛いって言ってんだよ分かれよ!」

なんで怒られているんだ?つーかいつの間にか沖田さんいないし。あの人、土方さんの気がそれた一瞬で逃げ出したな。相変わらず抜け目のない事で。

「本当ですか?これ、変じゃありません?」
「いや、全然」
「でも土方さん笑うの我慢してるじゃニャいですか」
「……そりゃあ、お前、いい歳こいた男が女見てニヤニヤしてるなんざ、みっともねェし、第一気持ち悪ィだろ」
「そうニャんですか?」
「……ああ。そうなんだよ」
「でも最初ゲラゲラ笑ってましたよね」
「俺ァ笑ってねーよ」

振り返ってみろ、と言われて、回想してみるけど、確かに、土方さん笑ってるっていうか、目を見開いていたわ。近藤さんの笑い声が大きかったからそれにかき消されているのかと思っていたけれど。

「そうだったんですね。ごめんニャさい」
「分かりゃいいんだ」

自分がニャと不本意ながら口走る度に、土方さんは顔を背けて、しばらくプルプルと震えているけれど、もしかして、ニヤニヤするのを我慢していたりするんだろうか。

誤解して土方さんに不快な思いをさせてしまった埋め合わせに、何かできる事はないだろうか。

……と考えてみたはいいけど、そうそう名案なんて思いつかないものでして。

それにしてもニヤニヤしたい時にニヤニヤできないなんて、副長業も大変だ。

「閃いた」
「なにが」
「ちょっと土方さん後ろ向いてください」
「なんだよ」
「いいから」

土方さんに不審がられながらも、背中を向けさせることに成功した。

少し近寄ってみる。……広い背中だ。以前、モーニングコート越しに触れた背中を思い出す。きっとゴツゴツしているんだろうな。

その背中に、意を決して、

「なっ――――!?」

抱きついた。

「な、な、な、なにやってんだ!」
「なにって、抱きついてます」
「馬鹿かお前は!いや痴女か!」
「失敬な!これでも一応土方さんの事を思ってですね」
「ナニ考えてんだ!」
「なにって、こうしていたら、土方さんが振り返らない限り、あたしから土方さんのお顔は見えないでしょう?どうぞ、好きなだけニャニャしてください」
「ニャニャ……?ああ、ニヤニヤか」

土方さんはがっくりと項垂れた。

「土方さん?ニャニャしないんですか」
「あのさァ、俺が変態みたいな物言いやめろよホント」
「別にあたし見てニャいのに」
「そういう問題じゃねーだろ。つかお前飲んだな?」
「素面でこんニャ事はできませんねぇ」

大きな背中だ。抱きつくとちょっと安心する。目を閉じると煙草の匂いのせいか、ふと父親の事を思い出した。そういえば、よくこんな風に抱きついてたっけ。

「面白い事、笑いたい事があったら笑うのが一番健康にいいんですよ。人間だって動物ニャんですから、欲求を無理に抑え込むのはよくニャいです」
「あー、うん、じゃあお前がどっか行ったらな」
「えー、絶対土方さん元の仏頂面に戻るやつでしょソレ」
「いや笑うから、一人でニヤニヤしてるから」
「嘘だー」

なんとなく使い方が分かってきた尻尾を、土方さんの二の腕に巻きつけてみる。すると、土方さんは面白いようにビクついた。そして、ブルブルと噴火寸前の火山のように震えると、ピタリと止まった。

「ったく、人が下手に出てりゃお前は……」

土方さんがぐるりと振り返って、真正面に端正な顔がある。近い。そこは土方さんのパーソナルスペースだと、煙草の匂いに交じる土方さん自身の匂いが強く主張する。

「この無駄に立派な乳押し付けてきやがって、なんの拷問だ」

人の胸を鷲掴みにする人の目が据わっている。土方さんの手の中で、自在に形を変える胸が、別の人のものみたいだ。でも、時々、ブラジャーの中で大事な部分が擦れて、どうしても体が跳ねる。その刺激で、揉まれているのは自分の胸なんだって嫌でも思い知らされた。

小さく声を漏らして体を揺らす度に、土方さんの唇が心底楽しそうに釣り上がる。拷問の時に浪士に向けるソレ、とは少し違うか。この笑顔は、その先を見据えたものな気がする。うまく言語化できないけれど。

もしかして、あたし、とても迂闊な手段に出たのではないでしょうか。

「えっと、土方さん?」
「人間だって動物なんだろ」
「そうですね」
「じゃあいいよな」
「いや、理性があるのだから」
「さっきと言ってることが違ェだろ」

体を押されて、あっさりと背中が畳についた。

明かりが遮られて、視界が土方さんに埋め尽くされている。いつの間にか、土方さんは一枚脱ぎ捨てて、あたしの下に敷いていたみたいだ。なんでここで紳士を発揮する。その手前で発揮してくださいジェントル。

いや、でも確かに行いは誘ってるようなものって言われても、社会通念上は……土方さんの視点的には確かにそうなるよな。いやでも。

「その、こういう事って、好きニャ人同士でしかしちゃいけニャいと思うんです!」

土方さんは固まった。つつけばコンコンと硬い音がなりそうだ。

「お前は好きでもねェ男に抱きつくのか」
「……いや、そういうんじゃニャいですけど」
「じゃあいいな」
「いや、土方さんはどうニャんですか!?」

油が切れたロボットのようにぎしり、と動かなくなった。

「俺は……そうだな。終わったら教えてやるよ」
「いや、ソレってセックスしたいだけじゃニャいですか!」
「悪いか!すっかりその気になっちまったんだよ!お前の乳のせいで!」

シャツの袷から入ってきて、すくい上げるように人の胸を揉む手をつねる。手が引っ込んだ。しかし、スカーフで手際よく縛られた。……慣れてる!

万事休すだ。お父さん、ごめんなさい。私はこんな形で、今まで守ってきた貞操を失う事になりそうです……。

「さあ、観念して受け入れるこったな」

悪人のような笑顔。あ、これダメだわ。せめて痛くありませんようにと願いながら目を閉じる。

別にこの人が嫌いだとか、そんな事はなくて、むしろ好きなんだけど、こういうのは違う気がして。だから今はしたくないんだけど、それ以上に痛いのは怖い。どうやっても痛いよな、構造的に。内側から割かれるのは流石にちょっと怖い。

「……やめだ」

明るくなったと思ったら、土方さんがあっさりと退いた。腕を拘束していたスカーフが、手品のように抜き取られた。ぐいと腕を引かれて体が起き上がる。一連の出来事が夢だったかのように、土方さんはいつもの隙のない着こなしを取り戻していた。

「え?」
「これに懲りたら妙な事するんじゃねーぞ」
「土方さん?」
「これでも羽織れ。コイツならフードで頭は隠れるだろ」

頭の上からバサリと被せられた黒衣を確認すると、土方さんの外套だった。とんでもなく寒い日とか雨の日にジャケットの上から更に着るやつだ。彼の言う通りフードが付いている。惜しむらくは体格差ゆえのダボダボ感だけど、せっかく貸してもらったんだ。贅沢を言ったらバチが当たる。

「その、しないんですか?」
「して欲しいなら今すぐやるが」
「それは、その」
「じゃあ医務室帰れ。何度も言っただろ、夜遅くにこんなところに入ってくるなって」
「……ありがとうございます。それと、ごめんニャさい」

土方さんは犬を追い払うように手を振っただけだった。あたし今猫だけど。

*

「なんでィ。せっかくの獲物だったのにリリースしちまうんですかィ」

障子から縁側に出ていった女と入れ替わりに、ふすまからふてぶてしく登場したのは総悟だ。

コイツの言うリリースした獲物ってのは言うまでもなく今しがた逃げ去った馬鹿の事だ。いつから覗いていたんだこの出歯亀野郎は。

「あの尻尾見たらやる気が失せた」

床の上に転がされて抵抗をやめたアイツは、顔こそは気丈そうにしていたが、尻尾は雄弁だった。奴の分身は、股の間で丸まっていた。犬でも猫でもそこに尻尾があるっつー事は意味するのは一つだけだ。……怯え。

「怯えた女にゃ手が出せねぇたァ、鬼の副長が聞いて呆れらァ」
「なんとでも言え。……ああいうのは好いた奴同士でやるもんだろ」
「とんだロマンチストですねィ」

全くだ。我ながら、苦笑する。でも、アイツがそれを望んでいるのなら、そうしてやるべきなんだろう。

「ま、それはさておき、今回の事で懲りて、もう少し危機意識持ってくれたらいいですねェ。あの人、妙にガードが緩いから、いつか万事屋の旦那あたりにパックリいかれるんじゃないかって気がしてならねェんでさァ」
「あの腐れテンパにだけは死んでも渡さねェ」
「へーへー。そんじゃ、襲いかかったはいいが、家族の仇と誤認されて斬り殺されないように頑張ってくだせェ」

沖田が消えた副長室で、一服しながら考える。

いつか。もしいつかがあって、今度はすっ飛ばさずにちゃんと手順を踏んだらば、アイツは応えてくれるのだろうか、と。

いや、そんなあるか分からん仮定よりもまずは、夜が明けたら、アイツの様子でも見に行くか。不貞腐れて布団の中で丸まってるに違いないが。

さて、明朝、どうやってアイツの籠城を解こうかと思案しつつ、放り出されたままの布団に手を伸ばした。
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